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大学入試改革で 検定教科書が消える!?

 「これからは教師が一方的にレクチャーする授業ではなく、生徒主体型のアクティブ・ラーニングが必要だ」とよく聞く。しかし私はそこに若干の違和感を感じる。そんなことは「これから」ではなくて、何十年も前から言われていることではないか。名門校と言われるような学校の授業はもう何十年も前からアクティブ・ラーニングである。自分で課題設定し、自分で調べ、自分で考え、自分で表現する。「何を今さら」の感が強いのである。文科省のお役人当たりが「アクティブ・ラーニング」を連呼しようものなら、そもそもすでにあったものをことさら取り上げて、手柄を自分のものにしたいだけではないかと勘ぐりたくもなる。

 アクティブ・ラーニングというと、受験勉強とは対極にあるもののようにいわれることが多い。これにも私は違和感を覚える。誰にお尻を叩かれるでもなく、自分が決めた目標に対して期日までにたどり着く段取りを自分で組み立て、自らを鼓舞しながら粛々とそれを実行する。受験勉強は究極のアクティブ・ラーニングといえる。

 名門校においては、日ごろの教科授業を通して生徒たちにアクティブ・ラーニングの姿勢が染み込んでいるから、生徒たちは、受験勉強にもその延長線上として主体的に取り組むことができる。だから「絶対東大!」なんて言いながら生徒のお尻をたたかなくても、それぞれの生徒がそれぞれのペースとスタイルで難関大学入試をクリアしていく。

 勉強とは、学習とは、学びとは、そもそもアクティブでなければ成り立たない。当たり前だ。アクティブ・イーティング、アクティブ・ドリンキング、アクティブ・ウォーキングなどとは言わない。それなのに、今ことさらアクティブ・ラーニングなどという言葉がもてはやされているということは、強制を前提とした教育が跋扈していることの裏返しでしかない。

 アクティブ・ラーニングを阻害する要因の一つに検定教科書問題がある。そこに国家からのお墨付きを得た「答え」が書いてある。入試では、国家からのお墨付きを得た「答え」を書かないと不正解にされる。それではわざわざ回り道をして自分なりの「答え」を見つけようなどという気持ちは薄れるのも当然だ。名門校のアクティブ・ラーニングでは、教科書の存在価値はほとんどゼロに等しい。「検定教科書ではこういう表現をしている」という参考程度でしかない。新聞の切り抜きのコピーや一般書籍、自ら実験・取材したデータが教材になる。

 議論中の大学入試改革が理念通りに実行されれば、アクティブ・ラーニングを積み重ねてきた受験者が有利になるといわれている。であるならば、検定教科書が姿を消すことが、大学入試改革の成功の証しになるのではないかと、私は思っている。

「塾と教育」9月号に寄稿した文章を転載。←この記事を転載するときは、ここまで含めてください。

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