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「シンガポール総選挙」と中国の「安堵」 - 野嶋剛

 このほど投開票が行われたシンガポール総選挙で与党・人民行動党(PAP)が勝利を収めた。「ウオッチャーたちのメガネがずり落ちた」(シンガポール紙『聯合早報』)と書かれるほど、予想外の圧勝だったが、当のPAP以外で、この勝利にもっとも安堵したのは、中国の現指導部ではないだろうか。

 どうしてかと言えば、習近平現指導部が恐らく目指している「クリーンで優秀なエリートによる一党支配」のある種の成功モデルが、シンガポールでのPAPの勝利に体現されているからである。

 2011年の総選挙で手痛い勢力減退を喫したPAPは今回、得票率を10%も上積みし、89全議席中、2議席増の83議席を確保した。事前の予測では前回同様の苦戦を強いられるとの観測が目立ったが、ふたを開けてみれば「PAP強し」を再確認するしかない結果だった。

 その主因を2つほど挙げると、早期の解散に打って出て、今年3月に亡くなったばかりの建国の父リー・クアンユーの功績を強調し、シンガポール・サクセスが誰のお陰であるのかを国民に再認識させたこと。もう1つは、前回総選挙での「敗北」の反省から、候補者の選定で、より民衆に近いイメージを持つ人材を多数登用し、世代交代を目指すリー・シェンロン首相の改革姿勢が評価されたことがある。

 加えて見逃せないのは、隣国マレーシアのナジブ首相が巨額の不法資金疑惑に巻き込まれている問題である。1965年にマレーシアから独立したシンガポールにとって、隣国の存在は常に自らに投影される。底なしの腐敗を思わせるスキャンダルは、シンガポール人をして改めて「マレーシア人でなくて良かった」という気持ちにさせ、「クリーンで優秀なエリートによる一党支配」を独立から半世紀も貫いたPAPへの信頼度を心理的に底上げした。

「人民に疑いを持たれています」

 選挙制度を有利なように改変するなど世界的には評判の悪いPAPの一党支配だが、その「秘訣」に関心を持ち、ロールモデルとして利用できないか長年、研究を続けてきたのが中国だ。鄧小平が改革開放に乗り出した1970年代末、「先進研究」として真っ先に訪れたのはシンガポールだった。その後も江沢民や胡錦濤が何度も学習対象として言及し、習近平も副主席時代の2010年にシンガポールを訪れて、リー・クアンユーと一緒に鄧小平記念碑の除幕式に参加している。

 中国が日本から学んだのは産業だったが、シンガポールから学ぼうとしたことの1つが、開発独裁型の統治モデルだった。

 ただ、シンガポールは選挙制度があるなかでの「一党支配」で、中国は選挙制度がなく憲法で共産党の指導性が保障されたうえでの「一党独裁」という違いは大きい。中国政府はシンガポールに多数の幹部を派遣して、シンガポール各界と交流を重ねてシンガポールモデルの学習に努めたが、逆に結論としては、シンガポールと中国とは現段階では違いも大きい、という思いも強くしたようだ。

 私の知人のシンガポール大学の研究者は、中国のある中堅幹部とこんな禅問答のような会話を交わしたことを教えてくれた。

 幹部「どうやったらシンガポールのような一党独裁を維持できるのですか」

 研究者「誤解があるようですが、シンガポールは一党独裁ではありません」

 幹部「どこに違いがあるのですか」

 研究者「制度によって正統性を得ているかどうかです。具体的には5年に1度の総選挙で選ばれるかどうかです」

 幹部「選挙以外で信頼を得る方法はあるのですか」

 研究者「指導者が腐敗していないこと、法律を守ること、優秀であることを、政策を通して証明することです。ただ最後の判定は選挙で行われます」

 幹部「我が中国共産党は、正直申し上げて、選挙もなく、腐敗や遵法、その統治能力、いずれも人民に疑いを持たれています」

クリーンで優秀な一党支配

 かように、中国がシンガポールモデルを再現するには、まだ相当な距離があることは明らかだ。ただ、中国が選挙制度の導入には否定的ながらも、エリーティズムを極限化したPAP的なあり方に近づくべきだという意識は、激烈な反腐敗闘争を展開する習近平指導部に共有されているだろう。その意味でも、シンガポールの総選挙の結果に対して、中国の官製メディアが総じていささか控えめな「喜び」のニュアンスで報じていたことは興味深かった。

 腐敗にまみれた独裁政権は疑いなく人民に恨まれるが、クリーンで優秀ならば一党支配でも正統性を人民から与えられる可能性が、シンガポールからは見て取れる。そこには中国共産党生き残りモデルの姿がうっすら浮かぶ。

 巨大な大陸国家・中国と、小型の都市国家シンガポールの奇妙な関係は、今後も観察を続ける価値があるだろう。(野嶋 剛)

執筆者プロフィール
画像を見る野嶋剛
1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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