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変身する東大、「シリコンバレー精神」育む

 【東京】東京大学は以前から政治家やビジネスエリートを育成する場だとみなされてきたが、今、「アントレプレナーシップ」(起業家精神の育成)という新たな領域に足を踏み入れている。

 歴代首相のうち十数人が東大出身で、政府高官の大半も同校出身だ。しかし、開校以来138年になる東大は最近、これまでの保守的なイメージを振り払い、米シリコンバレーの起業家精神を取り込もうと努めている。教育機関をイノベーションセンターに衣替えしたいという安倍晋三首相の意向にも沿った動きだ。

 現在、東大と何らかの形で関係のある新興企業は約240社に上り、5年前の2倍に達している。そのうち16社が株式を公開しており、これら企業の時価総額を合計すると約80億ドル(約9700億円)になる。

 かつて急成長を遂げたテクノロジー分野の多くが低迷するなかで、東大の取り組みは、日本がようやく起業家を受け入れる態勢を整えつつあることを示している。それでも、遅れを取り戻すにはまだまだやるべきことは多い。

 東京に本部を置く財団法人ベンチャーエンタープライズセンターによると、昨年の日本のベンチャーキャピタル(VC)投資は総額9億4000万ドルだった。それに対し、米大手会計事務所プライスウォーターハウスクーパース(PwC)と全米ベンチャーキャピタル協会(NVCA)が作成したリポートによると、米国でのVC投資額は480億ドルだった。

 テクノロジー業界の新興企業に投資するVC企業、東京大学エッジキャピタル(UTEC)の代表取締役社長、郷治友孝氏は「ちょっと前なら東大の卒業生というと、ベンチャーはあまり考えなかったと思う。官庁とか大企業にいく人が多かった」と指摘。「しかし意識が変わってきている。キャリアとしてベンチャーに関わってみてもいいよね、という人によく会うようになった」と述べた。

 郷治氏のオフィスは東大本郷キャンパス構内の近代的なビルにある。UTECは東大とは無関係の機関投資家から出資を受けており、VCファンドで300億円ほどの資金を運用している。

 UTECの入る建物には、東大で開発された技術のライセンス供与を行う東大の付属機関も入居している。ベンチャー企業の数が増加するにつれ、特許収入は2014年には4億8800万円と、2010年以降3倍以上に拡大している。

 東大産学連携本部のイノベーション推進部長を務める各務茂夫教授は、開発した技術を新興企業にライセンス供与する見返りに株式を受け取ることが多いと話す。そうした企業が株式公開に成功すれば、こうした株式は価値ある資産となる可能性がある。

 各務教授は「そうなると大学は現金なもので、ベンチャーが成功すると大学にとっても良いという感覚が生まれてきた」と語った。

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 東大と関わりのある新興企業240社の中には、教授や卒業生が立ち上げた企業や、東大が実施する研究に関連した企業もある。これまでのところ、ベンチャー企業を立ち上げた学生の大半は同校の大学院の卒業生だ。このことから、東大の学部卒業生の大半は引き続き、官庁や大企業といったより安定した職場を好んでいることがうかがえる。

 ポップイン株式会社の代表取締役、程涛氏は2008年に東大の修士課程の学生だったとき、オンライン広告を手掛ける同社を立ち上げた。程氏は当時、UTECから4000万円を調達して事業資金とし、20社以上の新興企業がオフィスを構える東大キャンパス内のアントレプレナープラザ(東大と関係の深いベンチャー企業の事業化活動のための施設)にオフィスを構えた。

 「出資やオフィススペースや法律的な相談まで、多分この制度をここまで使っているのは僕しかいないと思う」と程氏は言う。

 程氏によると、中国インターネット検索最大手の百度(バイドゥ)が6月にポップインを10億~20億円で買収した。正確な買収価格については明らかにしなかった。

 東大と関わりのある他のベンチャー企業としては、創薬の研究開発を手がけるペプチドリームがある。同社は東大大学院理学系研究科・理学部の菅裕明教授が開発した技術を基に、欧米の医薬品メーカーと医薬品開発分野で提携している。また、東大で生まれたロボット・ベンチャーのシャフトは、13年に米国防総省が主催するロボット・コンテストで優勝し、一躍注目を集めた。シャフトはこのコンテストの直前に米グーグルに買収されたが、買収金額は明らかにされていない。

 東大は日本では抜きん出た存在ではあるが、スタンフォード大をはじめとする米国の大学にはまだとても太刀打ちできない。スタンフォード大だけでも、卒業生や教授陣が立ち上げた企業数は数千社に上る。スタンフォード大博士課程の学生だったときにラリー・ページ氏とセルゲイ・ブリン氏が共同で創業したグーグルは、現在、企業価値が約4400億ドルに達している。

 スタンフォード大学アジア太平洋研究所日本研究プログラムのリサーチアソシエート、櫛田健児氏は「大勢の学生が起業家になる計画を持たずにスタンフォード大に入学するが、非常に多くの卒業生やIT業界関係者と接することによって興味を抱く」と述べた。櫛田氏は日本がシリコンバレーとの関係を強化するとともにシリコンバレーから学ぶことを支援するプロジェクト「スタンフォード・シリコンバレー・ニュージャパンプロジェクト」のプロジェクトリーダーを務めている。

 櫛田氏はさらに、起業に興味がほとんどないスタンフォードの卒業生でさえ、卒業後数年後に、スキルを身に付けて同窓生と交流すると、新興企業に引き込まれると話した。同氏は日本にも同じような交流の場を築くことが必要だと考えている。

 東大の各務教授も同じ意見で、誰もが在学中に起業家精神を身につけるわけではないと考えている。

 各務教授はその上で、「しかしロールモデルも出てきているし、アントレプレナーシップを持った優れた人が10人いれば変えられる」と語った。

By ALEXANDER MARTIN

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