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大津いじめ事件・女性市長の改革 / 『教室のいじめとたたかう』著者、越直美氏インタビュー - 島田昌樹

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いじめに関する調査統計

荻上 統計には2種類あって、調査統計と業務統計があります。業務統計は、普段の業務の中で発覚したことを数えたものです。例えば、警察がネズミ捕りをいっぱいやれば、道路交通法の違反者はたくさん捕まり、認知件数が増えます。業務統計上の数値は上がりますが、その統計からは事故件数が増えたか、モラルが悪化したかなどは分かりません。いじめに関する文科省の調査は、業務統計の集積で、実数把握には使えません。いじめ防止対策推進法では、いじめ対策のために調査も行うよう書かれているんですが、どうですか。

越 大津市では、新しいいじめ対策をはじめて、いじめの認知件数が、いじめの疑いも含めて10倍以上になりましたが、私は、いじめの発見ができるようになってきたと捉えています。いまだに、他では、いじめの認知件数が増えるのは悪いことだと思っているような教育委員会や学校もあるようなのですが。

昨年、「いじめの行動計画」を作りましたが、策定委員会の中で、何を指標に成果を測っていくかが議論になりました。業務統計上のいじめの件数を減らすのを目的にしたら、いじめを発見しないのが一番良いことになってしまいますよね。だから、子どもたちにアンケートをして、「楽しく学校に来られる」などの観点から成果を測っていく予定です。

荻上 複数のアンケートを取るとコストがかかりますし、いじめのアンケートだと子どもが身構えてしまうところがあるので、「学習環境実態調査」のような形にできるといいと思います。教科ごとの学習満足度調査や普段の生活の満足度などの項目を入れれば、いじめや不登校、問題行動との相関関係を調べることもできます。加害者だと思われていた子どもが、実は社会問題の当事者でもあったというような事実が浮き彫りになるかもしれません。

メディア報道について

荻上 最後にメディアの話をお伺いしたいと思います。メディアの報道、ひどかったですよね。啓蒙や命綱になるはたらきをしてほしかった。いじめ報道の際は単に騒ぐだけでなく、いじめがあったときどうすればいいのか、相談するにはどこに電話すればいいのかアナウンスするなどの改善をしてほしいと中から言ってたりします。

それから、メディア経由で誤解が拡散してしまうと、よく知らないのに罵倒してくる人たちもたくさん出てきます。「市長なんだから、教員をすぐにクビにできるはず」「市のことなんだから市長が悪い」など、正しい情報の共有ができていないために、いらない電話がかかってきて事務作業に忙殺されることになります。報道と報道のリアクションについて、どう見ましたか。

越 複雑で分かりにくい制度を伝えることも、メディアの役割だと思っていました。教員を辞めさせろ、と苦情がたくさんあることは報道するのに、その権限が県の教育委員会にあることは報道してくれませんでした。そうすれば、制度のおかしさを市民に広めることができるのに。

私が特に疑問に思ったのは、大津いじめ事件が大きく報道されてから、メディアが、教育委員長ではなく、私に記者会見で説明するよう求めてきたことです。本来、学校のいじめについて権限があるのは教育委員会で、教育委員会の代表者は教育委員長です。私は、選挙で市民に選挙で選ばれた立場ですから、市民に対して説明をすることは当然のことだと思っていますが、でも、メディアがちゃんと法律上の責任者に責任を問わないと、おかしな教育委員会制度が残り続けてしまいます。

荻上 メディアによって、制度のおかしさに気づくだけの力と関心が教育されてないんですよね。いじめの問題でも、コメンテーターが専門知識に基づかない仕方で感情的に話し、「よく言ってくれた!」みたいな感じで拍手喝采を得てしまう。改善のための対策や実情に関する情報をシェアすることが重要なんですが、気持ちのいい断言が求められる。

越 日本でのいじめは、これまで、10年に1回くらい大きく報道されてきました。ときどきバーンと報道して、一時的にいじめの認知件数が増える。でも、年を経るごとに忘れられては、また大きな事件が報道されるという繰り返しでした。これでは、問題解決にはなりません。

荻上 災害報道のサイクルが参考になると思います。発災直後は、エース級の人が各地に行って取材してくるわけですが、これに加えて、各新聞が年に何回か防災のための報道をしています。教育に関しても、日常の中で、このような足が長くて骨太な取材ができるといいんですが。

