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押井守監督『東京無国籍少女』について書きました

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押井守『東京無国籍少女』は「まどろみから覚醒し、戦闘態勢で生きよ」と呼び掛けるが①
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■都内では7月25日から8月14日まで公開されていた押井守監督の実写作品『東京無国籍少女』に驚かされた者が少なくないだろう。一見するとそこには「平和惚けから覚醒して、周辺国に対する戦闘態勢に入れ」というメッセージと、それを支援する映像的強度がある。

■安倍晋三の「戦後レジームからの脱却」とのシンクロを見出す人々もいよう。いったい、どこが違うのか。結論から言えば、作品を〈社会〉に引きつけて体験するか、〈実存〉に引きつけて体験するか、の差異に注目することで答えが見つかる。それを前後編に分けて考察する。

【北方領土を巡るロシアとの戦闘】

■舞台はとある全寮制の女子美術高。天才児として特別待遇を受けていた主人公は或る事件のPTSDで心を閉ざした。学校側の期待を余所にまどろみつつ謎のオブジェの製作に勤しむ日々。後半で明らかになるが、事件とは学校に侵入したロシア兵にレイプされたこと。

■主人公は生徒や教師と軋轢を生じつつ、講堂に寝泊りしてオブジェ製作に励む。彼女の面倒を見る保健教師は眠れないと訴える彼女に睡眠薬と偽りビタミン剤を渡す。「あの子をこれ以上眠らせる必要はないわ」という台詞が意味深い。それが〈覚醒〉の予兆となる。

■学校は地震とヘリコプター音に頻繁に襲われるが、オチを暗示する。そんな学校で、生徒らは「知恵と戦いの女神」アテナ像をデッサンするが、主要モチーフを暗示する。ホッブズ『リヴァイアサン』を読むモデルの裸婦が登場するが、これも主要モチーフに関連する。

■周囲の同級生らは特別扱いされる主人公をやっかんでイジメるが、やがてリーダー格のストールを巻いた少女が「もう彼女は私たちの手に負えなくなってしまった」と呟くことになる。この台詞もまたやがて訪れる主人公の〈覚醒〉を暗示する重要なものとなる。

■途中、肉体関係を迫る美術教師の首を主人公がパレットで斬りつけるが、後に続くシーンでは教師の傷跡が消え、主人公が幻覚症状を生きていることが示される。彼女には何ヶ月も生理がないが、後の生理回復との兼ね合いで、これは〈覚醒前〉であることの暗示だ。

■食事をしないのだから生理がこないのは当然だと保健教師が手渡す食料は全てロシア製で、この学園の異常ぶりが観客に明らかになってくる。校舎内の階段を見知らぬ少女が擦れ違いざまに「なぜお前はここにいるのか」と呟く。これが後の主人公の台詞の伏線になる。

■深夜のプールで一心不乱に泳ぐ主人公の背中に丸く爛れた2つの焼痕が浮かぶ。ついに彼女は謎のオブジェを完成させる。それは戦闘用ヘリコプターだった。完成に伴って何かを回復したらしい彼女は先の問い(なぜお前はここに⋯)に〈私は兵だ〉と答える。

■授業中の学園を地震が襲う。今度は巨大だ。ざわめく教室。慄然と動かない主人公の足下に経血が滴る。〈覚醒〉の暗示。教室を飛び出した彼女が向かったのは、かつて自分がロシア兵に犯された美術室。そこには二人の兵士に強姦されようとする自分の姿があった。

■ここから激しいガンアクションが展開する。美術室で鉢合わせた「二人の主人公」は同化して兵士二人を射殺。学園に進入するロシア兵らを次々撃退する。元の教室に辿り着くと、窓の外には戦闘用ヘリ。兵の死体からランチャーをもぎ取った主人公はヘリを撃墜する。

■衝撃で教室が大破するが、そこがオチ。目覚めると保健教師が主人公の脈をとる。そこは講堂。先ほどとは様子が違う。そこは軍の施設。主人公は傷ついた戦闘員。保健教師は軍医。学園教師らは軍上層部。戦闘相手が揚げる旗は赤字に星。どうも敵はロシアらしい。

