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70年談話が日韓関係に与えた影響 - 姜誠

談話に対する韓国の反応

 安倍首相の戦後70年談話は、韓国ではどう受けとめられたのか? ざっくりいうと、ふたつの反応に分かれました。

 ひとつは韓国政府が主に見せたもので、かなり抑制的な反応です。

 首相談話の言葉尻の一つひとつをとらえて批判するようなことはせず、韓国側が求めていた4つのキーワード=「おわび」、「反省」、「植民地支配」、「侵略」が入っていることで、談話は「日韓関係を大きく損ねるものではない」としたものです。

 その背景には、今後の外交日程を考えたとき、いま日本と外交的に対立を深めるのは得策ではないとの韓国政府の判断が見え隠れしています。

 韓国は今秋に予定されている日中韓首脳会談のホスト国です。この外交イベントを成功させ、その後に予見される日韓首脳会談で成果を上げるためにも、談話への批判は控え目にしたのでしょう。

 加えて財界などを中心に歴史認識問題や外交、経済問題などは分けて日本と交渉すべきという「対日外交ツートラック論」が強まっている点も見逃せません。支持率が下降気味なだけに、朴クネ政権としてもこうした世論の変化に対応せざるを得なくなっているのです。

 もうひとつの反応は失望と拒否感です。学識経験者やNGO関係者など、民間では「安倍談話は巧妙に植民地支配への謝罪を避けた」、「過去形で行われた安倍談話は謝罪と言えない」などの批判の声が吹き荒れています。

日韓の和解には役立たない

 とくに談話の前半にある「日露戦争は植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」という歴史認識は、韓国の人々にとって受け入れがたいものでしょう。

 日露戦争は朝鮮半島における権益を日本がロシアと争う中で勃発しました。日本は1904年の対ロシア宣戦布告とほぼ同時に日韓議定書を結び、韓国内での軍事行動を韓国側に認めさせました。

 その後、日露戦争に勝利すると、今度は3次にわたる日韓協約で財政・外交権のはく奪、韓国軍の解散、皇帝退位などを迫り、1910年に朝鮮半島を植民地として併合します。

 韓国にしてみれば、安倍首相が「欧米の列強による植民地支配に苦しんでいたアジアやアフリカに日本が勇気を与えた」と言うなら、「だったら、なぜ、その日本が朝鮮半島や台湾を植民地として支配するようなことをしたのか、きっちりと説明すべき」と反発したくなるのは当然でしょう。

 ところが、談話ではそうした植民地支配に対する認識、責任についてはいっさい語られません。4つのキーワードとともに語られるのはもっぱら、日本が「国際秩序の挑戦者」となって太平洋戦争に突入した1930年代以降の自国の行動についてのみなのです。

 率直に言って、安倍談話に朝鮮半島に対する植民地支配への言及がなかったことに、多くの韓国人は深く失望しています。その一点で、この談話は日韓の和解をもたらすものとはなりえませんでした。

なぜ閣議決定は二転三転した?

 安倍首相が戦後70年談話を発表したのは8月14日夜のことでした。その会見の様子を見守った記者のひとりからこんな感想を聞かされました。

 「首相は談話の原稿を淡々と読み上げるだけで、熱気もなければ、覇気も感じなかった。何とものっぺらぼうな会見だった」

 おそらく安倍首相はこのような中途半端な談話は出したくなかったのでしょう。本当は植民地支配と侵略による加害責任をはっきりと認めた「村山談話」を上書きする、「戦後レジーム脱却型」の新しい談話を歴史に刻みたかったはずです。

 ただ、さまざまな条件が重なって、その希望はかなわなかった。そのことは談話を閣議決定するかどうか、二転三転したプロセスをたどれば明らかです。

 当初、安倍首相は70年談話を閣議決定する方針でした。せっかく「村山談話」を上書きするものを作っても、閣議決定されなければ政府全体の合意事項とならず、後の内閣に政府方針として引き継がれることはないからです。

 ところが、そんな安倍首相の姿勢に国際社会から懸念が表明されるに及び、官邸周辺は閣議決定を見送り、首相個人の見解を意味する「首相の談話」として公表することを検討します。これなら個人の見解なので、自由に持論を展開できます。閣議決定を見送ることで、「国際社会の懸念に配慮した」との言い訳もできるとの計算もあったはずです。

 しかし、安保法制の国会審議が始まり、内閣支持率が大きく落ち込むと、再び談話の閣議決定が浮上します。首相個人の談話とすることで「村山談話」を上書きする新談話を出そうとしたものの、もはやそれができる状況ではなくなってしまったのです。

 安保法制によって、「安倍政権は戦争できる国づくりを目指しているのではないか?」との国民の疑念は高まっています。そんなところに、戦争や植民地支配を反省する4つのキーワードが欠けた談話を出せば、政権支持率のさらなる下落はまぬがれません。できれば、その事態は避けたい。

 とはいえ、国際社会に配慮すべく、トーンを抑えた談話にしたのでは、今度は首相の支持基盤である保守右派から「日和った」という不平、不満が噴出しかねません。

 そこでふたたび閣議決定のアイデアが復活したのです。閣議決定には全閣僚の署名が必要で、そこには公明党の太田昭宏国交大臣が含まれています。その太田大臣の了承を得るためにも、公明党の求める4つのキーワードを入れなくてはならなかったと右派支持層に説明できます。

 同時に閣議決定する以上、歴代内閣の談話は引き継がなくてはならず、その範囲内での70年談話であれば、「村山談話が上書きされるのではないか?」と懸念する国際社会や国民を刺激せずにすむというわけです。何とも姑息なやり口です。

 ただ、あちらこちらに配慮したため、70年談話は寄木細工のようにわけのわからない、「のっぺらぼう」なものになってしまいました。4つのキーワードを入れ込み、日本の過去の行いを反省した部分も、過去の内閣が表明した謝罪や反省を引用して表明する形をとったため、首相個人のことばとして謝罪の気持ちが語られることはありませんでした。

 この談話で首相が本心を語ったのは「その先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」という部分と、「積極的平和主義の旗を高く掲げ、世界の平和と繫栄にこれまで以上に貢献する」という部分だけではなかったのかと、私は疑っています。

首相の本音は日本武道館での式辞に

 安倍首相の本領が発揮されたのは、8月14日の70年談話ではなく、むしろ翌日の日本武道館で行われた全国戦没者追悼式での式辞でした。

 この追悼式で平成天皇が真摯に「先の大戦に対する深い反省」を語って人々の心を揺さぶった一方で、安倍首相は歴代内閣が言及してきたアジア諸国への加害と反省に触れませんでした。首相は2013年、14年の式辞でも触れずに批判を受けてきましたが、3年目の今年もまた同じ態度を貫いたのです。

 安倍首相にしてみれば、8月14日の70年談話で思う存分、本心を語れなかった分、翌日の日本武道館での追悼式辞では意地を見せたというところなのでしょう。いずれにしても過去の戦争や植民地支配での謝罪や反省を徹底的に避けるという点で、安倍首相は歴代首相の中でもきわめて特異な存在と言えます。

 韓国内では安倍首相の歴史観を変えるのは困難と見て、歴史修正主義を前提に対日政策を作るほかないとの悲観論も広がっています。70年談話で日韓の溝が深まったことは否定できません。政治家はこれ以上、日韓関係を悪化させないでほしい。そう願わずにはいられません。

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