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福島の教訓に基づく正しい原子力規制とは 原子力規制委は福島事故を - 石川迪夫

原子力規制委員会による規制基準の強化で、電力会社が追加した安全対策は少なくとも総額約2兆5000億円に上るという。規制委・原子力規制庁と電力会社との長い長いやり取りの末に施された安全対策は、真に原子力発電所の安全性を向上させているのだろうか。

 結論から言えば、世界一厳しければ良いという規制委の思い込みから作成された規制基準はバランスに欠け、全体の安全性を損なう可能性すらある。典型的なのは、東京電力福島第一原発事故の後に整備された防潮堤だ。それをも越える高い津波が押し寄せれば、防潮堤は充満した海水を守る貯水池として逆に働く。津波だけなら波が引くまでの時間を耐えれば良いが、防潮堤のせいで排水に余計な時間がかかり、事故対応が阻害される。

想定外に対応する

 福島事故が教える教訓は何か。それをはっきりさせないで正しい規制基準を導くことはできない。福島事故の原因は、未曽有の大津波によって発電所全体が電力を失う全電源喪失状態に陥り、しかもその状態が想定を超えて長く(約10日間)続いたことだった。まさに想定外が現実のものとなった。

 それなのに、新しい規制基準で議論されていることは、この「想定」を引き上げることばかりだ。防潮堤を築く、活断層の認定を厳しくする、基準地震動を引き上げる……。重要でないとは言わないが、福島事故が教えてくれたのは、自然災害はどれだけ想定しても存在する想定外に対しても、対策を準備しておくことの大切さである。

 それにはまず、自然災害が持つ脅威を検討評価し技術的対策を立てることだ。想定以上の地震に耐えた耐震設計がお手本と言える。その上でさらに、それを超える最悪の事態に対して準備する。つまり、全電源喪失状態が長く続き、炉心溶融が起きてしまっても、周辺地域に深刻な放射能汚染を及ぼさないようにできれば良い。この点についても、福島事故が大切な教訓を与えてくれる。

 原発から遠い飯舘村も含むような広大な地域が避難を要するほど汚染されたのは、3月15日の放射性プルーム(放射性雲)が原因だ。

 東京電力が発表した、敷地内の正門付近における放射線量の変化(下図)を見てみると、14日深夜を境に100倍ほど上昇している。14日深夜とは、2号機の格納容器から、溶融炉心の放射能が直接空気中に放出された時刻である。

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福島第一原発 正門付近の放射線量変化 (出所)東京電力のデータをウェッジが加工。 『考証福島原子力事故 炉心溶融水素爆発はどう起こったか』(電気新聞) を参考にした
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 測定された放射線量は、たびたび急激に上がるが一時的で、しばらくするとあるレベルに落ち着くという形を繰り返している。原子炉から漏れた放射能は風により移動し、また空気中に広く拡散されて薄まるからだ。この落ち着いた線量レベル(以降、背景放射線量と呼ぶ)が重要で、これが周辺地域の汚染レベルを決める。

 東電の発表データによれば、背景放射線量は、14日深夜の前は毎時4マイクロシーベルト(μSv)で、14日深夜の後は300μSvである。年間に換算するとそれぞれ20、1500ミリシーベルト(mSv)となる。

 年間20mSvの背景線量は、炉心溶融を起こした1、3号機のベントからの放射能放出による。ベントを行うと、格納容器のサブレッションチェンバ(SC)に溜めた大量の水を潜らせた上で放射能が放出される。年間20mSvという背景線量は水を潜らせることによる除染効果が存外に大きいことを示している。

 放射線量の測定地点である正門付近は、原発からほぼ1キロ。住宅地は近いところでも3キロ程度は離れている。放射線量は、風の影響を無視すれば距離の2乗に反比例して下がるから、周辺地域への影響は正門の10分の1程度。つまり、ベントによる周辺地域の放射能汚染は年間2mSv程度と計算できる。ICRP(国際放射線防護委員会)が勧告している避難線量(年間20~100mSv)より十分に低い。

 それに対し、14日深夜以降の背景線量は年間1500mSvだ。ベントに失敗した2号機からの直接放出は、それ以前のベントを通した放出に比べて約2桁(75倍)も高い。住宅地までの距離を考慮に入れても150mSvで、これはICRPの避難勧告値を上回る。この深刻な汚染が、現在も続く福島の長期避難をもたらした。

 2号機のベントが失敗したのは、2つある弁の1つをうまく開くことができず、ラプチャーディスクも破れなかったからと言われている。弁が複数あるのも、ラプチャーディスクがあるのも、平常時の放射能漏れを防ぐため。安全対策の過剰な重複が逆効果をもたらすというのも、福島事故の大切な教訓の一つだ。なぜ規制委は、弁を1つにし、ラプチャーディスクをやめよと電力会社に指示しないのだろうか。

 紙幅の関係で詳述できないが、ベント放出として述べてきた1、3号機からの放射能放出は、1号機溶融炉心からの直接の僅かな漏れの疑いが濃い。この場合ベントの除染効率は更に1桁ほど増加し、1000程度になる。1500mSvの背景線量率は、2号機のベントが成功していれば僅か1.5mSvにまで減少するということだ。これなら避難の必要は全くない。

