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常磐線のイメージは「コモディティの供給地」 『常磐線中心主義』五十嵐泰正氏インタビュー - 本多カツヒロ

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本多カツヒロ (ライター)

上野や柏、水戸…常磐線と言えば、どんなイメージがあるだろうか。「コモディティの供給地」と答えるのは、筑波大学大学院人文社会科学研究科の五十嵐泰正准教授。常磐線の各駅を沿線と関わりが深い様々な著者が書き連ねたのが、同氏と福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員の開沼博氏が責任編集を担当した『常磐線中心主義(ジョーバンセントリズム)』(河出書房新社)だ。今回、五十嵐氏に「なぜ常磐線を語るキーワードがコモディティなのか」などを中心に話を聞いた。

ーー東京近辺では東急線や小田急線沿線の開発について多く語られてきましたし、メディアなどで目にする機会も多いのでイメージしやすいのかなと思います。しかし、常磐線はなかなかイメージが沸かないのが実情かと感じます。今回はなぜ常磐線に注目したのでしょうか?

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『常磐線中心主義(ジョーバンセントリズム)』

(著・編集:五十嵐泰正・開沼 博、河出書房新社)


五十嵐:たとえば東海道線や中央線に関する本ならば、全国区でも売れるかもしれませんが、常磐線となるとあまり印象がないのは間違いないだろうと思います。 

 この本をつくろうと思ったキッカケは大きく3つあります。1つ目は私自身の個人的な事情で、上野について長く研究していて、また生まれや現在の住まいも柏で、さらには筑波大学に勤務しているので、常磐線や常磐自動車道でほとんど完結しているような人生なんですね(笑)。郊外論や地方論への関心が高まり始めた2000年代中盤福島県いわき市の常磐ハワイアンセンターを舞台にした映画『フラガール』や、茨城県下妻市を舞台にした映画『下妻物語』が話題になり、そういう常磐線沿線付近の表象をつなげたら面白いのではないかというアイディアをぼんやりと思いついたのが最初でした。

 2つ目は、あとでも触れることになると思いますが、やはり3.11ですね。沿線の海岸沿いが津波で甚大な被害を受け、福島第一原発事故が起こった。柏を中心とした千葉県内の常磐線沿線、東葛地域は放射能のホットスポットになった。この4年間、地元の柏や、福島県の特にいわき市にも関わって色々な活動をする中で、共編者の開沼さんとも出会い、常磐線沿線を描くというぼんやりしたアイディアが、現在の日本社会に投げかけるべき社会的なメッセージを持ったものになってきたのを確信するようになりました。

 3つ目には、今年3月から常磐線や高崎線、宇都宮と東海道線が乗り入れる上野東京ラインが開通したことで、東京の北の玄関口という上野駅のこれまでの役割がかなり変化するという転機が、この本を出すいいタイミングだろうと思ったことです。

 この本の企画に大きな影響を受けた著作をひとつ挙げるとすれば、2012年にサントリー学芸賞を受賞した『北の無人駅から』(渡辺一史著、北海道新聞社)という本です。北海道のいくつかの無人駅に、農業や漁業、地方自治、観光などのテーマを割り当てた章を連ねて地方の現在を記述するという大変面白い試みで、それを読んだ時に、私自身は東京から次第に離れてゆく一本の線でこうした本を作ってみたいと思ったんです。

ーーそうした背景の中、本書には章ごとに様々な書き手が参加しています。すべてを貫くコンセプトのようなものはあるのでしょうか?

五十嵐:常磐線が走る郊外には、中央線のサブカルチャーや、関西で言えば阪急沿線のモダニズムのように全国区の存在感を誇る沿線文化はないですよね。もっと先の区間を見ても、青森のリンゴや愛媛のミカンのような、多くの人にはっきり像を結ぶブランドはありません。ただ、それは常磐線沿線の重要性が低いことを意味していません。むしろまったく逆で、この沿線の地域は近代を通じて、あまりも当たり前に首都圏の消費者の日常にある本当にたくさんのものを、淡々と供給してきたんです。

 先ほども「イメージがない」というお話がありましたが、イメージがないというのは「これという目立った特産品がないこと」、逆に言えば「何でもある」ということなんですよ。4章を担当した小松理虔さんと話している中で出てきたキーワードが、「コモディティ」です。常磐線沿線を貫く最大の特徴と考えれば、首都圏へのコモディティの供給地ということなんじゃないかと。その象徴が、きわめて多品目にわたって農産物を生産している茨城県の農業です。

ーー確かに、先日、銀座にある茨城県のアンテナショップに行ったら、様々な農作物が売られていました。

五十嵐:そうなんです。茨城県というと、まあ納豆を名産品として思い浮かべる人は多いでしょうが、長らく北海道に次ぐ農業生産額を誇る農業大国なのはあまり知られてないでしょう。茨城の気候は温暖、地形は平坦で様々な農作物を生産出来ますし、東京圏から近く非常に産業化されやすいからです。しかも茨城県は、チンゲン菜や水菜、春レタス、白菜、鶏卵、マイワシ、サバなど、私達が日常的に口にしている幅広い農水産物の生産額1位ですが、どれもブランド化されているわけではなく、地元の人ですら1位だということを知らないのがむしろすごい。

