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難民の子供を蹴ったハンガリーの女性カメラマンが陥った「恐怖」と「嫌悪」のワナ

これがジャーナリストの仕業なのか

ハンガリー南部の村でセルビア国境を越えて押し寄せる難民を撮影中の女性TVカメラマンが難民の子供を蹴ったり、娘を抱える難民の足を引っ掛けて転ばせたりした。この様子はソーシャルメディアを通じて世界中に広がり、女性カメラマンは8日、解雇された。

風刺画「私の仕事」(Hasan AbadiさんのFacebookより)

女性カメラマンはハンガリーの極右政党ヨッビクに近いインターネット番組放送局に所属。仕事を失ったあと、こんな手紙をハンガリーの右派系マジャールネムゼット紙に送った。

「群衆が私に向かって走ってきたので怯えてしまいました。私の中で何かが弾けたのです」「私は心ない、人種差別主義者の、子供を蹴る女性カメラマンではありません」

「私に対する政治的な魔女狩りや中傷、殺しの脅しはやめて下さい」「私は1人の女性です。今は小さな子供たちを抱え、仕事を失った1人の母になりました」「パニックに陥り、間違った判断をしてしまいました。心より謝罪します」

トルコの海岸に打ち上げられたクルド人のシリア難民アラン・クルディ君(3歳)の「静かな死」を撮らえたトルコの女性カメラマンの写真が世界の良心を揺さぶったばかり。その直後だけに、大量の難民に潜在的な恐怖心を爆発させたハンガリーの女性カメラマンの所業は残酷なまでのコントラストをなす。

「非自由主義国家」宣言

ハンガリーは1989年、オーストリア国境の鉄条網を撤去。国境地帯でのピクニックを呼びかけ、参加した東ドイツ市民600人以上が国境を超えた。この「汎ヨーロッパ・ピクニック」はベルリンの壁崩壊へとつながっていく。

欧州統合のきっかけをつくったハンガリーで、難民を食い止めるためにセルビア国境に全長175キロに及ぶカミソリ有刺鉄線のフェンスを設けたり、オーストリアやドイツへの移動を止めるためブダペスト東駅構内を閉鎖したりする非人道的な対応が相次いでいる。

セルビア国境近くにあるハンガリーの難民キャンプで、パンなどの食料を詰めたビニール袋を難民に投げて渡す光景を撮らえた映像がユーチューブに投稿された。撮影したオーストリア人女性は「難民はまるで動物のように扱われている」という。

「世界は西洋でも、自由主義でも、民主主義でもなく成功を収めている体制を理解しようとしている。それはシンガポール、中国、インド、ロシアとトルコだ」「自由主義国家、福祉国家の次に訪れるのは『労働に基づいた国家』だ。わが国はそこに向かっている」

「われわれは自由主義の原則及び手段から決別しなければならない。これまでの自由主義的なハンガリーは債務国家に陥ることを防げず、債務の奴隷になることから国民を守り切れなかった」

「ハンガリーは単なる個人の集合体ではなく、組織され、強化され、構築されなければならない一つの共同体である。新しく構築されたハンガリーは自由主義国家ではない」

オルバン首相(EUのホームページより)

これは昨年7月、ハンガリーのオルバン首相がルーマニアの大学で行った自由主義への決別宣言である。左派の各党は批判したが、極右政党ヨッビクだけがオルバン首相の「非自由主義国家」宣言に賛同した。

「ハンガリーはEUの人質ではない」

昨年4月の総選挙で再選を果たしたオルバン首相率いるフィデス・ハンガリー市民連盟は3分の2議席を獲得。議会第3党の極右政党ヨッビクの得票率は比例区で2割を超えた。オルバン首相は「ハンガリーは欧州連合(EU)のメンバーだが人質ではない」と改めて強調した。

オルバン首相はハンガリーの社会主義を崩壊させた民主化組織「フィデス(青年民主連盟)」の創設メンバー。1998~2002年にも首相を務め、10年4月の総選挙で社会党(旧社会主義労働者党)から8年ぶりに政権を奪還した。

ハンガリーは世界金融危機に直撃され、08年秋、国際通貨基金(IMF)、EU、世界銀行に総額200億ユーロの融資を要請した。成長率は09年、マイナス6・8%まで落ち込んだ。ハンガリー通貨フォリントが暴落し、外貨建てだった家計の負債は膨れ上がった。

