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英語は高収入を目的に学んではいけない - 茂木 健一郎

著者 茂木 健一郎


このところ、英語が「ブーム」のような状態になっている。小学校からの英語教育も本格化し、大学でも、英語を中心とした「グローバル人材」の育成プログラムが、盛んに喧伝されている。

今まで、日本人は、国際的に見て英語が「苦手」なのが当たり前とされてきた。「使える」英語教育の必要性が叫ばれても、なかなか本気にならない、というのが日本人の習い性のようになっていた。

それが、なぜ、ここに来て日本人は急に英語に熱心になったのか。私は、そこには時代状況の大きな変化があると感じている。そのことを考えるために、ある映画を例にとりたい。

ミュージカルの名作『マイ・フェア・レディ』。貧しい花売り娘が、大学教授に英語教育を施されて、大変身を遂げる。映画化された際には、ヒギンズ教授をレックス・ハリソンが、花売り娘イライザをオードリー・ヘップバーンが演じた。

花売り娘はロンドンの下町で生まれ育ち、上流階級が使うような「正しく」「美しい」英語を話せない。教授は娘に言う。

「きちんとした英語が話せるようになれば、今よりもっと良い職業に就けるぞ!」

「より良い生活」のイメージに惹きつけられて教授を訪ねた娘は、猛特訓を受ける。ところが、なかなか正しい発音が身につかない。疲れ果てて、投げ出しそうになったとき、教授はこんなことを言う。

「君が、今何を学ぼうとしているのか、考えてごらん。かつて人間の心をよぎった、最も高貴な考えが、その音楽のように美しい音の中に封じ込められているんだ。君は、きっとそれを学べるさ!」

映画ではこのあと、一瞬、娘の表情が輝く。そしてついに、何度やっても身につかなかった「正しい」発音をものにするのである。とても感動的な場面だ。

さて、今、日本人が英語に熱心になり始めているのは、基本的に、『マイ・フェア・レディ』で、花売り娘が上流階級の英語を身につけようとした動機と同じ理由であろう。「より良い生活」へのパスポートとしての英語。いわば、経済的理由である。

逆に言えば、戦後長きにわたり、受験英語はともかくとして、英語が流暢になることは、平均的日本人にとって必ずしも「より良い収入」につながらなかった。ヘタに「国際派」になるより、国内のヒエラルキーで偉くなるほうが、社会的評価も「実入り」も良かったのである。

時代は変わった。経済のグローバル化にともなって、英語ができる、できないが、そのまま収入の格差につながりかねない時代である。かつて外国大学卒は就活で不利だったが、今ではむしろ優遇されるくらい。機を見るに敏な教育ママたちも、眼の色が変わって、わが子に英語を(しかも、受験英語ではなく、実際に使える英語を)学ばせようと必死である。

英語学習への動機づけは、経済的なもの。しかし、本当に英語を習得しようと思ったら、単に「お金になる」というだけでは脳が「本気」になりにくい。『マイ・フェア・レディ』が参考になるのは、この点であろう。英語圏の文学、歴史、思想などに深い興味を抱くことが、結局は英語習得の近道になる。

私自身、日本人の中ではかなり英語ができるほうだと思うが、英語圏の文化に興味を持ったことが英語上達のきっかけになったように思う。

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