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アグネス・チャンに対する脅迫に、確たる理由はない

 東京都に住む15歳の少年が、タレントで、日本ユニセフ協会の大使でもあるアグネス・チャンのツイッターアカウントに対して「9月21日、ナイフでメッタ刺しにして殺しますよ。児童ポルノを認めないと君のアグネス御殿は血まみれになりますよ。今すぐ認めてくださいね」という脅迫文を送りつけた疑いで逮捕された。(*1)

 さて、この事件は実に現在のインターネット界隈において、象徴的な事件といえる。
 事件の実態を把握するには、まずはネット世論というものにおいて、アグネス・チャンという人物が「絶対悪」としてひたすら叩かれ続けているという現状を認識する必要がある。

 なぜアグネスは絶対悪とされているのか。まず1つに「児童ポルノ」というレッテルを利用して、アニメやマンガといった創作物に対するバッシングを行っているという理解をされていることがある。
 ネットの黎明期から、偏見を持たれがちなオタクメディアと、個人が自由に発言ができるインターネット親和性は非常に高かった。故に、子供の人権や権利を御旗に、表現を規制しようとする人たちは常に批判に晒されてきた。
 アグネスもまた強行的なアニメ・マンガ排除論者であり、脅迫文の「児童ポルノを認めろ」もそうした文脈による。
 次に、アグネスが日本ユニセフ協会の大使を務めていることも挙げられるだろう。
 少年の主張に沿えば、アグネスが慈善事業を行いながら、裕福な家庭環境にあることが気に入らないのだという。
 アグネスの家はテレビなどにも度々登場している。白くて清潔で大きなリビングは確かに豪華な印象を受ける。今の若い人は知らないかもしれないが、全盛期のアグネスはそれこそアイドルとして大活躍していたのであり、その活躍の度合を考えれば決して過剰な家であるとは思えない。
 しかし、少年が主張しているのはそこではない。「慈善事業を生業にする人間が、優雅な生活をするのがおかしい」そう主張しているのである。そしてそれはネットでもアグネスを揶揄する際に当たり前のように言われることである。
 しかし、慈善事業という仕事をしている人が、どうして優雅な生活をしてはいけないのだろうか?
 その答えは、アグネス批判から発展した形での日本ユニセフ協会批判に見ることができる。

 日本ユニセフ協会は、国連の機関である「UNICEF(国際連合児童基金)」の日本での活動などを支援する、協力団体である。
 しかし、ネット上での日本ユニセフ協会は「ユニセフを騙る詐欺団体」として扱われている。理由としては「UNICEFの直接機関ではないのにユニセフを騙っていること」と「寄付金のすべてをUNICEFに送るのではなく、一部を自らの活動費としてピンはねしている」ということが指摘されている。
 しかし、日本ユニセフ協会は直接機関ではないものの、協力団体としてUNICEFが承認する形でユニセフの名前やロゴを利用していることは言うまでもない。また、寄付金の募集もUNICEFが日本における公式窓口として日本ユニセフ協会を指定しており、またその一部を活動費として利用することもUNICEFが認めている。これらのことに不正であるという疑念が入り込む余地はない。(*2)
 にも関わらず、不正の声が上がるのは、結局こうしたケア的な事業や、ボランティアなどが関わる仕事に対する、「こんな仕事は誰にでもできるものであり、無償労働で十分という誤解」が日本に蔓延しているからだろう。
 実際には寄付金を集めたり、それを会計処理したり、また寄付金を集めるために様々な宣伝活動に従事する人がいる。活動費はそうした人たちの給料にも充てられている。ネットはそのことそのものを非難しているのだ。
 しかし、慈善事業を営む人にも個人の生活があるのだから、彼らが働いた対価としての給料をもらうのは当然のことだ。
 しかし、ネット界隈はその事自体が気に入らない。実際に「慈善事業なんだから必要経費以外の給料をもらうな!」などという主張を、当たり前のように口にする人も少なくない。星の王子さまじゃないんだから、慈善事業をするからといって、その人間が自分の人生を差し出す必要はないのは当然のことだ。その権利を批判するというのは、日本ユニセフ協会で働く人たちに対する侮辱に過ぎない。
 そんなネット界隈が、ちょっと問題が発覚した企業に対して「○○はブラック企業だ!」などと騒いでいるのを見ると、あまりの無責任さに頭が痛くなってくる。

 そしてもう1つ。
 今のネット界隈がアグネスを絶対悪視する理由の最たるものは、アグネスが香港の人間でありながら、日本に対してアレコレ文句をいう「反日外国人」であると、ネット上で認識されていることだ。
 そしてネット上では「反日」と認定された他者は、いくらでも叩いていい、むしろ叩くことこそが「愛国」であり、叩けば叩くほど偉いという風潮になっている。
 こうした風潮は以前からあったものの、あくまでもネット上での匿名による悪口として、長らく営まれてきた。しかし、個人での動画配信が当たり前になると、顔出しをしてそうした反日叩きを行う人も出てきた。
 さらに、反日叩きが金になるとわかると、多くの出版社が「愛国本」と称した反日叩き本を出版し、またそこに乗っかる実名の文筆家や政治家、そして経済評論家なども追随してきた。
 そして今や、反日叩きは「ネットにおける当たり前の作法」とも思えるほどのこととなった。

 さて、ここでようやく15歳の少年の話に戻る。
 彼の動機は、決して「アグネスがアニメやマンガを認めない」ことでもなければ「アグネスが慈善事業で豊かな生活をしている」ということでもない。
 彼はただ「ネットに触発された」のである。ネットで「アグネス・チャンは絶対悪だから叩き放題。叩けば叩くだけ、叩いた人間は愛国者であり、正義である」という空気に触発され、何も考えずに、ただその場の勢いで、殺人予告を書いたのである。そこには殺すという意志も罪悪感もない。さも横断歩道の歩行者用ボタンを押すかのように、何の思考も躊躇もなく、ただ思いつくままにアグネスをツイートでぶん殴ったに過ぎない。もはやこうした脅迫まがいの文章を絶対悪とされた他人に送りつけることは、ネット界隈における「日常行為」に過ぎないのである。

 では、このようなおかしな状況はどのようにすれば是正されるだろうか?
 僕は、ひとりひとりが自身の言動に責任を持つことでしか是正されないと考えるが、それはまったくもって夢物語である。現実世界ですら自分の言動に責任を持っている人なんて、存在しないだろう。たとえそうした人がいたとしても、いつしか流されてしまうのが現実である。この問題を社会全体で是正することは極めて難しい。

 しかし、個人のこととして考えれば、問題解決の望みがないわけではない。
 少なくとも、今回逮捕された少年はチャンスを得たのだ。
 ネット上には、こうした事件を経てもなお、絶対悪のアグネス・チャンを叩く正義の人たちが溢れている。
 彼らにとっては、こうした殺人予告が起こること自体も「アグネスが悪い」のである。ネットに触発されることを疑問に思わない彼らの大半は、自分の行いを反省するきっかけを得られぬまま、ひたすら憎悪をネットに撒き散らし続け、それを当たり前だと思い込むのだろう。
 しかし、少年は逮捕された。自らの行いを振り返り、何が悪かったかをじっくり考え、更生に至るかもしれない機会を得ることができたのだ。  彼が少年法の精神に則り、自らの浅はかな行為を深く反省し、二度とこうした過ちを繰り返さぬように成長することを望みたい。

*1:アグネス・チャンを脅迫し逮捕された少年 泣きながら動機を供述(ライブドアニュース)
*2:日本ユニセフ協会に関するデマや誤情報にご注意ください(日本ユニセフ協会)

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