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メルケルさん、重い扉を開いた先、見てますか? 理想が先行した通貨ユーロの「二の舞」にならないか - 藤原章生 (毎日新聞記者)

 ギリシャの債務危機が先延ばしとなったのもつかの間、欧州に第二次大戦後、最大となりそうな難民流入が起きている。内戦下のシリアやイラクから欧州を目指す人々が8月、一気に数を増し、ギリシャなど緩い「南」の玄関口から、リッチな「北」、ドイツや英国を目指している。

 ギリシャ危機と同じく、解決の鍵を握るのはやはり大国ドイツのメルケル首相だが、今回は大盤振る舞い、年末までに80万人の難民を受け入れると宣言した。ドイツ人口の1%に当たる数字である。日本にたとえれば、青森か岩手、大分などの県民人口が数カ月で一気に増える計算だ。

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9月5日、独ミュンヘンに到着したシリア難民の男性。メルケル首相の写真を掲げ、喜びを示す(Getty Images)

難民を装って海を渡る移民が増えるのは間違いない

 「難民問題でもし失敗すれば、欧州はもはや、我々が望む欧州ではない」と8月31日にうたい上げたメルケルさんは拍手喝采もの。やや古いたとえだが「おいでませ、山口へ(山口県の観光キャッチフレーズhttp://www.oidemase.or.jp/)」ならぬ「おいでませ、ドイツへ」と重い扉を開き、両腕を広げた歴史的瞬間ともとれる。

 今後の難民の増減は表向きには、シリアやイラクの情勢次第と言えるが、とにかく欧州に渡りたい人々は本来、とても賢い。メルケルさんの宣言を機に、難民を装って海を渡る移民が増えるのは間違いない。少子化とは無縁で、依然多産の中東、アフリカからどんどん人が来る。メルケルさんはじめ欧州連合(EU)は、「移民との共存」という古くて新しい問題にどう立ち向かうのか。

 今逃げてきている人々は脇に置いたとしても、要は、迎え入れる80万人の果たして何人が本当の「政治難民」なのか。あるいは何割がシリア人なのか、という問題だ。

 今回は移民の玄関口をみてみる。

 欧州連合(EU)は外交や移民政策などの権限、つまり、EU全体で決めた政策をより効果的にするための基本法、リスボン条約を2009年12月1日に発効した。移民については、加盟26カ国(当時)でバラバラだった対策を統一し、より門戸を厳しくしようという話が、そのころ、EU官僚たちから流れていた。

 「これからはEUが全体で一律管理するので、違法移民の流入を抑えることができる。欧州の外からのヒトの動きを全て管理する」。そんなニュースが、当時私が暮らしていたイタリアにも伝わり、移民受け入れがかなり厳しくなるという話だった。

 だが、実際問題、管理などできるのか。私はその年末、中東、アフリカからの移民(難民も含む。以下同じ)の玄関口、ギリシャのヒオス島に「国境管理」の実態を見に行くことにした。

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 島の東海岸からトルコの沿岸までは最短距離で7キロ。目と鼻の先だが、移民たちは密入国を請け負うトルコ人業者に2万ユーロも払って、船外機付きボートや手漕ぎボートで島に渡ってくる。

 一応、ギリシャの港湾警察が警戒しているが、拘束は織り込み済みで、この辺りがメキシコから米国に向かう越境者とは違う。米国と違って、彼らの多くは「政治難民」と認定され、その場で追い返されることがまずないからだ。

 ヒオス市の難民担当の女性係官(当時35歳)によると、海上で密航船を見つけた警察官が「トルコに戻れ」と言っても、彼らはその場で船を壊し、救助されるのを待つため、どうしたって追い返すことはできないという。

 驚いたのは、移民問題を担当する役人らの誰ひとりとして、リスボン条約による対策強化を知らないことだった。

 「私たちは何も聞かされてません。リスボン条約なんてのは、中東やアフリカ人のことはもちろん、国境の現実を知らないドイツやベルギー、北の国の連中が頭で考え、データをいじっただけの話。法律ばかりいくら作っても、現場を知らなきゃどうにもならない。どう止めたって、毎晩毎晩、どんどん来るんだから。見てよ、この海。ここに柵でも作れっていうの? 柵を作ったって、飛び越えてきますよ」

 当時、55歳だった女性の市長顧問、リッツァ・リコウさんは鮮やかなワンピース姿で、半ば投げやり、半ば笑い気味にそんな話をした。

多くの人々は政治難民ではなかった

 中には本当の政治難民もいる。だが、難民収容所にいた100人ほどに会ってみると、彼らの多くが難民でないとわかった。

 アフガニスタン、クルド、パレスチナ、アフリカ諸国と出身地で住み分けしており、私はもっぱらアフリカから来た男性に出身地を聞いてみた。すると皆が皆、「ソマリアです」と答えた。だが、私が見たところ、どう見ても西アフリカ、ナイジェリアか、ガーナ辺りの顔なのだ。アジア人でも日本人とパキスタン人が違うように、アフリカ人も東のソマリアと西では全く違う。

 収容所で政治的な質問をしてはいけないため、「アフリカの食べ物が恋しい?」と聞くと、「そりゃ、そうですよ」と皆笑いながら頷いた。「エグシ・スープとか、うまいからね」と私が言うと、男たちから一斉に笑い声が上がった。西アフリカの名物料理の名前を持ち出したのだ。

 「ここに来るアフリカ人はみな『ソマリア人』を語り、似たような生い立ちを話す。ソマリアの首都モガディシオで生まれ育ったが、内戦に巻き込まれ、命からがら逃げてきたという話。政治難民になるためだ。大半は嘘だと思うが、身元を証明できるものが何もないので確認しようがない。政府が機能していないソマリアにも連絡できないし。淡々と供述調書を作り、顔写真を撮り、医療診断をして、出て行ってもらう。それがここの仕事だ」

 債務危機下のギリシャでは大卒でも定職につけるのはわずかで、移民を丁重に扱う余裕はない。「食べて泊まり、ただで医者にかかる彼らには、早いところギリシャから出て行ってもらいたい」(市職員)というのがギリシャの本音で、玄関であっさり「難民」と認められた人たちは当然ながら、実入りのいい北を目指す。

一度開いた扉を閉めるのは大変なこと

 EU当局はいま、入国管理をさらに強化すると言っているが、出先が出先だけに果たして、北の欧州基準にかなうように役人が動くかどうか。

 開かれた欧州、外国人との共存は望むところだ。だが現実に、エーゲ海に密航船があふれ、移民の大量流入が起きた場合、欧州人に受け入れる度量があるのか。

 一度開いた扉を閉めるのは大変なこと。ユーロ導入のときのように、理想を語るスローガンばかりが先行し、債務危機であたふたする。そんなことが起きないのを望むばかりだ。

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