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なぜ訪日中国人は日本が大好きになるか - 大前研一

ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前研一/小川 剛=構成 

訪日客数は年3000万人まで増え続ける

2014年に日本を訪れた外国人観光客の数(訪日インバウンド)が初めて1300万人を突破して過去最高を記録した。前年から300万人以上増加したことになる。円安、国際線やLCC(格安航空会社)の増便、訪日ビザの緩和(13年にタイとマレーシアのビザが免除になり、14年後半からインドネシア、フィリピン、ベトナムのビザ発給要件が緩和された)、消費税の免税拡大など、訪日インバウンド急増の背景には複合的な理由があるが、この傾向は当分続くだろう。政府、観光庁は東京オリンピック・パラリンピックが開催される20年までに2000万人を目標に掲げている。年間300万人ペースで増え続ければ、数年後には2000万人を突破して3000万人ぐらいまでは増え続けて、そこから安定期に入ると私は見ている。

引き続き、訪日インバウンドの増加が見込める最大の理由は、中国人観光客の増加余力がまだまだ大きいことだ。14年の訪日外国人の国・地域別客数を見てみると第1位は台湾で約283万人。2位が韓国で約276万人。3位が中国で約241万人。4位以降は100万人以下で香港、アメリカ、タイ、オーストラリア、マレーシア、シンガポール、イギリスと続く。

台湾の人口は約2300万人。訪日台湾人が280万人ということは、年間で国民の8人に1人は日本を訪れている計算になる。それほど台湾人は日本が大好きだしリピーターも多い。常に中国の先行指標といわれるのが香港、台湾。中国人の生活レベルが上がってくると香港人や台湾人が好むものを好きになる傾向がある。特にライフスタイルについては香港人、“日本”に関しては台湾人が中国人の先行指標になっている。

たとえば中国人はもともと生魚を食べないし、冷たいものはおなかを壊すということでビールは常温で飲むのが当たり前だった。一方、台湾では日本統治時代の影響もあって、生魚を食べるし、ビールも日本のように冷やして飲む。温泉も大好きで台北郊外の北投温泉に加賀屋を招致したくらいだ。それが大陸に伝播して、近ごろは生魚を食べたり、冷たいビールを楽しむ中国人が増えた。日本で温泉地に向かう人も増えている。

台湾人の日本志向を中国人が追いかける傾向からすれば、1年間に国民の8分の1が日本を訪れる台湾の訪日ペースに中国の新興富裕層も近づいてくるだろう。中国13億人の10分の1とは言わないが、100分の1としても1300万人。つまり現状の5倍以上の中国人が日本にやってくるようになってもまったく不思議ではない。インバウンド2000万人時代には中国人が50%ぐらいのウエートを占めるのではないか。日中関係が政治的にこじれない限りは、政府の意向を無視して日本を目指す中国人観光客は今後さらに増えると思う。

今の中国はちょうど日本が高度成長期に第一次海外旅行ブームを迎えたような状況にあって、中国人の海外旅行に対する関心は異常に高い。これは私見だが、中国人の海外旅行ブームの背景には、自国の将来に対する不信、諦念があるように感じる。腐敗した政治家と役人がのさばっている限り、中国社会はこれ以上素晴らしいものにはならない。だったら近場の日本に行って、安心安全な社会の素晴らしさや自然の豊かさに触れたい――。言葉にせずとも、そういうマインドが日本志向につながっているようだ。

実際、中国のネット掲示板を覗いてみると、日本にやってきて好印象を抱いた中国人の書き込みで溢れている。

中国では目の吊り上がった日本兵が敵役の抗日ドラマが毎晩のように流されているから、それを見て育った中国人はまず日本にやってきただけで「日本人が笑っている」とビックリする。そこから始まって「タクシーに忘れ物をしたらホテルに届けてくれた」とか「お釣りを間違ったと店の人が追いかけてきてくれた」といった類いの親切話が山ほど書き込まれているのだ。

それに対して「おまえは日本で洗脳されておかしくなった」などと反論が上がる一方で、「私も日本に行ったけど、この人の言う通りだ」と擁護派も次々登場して掲示板はヒートアップ。そのうち誰かが「民度」と言い出す。「日本人と中国人の最大の違いは民度。あんな教育ができた国は素晴らしい」とか「中国人が同じような民度を獲得するには50年かかる。よその国で中国人の団体を見ると本当に恥ずかしい」という意見が事例とともに書き込まれる。

