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プーチンの最側近 国鉄総裁の辞任を巡る謎 - 小泉悠

現在、ロシア政界である人事が大きな話題になっている。

 ロシアの国鉄であるロシア鉄道(RZhD)のヤクーニン総裁が突如として辞任を表明した問題だ。

 たしかにRZhDは総延長5万2000キロにも及ぶ鉄道網を管理し、90万人以上の従業員を抱える巨大組織であり、その意味では総裁人事が大きな意義を持っていることは間違いない。

 しかし、それ以上に重要なのは、ヤクーニン氏がプーチン大統領の最側近の一人と見なされる人物であることだ。

RZhDヤクーニン総裁の人物像

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ウラジミール・ヤクーニン氏(写真:ロイター/アフロ)

 ウラジミール・ヤクーニン氏は1948年生まれの67歳。技師としてキャリアをスタートし、1985年から1991年に掛けて国連ソ連代表団のメンバー(1988年からは第一委員長)を勤めている。この際、ソ連の対外情報機関であった国家保安委員会(KGB)第一総局との関係を持ったとされるがはっきりしたことは分からない。もっとも、ヤクーニン氏の父親はKGB隷下の国境警備隊でパイロットとして勤務しており、情報機関との関係はもともと浅からぬものだったと見られる。

 ヤクーニン氏が後に大統領となるプーチンとの関係を深めたのは、彼らが別荘村のご近所同士という間柄にあったためだった。レニングラード州のソロヴョフカにあったこの高級別荘村には、プーチン氏のほかに産業界の大物が数多く別荘を構えており、彼らは1996年に別荘組合「オーゼロ」を立ち上げる。この別荘組合は、後に情報機関人脈とともにプーチン氏を支えるサンクトペテルブルグ人脈の一大派閥となった。なかでもヤクーニン氏は情報機関と産業界の両方につながりを持ち、プーチン氏の栄達を助けた。

 また、ヤクーニン氏はRZhD総裁としてプーチン大統領の一世一代のプロジェクトであるソチ・オリンピックの実現を助けるとともに、近年の愛国路線にも同調している。ウクライナ紛争でもRZhDはロシア軍の輸送に活躍し、米国の制裁対象リストにもヤクーニン氏が掲載されることになった。

 ヤクーニン氏が2005年にRZhD総裁となったのは、こうした献身の褒賞と見られている。ロシアの鉄道独占企業であるRZhDは特別な地位を有する「国家企業」に指定されており、総裁は資産公開の義務を負わない。これは同じくプーチン大統領の最側近で、国営石油企業ロスネフチの総裁であるイーゴリ・セーチン氏などと同様の特権が与えられたことを意味している。

 よく言われるように、プーチン大統領の権力の源泉は、インナーサークル内の側近達にこうした特権を与える「レント・シェアリング(山分け)」であり、ヤクーニン氏もまたその一員であったと言える。高級紙『ヴェードモスチ』のシニーツィン記者はこれを、「飼い葉桶に側近達が群がるシステム」と表現している(『ヴェードモスチ』2015年8月18日)。

 実際、ヤクーニン氏がRZhD総裁としてどれだけの報酬を受け取っているかは不明で、ロシア議会の度重なる要求にも関わらず同人の正式な給与は明らかになっていない。以前、ヤクーニン氏は自身の月収が400万〜550万ルーブル(約800万〜1100万円)だと述べたことがあるが(それでもロシアの平均月収の110倍以上になる)、ロシア人の中にこれを信じる人間はまず居ない。実際の報酬は月額15億円にもなるのではないかとの観測も見られる。要するに、RZhD総裁という「飼い葉桶」を与えられることで、ヤクーニン氏は年に百数十億円の利益を得ていたことになる。

 ただし、RZhD総裁としてのヤクーニン氏の評判はあまり芳しいものではなかった。プーチン政権の肝いりで進められてきたロシア全土を結ぶ高速鉄道プロジェクトは遅延や計画縮小が相次ぎ、ロシア鉄道の財務状態はこの10年間で大幅に悪化した。ロシア鉄道の輸送シェアを確保するためにパイプライン建設計画を妨害しているのではないかとの疑惑もある。それでも乗客数や貨物輸送量の減少で、以前からヤクーニン総裁の経営手腕には批判が集まっていた。

 それだけに、2013年にはヤクーニン総裁の辞任が報じられたほか、2014年にはRZhD総裁としての契約延長が遅延する等、ヤクーニン氏のRZhD総裁としての権力には終わりが近づいていたのではないかとの見方が浮上していた。

 こうした中で明らかになったのが今回の辞任で、その意味では不思議はない。

 問題は、ヤクーニン氏の今後の身の振り方である。プーチン大統領の権力の源泉が「レント・シェアリング」にある以上、彼は側近を一気に更迭することはない。何らかの閑職を与えるなどして徐々にフェードアウトさせるなど、穏健な人事を行うのが常である。

 これについては、辞任報道の直後、ヤクーニン氏がロシアの飛び地であるカリーニングラード州選出の上院議員となる計画が明らかになっている。実際、カリーニングラード州選挙管理委員会のサイトにもヤクーニン氏は候補リストに掲載されており、これがプーチン政権がヤクーニン氏に用意した次のポストであることはたしかであると見られる。もっとも、上院議員の給与は月額約55万円に過ぎないという。

 ただし、ここにも問題がある。ヤクーニン氏はカリーニングラードに居住したことがないため、選挙区に「連続5年以上、合計20年以上居住している者」を条件とする上院議員の選出規定に明らかに違反する(下院議員は全国区から選出されるのに対し、上院議員は州や共和国といった連邦構成主体の代表として選出されるため)。

 これに対してひねり出された奇策が、ヤクーニン氏が実はカリーニングラード州の特別渉外代表だった、というものだ。上院議員の選出規定では大使級の資格を持つ者は居住実態がなくても地域選出議員となることが認められているためだが、いかにも苦しい言い訳ではある。実際、これまでヤクーニン氏の履歴にはそのような地位についての記載がなく、いかにも後付けという印象は否めない(これについて『コメルサント』紙は「ウラジミール・ヤクーニン、履歴を修正」と皮肉混じりの見出しを付けた)。

 ともあれ、ヤクーニン氏の今後については今週中にプーチン大統領との最終的な話し合いが持たれることになっており、その行方が注目されよう。

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