 福島県に入っていわき市は、板かまぼこの生産量が1位ですが、これもまたいわき市民にさえあまり知られていません。かまぼこと言えば、一般的には小田原か仙台ですよね。象徴的な例を挙げれば、カップラーメンに乗ってるナルトやキャラクター型のかまぼこの生産の圧倒的シェアを誇るメーカーもいわきにあります。

 こういうどこで作られているのか消費者の意識にまったくのぼらないような、でも、ないと困るものを安定供給してきたわけです。実際、震災直後に津波被害でいわきのメーカーの生産がストップしたとき、ポケモンカップ麺のピカチュウかまぼこが、しばらくチャーシューで代用されたりしたんですよ。

ーーまさに日常と切っても切り離せない定番品を生産していると。

五十嵐:そうです。ですので、消費者も産地へのロイヤリティがないですし、特別その土地で作る必要性がない「替えのきく商品」でしかないので、311後の風評被害には弱かったという側面があるんです。そうした常磐線沿線の1次産業から、広く私たちが考えさせられることは多々あります。

 現在は、農業や水産業の活性化のためにブランディングやストーリー・マーケティング、その有力な手段として加工や販売、流通まで展開する6次産業化が注目を浴びていますが、現実にはすべての生産者がそうしたことに対応できるわけではありませんし、すべての食料品にそんな形で付加価値がついてしまったら、買う側の消費者もお財布が大変です。あくまでも基本は、流通する農水産物の90パーセント以上を定番品・コモディティが占めた上で、残りの部分で消費者も多様な食を楽しみ、意欲的な生産者が高付加価値のセグメントで勝負するというのがあるべき市場の姿でしょう。

 小松さんが今年の春まで広報として働いていたいわきのかまぼこメーカーは、震災後、地域性を感じさせるユニークな商品を開発して大きな注目を集めました。彼自身も、旧態依然としたコモディティ生産に戻るのではなく、「復興の先」を見据えていかなきゃいけないということを繰り返し語っていました。でも、あるとき別のかまぼこメーカーの人に「それはこれまでのいわきのモノづくりを否定することだ」と言われて、考え直したのだそうです。

 確かに定番である90パーセント部分のコモディティは、震災の風評被害に弱かったり、他産地や外国産との価格競争に晒されていたり厳しい環境にありますが、私たちの日常のボリュームゾーンをしっかりと支えているそれらの生産者が、今風のブランディングに乗れないからといって、自己卑下するようになったら絶対に違うと思うんです。

 そんなわけで、彼が担当した章は「取り戻すべきコモディティの誇り」というタイトルになり、「常磐線は東京の下半身なのではないか」というこの本全体のコンセプトが生まれました。東京からの距離に応じて配置されたコモディティを、当たり前のように淡々と供給し続けることで、東京の日常を支えてきた「寡黙で優秀な東京の足腰」という意味です。

 そう考えていくと、この沿線で生産されてきた究極のコモディティは電気です。電気はもっとも当たり前にそこに供給されているものです。常磐線沿線はもともと、東海村に日本初の原発が建設され、茨城県北部から福島県浜通り一体に数多くの原発・火発が立地する、日本でも有数の電力供給地帯ですが、これまでの制度のもとでは、電気がどこで作られたかを東京の消費者が意識するキッカケなんてありませんでした。

 それが、福島第一原子力発電所での事故という不幸な形で、初めて「電気の産地」がクローズアップされた。しかしそんな現在でさえ、東京電力の発電所である福島県の広野火力発電所が、地元で使わない電力を生産するためにいち早く津波被害を克服して稼働していることは、首都圏の人にどれだけ知られているでしょうか

 5章以降では、開沼さんがさらに歴史を遡ってくれています。そこで見えてきたのが炭鉱です。近代日本のエネルギーは、炭鉱が支えていました。常磐線は、19世紀の終わりに、常磐炭鉱の石炭を運ぶために急ピッチに整備された歴史があります。北海道や筑豊の石炭に比べると、不純物が多く質は良くなかったらしいのですが、東京に近いことで重要な位置を占め、まさに首都圏の人々の日々の暖房や、京浜工業地帯の生産の根幹を支えてきたのです。

ーーそういったエネルギー供給源としての歴史にしても、茨城県の農作物にしても、東京に住む人間にとってコモディティとして、日常の中に当たり前にあったからイメージが沸かないのでしょうか?

五十嵐:それはあると思いますね。東京に近い地域で、あまりにも当たり前にさまざまな品目を供給してきたので、逆に意識されることがないのかもしれません。

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