 ベントさえ開けば、あれだけの事故が起きても水の除染効果で避難の必要はない─これが14日深夜の放射線上昇データが示す第1の教訓だ。

炉心溶融の真実

 次に検討すべきは、長時間の全電源喪失事態に陥ったとしても、炉心溶融を防ぐ手立てはなかったのか、という点だ。炉心溶融が防げれば水素爆発は起きず、周辺の放射能汚染や汚染水の発生を軽微に留めることができた。

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原子炉の構造と放射能を含んだ水素ガスの経路 (出所)東京電力資料を基にウェッジ作成
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 実は、「炉心から水がなくなれば溶融する」という一般的なイメージは間違った俗論にすぎない。炉心溶融は、ウラン燃料に残る崩壊熱ではなく、燃料を覆う被覆管のジルコニウムと水が化学反応して発生する大量の熱によって起きる。その証拠が、溶融した原子炉全てが水素を大量に発生させたことである(1、3号機は水素爆発、2号機はたまたま建屋の一部が外れ、爆発せずに直接放出された)。この水素ガスはジルコニウム-水反応の副産物で、1979年の米スリーマイル島原発(TMI)事故でも同様の現象が起きている。

 ジルコニウムと水の反応は、ジルコニウム温度が高ければ高いほど激しい。激しい反応が起きるための必要条件は、被覆管が千数百℃以上という高温になっていることと、反応に必要な水が十分にあることだ。

 TMIの炉心は冷却水が大量だったためわずか2分で溶融した。福島の1~3号機は消防ポンプを使った注水だったため量が少なく、水量が十分になったタイミングで溶融に至っている。

 原発事故となれば、何を置いても冷却優先と思われがちだが、これが間違いの元。炉心の温度が高い悪条件で水を入れると化学反応が起きて、かえって炉心溶融を招いてしまう。

 だが防止策はある。化学反応を防ぐには必要条件を外せば良い。水は冷却に不可欠だから、もう一つの条件「炉心の高温状態」をなくせば良い。

 圧力容器の弁を強制的に開いて格納容器に蒸気を逃がす減圧操作は、15~30分ほどの時間を必要とする。流出する蒸気によって、千数百℃に加熱されていた炉心(燃料棒)は徐冷されて、減圧終了時には150℃付近まで下がる。低温のジルコニウムは水とは反応しない。だから、減圧で炉心温度が下がったときに、間をおかずに消防ポンプで注水することができれば、炉心が溶融することはない。実際、2、3号機では減圧で燃料棒が冷やされていたが、2号機の注水は実行までに2時間を要し、3号機は途中2時間ほど中断した。この間に、崩壊熱で燃料棒の温度が再上昇してしまった。

 福島で起きたような長時間の全電源喪失となっても、安定的な注水ラインを構築した後に炉心減圧を実施し、タイミングを間違えず注水を行えば、消防ポンプでも炉心溶融を回避できる─これが第2の教訓である。

既存安全設備は有効だった

 既存発電所にある安全設備の多くは、電動のものが多い。ポンプしかり、計測器しかりで、長時間の全電源喪失となれば、ほとんどの安全設備が使えない状態となる。福島第一原発はまさにこの状況下に置かれた。

 電源なしで使える安全設備は、崩壊熱で生じる蒸気を利用して動くいくつかのタービンポンプ、具体的にはRCIC(原子炉隔離時冷却ポンプ)とHPCI(高圧注水ポンプ)だ。

 2号機に備えられたRCICが、設計の8時間を大きく超えて3日間も働き続けたことは特筆すべきことで、駆動蒸気の圧力は下がり、水は混入するという劣悪条件で、ポンプは14日昼頃まで炉心冷却を続けた。3号機は、RCICは稼働1日で手動停止してしまったが、その後HPCIが設計通り作動して13日朝まで働いた。既存の安全設備は設計以上によく働いた─これが第3の教訓である。

 これらの設備が動いている間に外部電源を復旧することができれば、2、3号機は安定冷却に持ち込むことができた。災害時の援助は、水のないところへは水を、食料のないところへは食料を、が鉄則だ。全電源喪失に至った福島事故では何を置いても電気の供給が優先されるべきであった。その証拠に、仮設電源が敷設された3月20日頃から、状況は目に見えて好転した。

 以上の3つの教訓からわかるのは、40年以上前に設計・建設された軽水炉は、最悪の事態に陥っても放射能汚染を抑える潜在能力を持っていたということである。問題があったのは、設備ではなく扱う人間の方だ。にもかかわらず、現在適用されている安全規制と規制委は、「世界一の規制」という名のもとに、安全設備を増やすことばかりに傾注しているように見える。

 規制委に必要なのは、緊急時にしか使わないような設備の取扱いや、先述の減圧と注水のタイミングに対する理解など、現場運転員の危機対応能力の向上を促し、電力会社が果てしない安全向上に対して能動的に取組むよう動機づける姿勢である。最大の教訓であるベントの確実な実施のためには、福島事故の轍を踏まないよう、政府などの外野が現場の邪魔をしないフローを整備することも欠かせない。規制委は、こういったことを自らの仕事だと考えているだろうか。(構成・編集部)

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