オルバン首相の自由主義への懐疑はこの経済危機に端を発している。自由主義より強い国家をつくる。「IMF、EU依存をやめ、ハンガリー独自の行動計画を実行する」と訴え、景気後退による国民の不満をすくい取った。

メディア規制

次に議会で新メディア法を成立させた。国家メディア通信局に属するメディア評議会が「バランスを欠く報道」と判断すれば、新聞・雑誌、インターネット・ニュースに最大2500万フォリント(約1千万円)、テレビやラジオには最大2億フォリント(8600万円)の罰金を科す。

政府に批判的な左派・リベラル系メディアの口を封じるためだった。ブダペストの広場では1万人の抗議集会が開かれた。米紙ワシントン・ポストは「プーチン化するハンガリー」と題して「ハンガリーの新メディア法はロシアやベラルーシ並み」と批判を強めた。

結局、11年3月、外国メディアを対象外にするなどの修正案を可決した。翌4月には新憲法・ハンガリー基本法を制定。憲法裁判所違憲審査権の縮小、国境外ハンガリー人の保護も盛り込まれた。オルバン首相にとって重要なのは自由や民主主義ではなく、ハンガリーという国家の強化なのだ。

オルバン政権は司法の独立を侵害し、情報統制を強めようとしているとして、ドイツ外務省は「新メディア法で抱いた懸念が新憲法制定によってますます現実味を持ってきた」との懸念を表明した。

ロマとは共存できない

12年の大晦日にはこんな事件もあった。ハンガリーのペシュト県で、17歳のロマ系ハンガリー人が口論になった若者2人をナイフで殺傷した。若者2人はボクサーとレスリング選手だった。

フィデス創設メンバーの1人は全国紙へ投稿し、「ツィガーニ(ロマのこと)の大半は私たちの社会と共存するのにふさわしくない。彼らは動物だ。動物のようにふるまっている。こうした動物の存在を許してはならない」とロマ排斥を公然と訴えた。

ロマはかつて「ジプシー」と呼ばれ、欧州全体で1千万~1500万人いるといわれる。10世紀ごろインド北西部から西方に移動し、トルコなどを経て14世紀ごろ欧州に流入した。

言語、文化、生活習慣の違いから迫害され、ナチス・ドイツにより少なくとも20万人が虐殺されたとされる。東欧の共産体制下では強制的な同化や人口調整のため不妊手術が行われた。冷戦終結後も差別は残っている。

極右政党ヨッビクは「ツィガーニとハンガリー人の共生は危機的状況にある。ツィガーニの犯罪を解決できるのはヨッビクが政権をとった時だけだ」と、市民の心に潜む反ロマ感情をあおった。

同じフィデス創設メンバーのオルバン首相は沈黙を通した。独紙シュピーゲルは「フィデスとヨッビクの間に明確な一線を引くのは難しい」と論評している。

「国境に軍隊を派遣する」

ハンガリーが右傾化する理由について、ファシズムの研究で知られる英オックスフォード・ブルックス大学のグリフィン教授はこう語る。

「ハンガリーはアジア系のマジャール人が建国し、独特の言語を持っている。オスマン帝国、オーストリア帝国、旧ソ連の圧力を受けてきた。ハンガリーはEUの中の孤島だ。他の加盟国が気づかないうちに右傾化が進んでいた」

13年10月、ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)に講演に訪れたオルバン首相にナショナリズムについて筆者は質問したことがある。オルバン首相は次のように答えた。

「ナショナル・センチメントというものは良いことだ。自分個人よりももっと大切なもの、より大きなものを認める用意があるのは良いことだ。国家に仕えるというのは素晴らしい。自分個人の利益を超越できるからだ。ナショナル・センチメントというのは危険なものではない。それは私たちの能力を統合する前向きなエネルギーだ」

ナショナリストのオルバン首相は今、「欧州はイスラム教徒に破壊される危機に瀕している」と警戒している。難民の流入を防ぐため、警官隊だけでなく軍隊を国境に派遣する考えを表明している。

EUは難民16万人を受け入れるため、割当制を協議している。反対しているのはハンガリーだけではない。チェコ、スロバキアも難色を示している。冒頭の女性TVカメラマンは押し寄せる大量の難民に対する潜在的な「恐怖」を吐露した。しかし、その背後に異文化への「嫌悪」が潜んでいたのではないか。

「嫌悪」が欧州に巣食い始めている。ベルリンの壁崩壊から約26年が過ぎ、われわれはもう一度、自由の意味を考えてみる必要がある。

(おわり)

参考:在ハンガリー日本国大使館「政治経済月報」

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