政府当局がいくら情報統制しても、ウェイボー(微博 中国最大のSNS)のようなネットワークに書き込まれる旅行話や個人的な体験談までは規制できない。それを読んだ中国人は「私も日本に行ってみようかな」と思うし、実際に一度訪れたら日本を大好きになる中国人が圧倒的に多い。年間240万人ペースで日本贔屓の中国人が増えているわけで、外交よりも観光ベースの日中関係改善のほうが先行している。中国政府もそれを無視できなくなっているのだ。

訪日観光客用の宿泊施設が全然足りない

世界一の観光大国フランスの観光客数は年間約8300万人。イタリアは約4770万人。それには及ばないが、年間3000万人のインバウンドともなれば、インバウンド消費が日本経済に与える影響は大きい。

問題は受け入れ体制だ。日本はアウトバウンド(海外旅行者)のほうが多い時代が長かったから、国内の観光業はインバウンドを意識した体制づくりをしてこなかった。インバウンド急増に伴って都内や関西圏のホテルの稼働率は軒並み80%以上に達し、寂れた観光地の潰れかけた旅館まで中国人のツアー客が押しかけている。インバウンド効果で大復活を遂げた観光地もあるくらいだ。日本の宿泊施設のキャパシティはせいぜい2000万人程度。そこから先は完全にキャパをオーバーする。インバウンド3000万人に向けて、まったく新しい投資が必要になるだろう。また使ってない部屋や空き家を利用するなど、一般の人にもメリット(収入)が享受できるような工夫も必要だ。ディズニーランドにしてもUSJにしても、宿泊施設が全然足りない。銀座辺りも中国人観光客行きつけのラオックスやドン・キホーテがある4丁目から8丁目にかけて、観光バスがズラッと並んで一車線を完全に塞いでいる。観光客で溢れ返って銀座の街自体が機能しなくなっているのだ。

2020年東京オリンピックという一過性のイベントだけではなく、インバウンド3000万人という恒常的な数字を受け止める(ホテル、トイレ、駐車場、食堂、ガイドなどの)体制づくり、インフラ整備が求められる。

中国人の旅行は団体から個人にシフトしていく

インバウンドをビジネスチャンスにするためには外国人旅行者の好みや行動特性をつかむことが大切だ。特に今後大きなウエートを占める中国人観光客を研究することはきわめて重要になる。前述のウェイボーやバイドゥー(百度中国最大の検索エンジン)などは中国人観光客にとってバイブルのようなSNSサイトで、彼らはそれらで観光スポットや土産物を調べまくって日本にやってくる。この中で重要な役割を果たしている中国人留学生などの助けを借りて観光客がチェックしているサイトを追いかけて内容を分析すれば、彼らの志向や動線をつかみやすい。

今、日本にやってきているローエンドの中国人観光客の月収は大体10万円レベル。中国の平均月収が3万円程度だから、比較的稼ぎがいいミドルクラスだ。5万9000円ぐらいの3泊4日のパッケージツアーで日本にやってきて、食費はスーパーの惣菜などで節約しながら、銀座や秋葉原で土産物を爆買いするのが通例。月収10万円でも親や親戚から餞別をもらってくるから、20万~30万円くらいは平気で買い物していく。

日本に初めてやってくる中国人の団体客はこのパターンが圧倒的に多いが、2回、3回と訪日を重ねると行動も変化してくる。前述したように、その先行指標になるのが台湾人だ。

台湾人のベテラン旅行者は、東京、大阪はもちろん、日本の温泉地は10カ所ぐらいは行っているだろうし、定宿も持っている。町々の美味しい飯屋も知っている。「私は秋田が好き」とか「金沢の風情がいい」と特定のスポットにこだわる人もいれば、「今度は飛騨高山を集中的に攻めよう」という具合に日本をくまなく見て回ろうとする意識も高い。

中国人の日本旅もいずれ団体旅行から個人旅行にシフトしていくはずだし、日本好き、日本通はもっと増えるだろう。高価な中国のマンションなどを1つ売って日本に別荘を、という富裕層もぼちぼち現れてきている。そうしたニーズを先取りして応えていけば、インバウンドビジネスが本格的に日本経済の底上げにつながっていく可能性は高い。

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