■北方領土を巡る紛争か。主人公の隣に『リヴァイアサン』を読んでいた裸婦の死体。まだ早いとの制止を振り切って主人公は戦闘に復帰。乗り込んだ戦車には彼女をイジメていた同級生らがいて、彼女を迎え入れると、主人公の顔に初めて笑みが浮かび、ジ・エンド。

【戦後という夢の終わりを告げる】

■一部を紹介した通り暗喩の数々はクリアだ。映画が始まって程なく、地震頻発の演出から「これは日本についての話だ」と判る。震災後に自閉傾向の拍車がかかった日本人への批判なのか。だが、やがて日本の戦後70年に向けられた批判であることが分かってくる。

■戦前戦後の断絶を自明視して惰眠を貪る日本人。「夢の綻び」(だと後で分かること)として描かれる事物が暗喩的だ。背中の2つの焼痕は2度の原爆。『リヴァイアサン』と言えば「万人の万人に対する闘争」。世界には戦前も戦後もなく「ひたすら戦中」だと暗喩される。

■その上で、保健教師が「あの子をこれ以上眠らせる必要はないわ」と語り、同級生が「もう彼女は私たちの手には負えなくなってしまった」と語る。そして、やがて主人公の分身だと分かる謎の少女からの「なぜお前はここにいるのか」の問いに、〈私は兵だ〉と答える。

■全てが〈覚醒前〉から〈覚醒〉へのシフトを暗示する。それを踏まえれば、講堂のオブジェは「日本人が忘れようと努めてきた記憶」を、頻発する地震は東日本大震災に象徴される「9条平和主義で繁栄する日本という夢の終わり」を、暗喩することが明らかであろう。

■思えば、今年のヴェネチアビエンナーレでは各国ともポリティカルアートが満載だった。前回のアウトサイダーアートから一転。世界は再びアンガージュマンを要求する「政治の季節」を迎えた。そんな中、日本が世界からズレていることを誰もが皮膚で感覚し始めた。

■日本でも状況が変わりつつある。多くがそれぞれの形で政治に関わろうとし始めている。残念ながら多くはネトウヨないし2ちゃん系ウヨ豚に象徴される見当外れのものだが、震災が日本人に「夢の終わり」を告げる目覚まし時計の役割を果たしたことを、否定できない。

■本作はタイムリーに「夢の終わり」を宣告する。思えば、押井守は「夢」を扱い続けてきた。『うる星やつら/ビューティフルドリーマー』『スカイクロラ』そして『東京無国籍少女』。本作は押井守による「ドリーマー3部作」の完結編だと見做すこともできる。詳述しよう。

■これら3部作のいずれも夢を学校生活(『スカイクロラ』は寮生活)に模して描くが、描き方は変化してきた。『ビューティフルドリーマー』が描くのは「終わらない学園祭前夜」の文字通り「美しい夢」。本作の「夢」はしかしもはや「ビューティフルドリーム」ではない。

「ビューティフルドリーム」から「ナイトメア」へ。「甘美な想像界」を描いた押井守が「想像界は地獄」と説く。この態度変更は本連載が扱ってきたテーマに関連する。なぜ想像界から離脱すべきか。前回の『コングレス/未来学会議』では他者への責任が倫理を召還した。

■『東京無国籍少女』では、失ってはならない記憶としての歴史が倫理を召還する。記憶を失ってはならない理由を考えれば責任概念を前提に〈覚醒〉を呼び掛けていると言える。そこを出発点にして、もっと具体的に国際政治の地図を本作に読み込むことさえもできる。

■例えば、主人公をイジメる同級生3人組を中国・韓国・北朝鮮と読むこともできる。ラストの武装的共闘を見ると、アジアでの信頼醸成を前提にした重武装化を説くとも読める。IS問題・安保法制・戦後70年と、国防に関心が集まる今夏に相応しい「戦争映画」だ⋯⋯。

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