越 大津いじめ事件から3年経って、だいぶ報道が減っています。もしこのまま忘れられてしまったら、また同じ事件が起こる。これが本を出した1つの動機でもあります。メディアでも、いじめ防止のために、地道に継続的に報道してほしい。

メディアによる誤報

越 私が遺族を批判する発言をした、と週刊誌が誤報したこともありましたね。その時は抗議しました。ありもしない話が勝手に広まるのは怖いですよね。事件と全く関係ない市民の方が、加害者の親族と勘違いされるケースもありました。しばらく経ってからお会いしたんですが、「いまだに電話がかかってくるのが怖い」と泣いてらっしゃいました。

荻上 問題解決のためのアクションなのか、感情発散のためのアクションなのか区別がつかない人は多いですね。そこにメディアが煽るだけの情報を提供して、拍車を掛けている。そもそもいじめ議論の水準が低かったり、いろいろなことが積み重なって騒動になっていると思います。

いじめが自殺の原因かどうかって議論あるじゃないですか。いじめのほかに家庭などの問題を抱えている場合は、いじめが原因ではないとする風潮がありますよね。主原因でない場合は、原因として認められない。

自殺研究によれば、1つの要因で自殺が起きることは通常考えられません。例えば、経済的な問題、相談できる仲間がいない状況が続いて、うつ病を発症、そのせいで就業できなくなり……という感じに、一般的な自殺はじわじわと数年間かけて起こります。でも、いじめが原因と認定されるのは、いじめによって短期間で自殺に辿り着いたケースなど。

越 その理論は、教育委員会にいいように使われているような気がしますね。「ほかにも原因があったから、いじめが原因かは分からない」というような感じで。

荻上 誰も「いじめ“だけ”が原因だ」なんて言ってほしいとは思っていません。いじめも原因の一つとして考えられると判断されればまず十分で、その「もうひと押し」がなければ、自殺を選ばなかった可能性が高いと言えるはずですから。

今後は、各自治体が事例を重ねることが重要なフェーズです。モデルケースとなる事例づくりを、自治体には期待したいと思います。

●編集後記

このインタビューの後、平成27年3月、ご遺族と大津市との間の民事訴訟での和解が成立した。和解に際して、越さんは、「決してこれが終わりではありません。亡くなった中学生のつらさを決して忘れてはいけません。ご遺族との和解をいじめ対策の礎として、これらも全力でいじめ対策に取り組みます」と述べている。

『教室のいじめとたたかう~大津いじめ事件・女性市長の改革~』には、ご遺族からのメッセージも掲載されている。

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ISBN-10 : 4847065530
ISBN-13 : 9784847065538

リンク先を見る 荻上チキ(おぎうえ・ちき)
評論家 / シノドス編集長

1981年生まれ。シノドス編集長。評論家・編集者。著書に『ネットいじめ』(PHP新書)、『社会的な身体』(講談社現代新書)、『いじめの直し方』(共著、朝日新聞出版)、『ダメ情報の見分け方』(共著、生活人新書)、『セックスメディア30年史』(ちくま新書)、『検証 東日本大震災の流言・デマ』(光文社新書)、『彼女たちの売春』(扶桑社)、『夜の経済学』(扶桑社 飯田泰之との共著)、『未来をつくる権利』(NHK出版)、編著に『日本を変える「知」』『経済成長って何で必要なんだろう?』『日本思想という病』(以上、光文社SYNODOS READINGS)、『日本経済復活 一番かんたんな方法』(光文社新書)など。
画像を見る 越直美(こし・なおみ)
大津市市長

1975年生まれ。大津市出身。北海道大学法学部・大学院修了。2002年から弁護士として西村あさひ法律事務所にてM&Aやコーポレートガバナンスを専門とする。2009年、ハーバード大学ロースクールを修了、ニューヨーク州司法試験に合格。ニューヨークの法律事務所に勤務した後、コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所・客員研究員。2012年1月、現職らを破って大津市長に初当選。当選時の年齢は36歳で、歴代最年少の女性市長となった。市長就任前の2011年10月の大津いじめ事件について、再調査のための画期的な第三者調査委員会を設置し、徹底した調査を行う。大津市の第三者調査委員会はその後のいじめ調査のモデルとなる。現在は、大津の子どもをいじめから守る委員会など大津モデルともいうべき新たないじめ対策に取り組む。

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