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- 2011年01月10日 16:10
『規制仕分け』で問われる民主党の存在価値
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しかし逆に、「こんな所に信号機は必要ないだろう」と思える交差点も有る。ほとんど人も車も通らないような交差点に信号機などを設けてもあまり意味を為さない。そんな無駄な信号機が自分の生活範囲に何カ所も有る光景を思い浮かべてみれば、それが如何に窮屈な環境であるかがよく分かると思う。
規制もこれと同じであり、必要な規制と不必要な規制が混在している。しかし、多くの人は規制の数には信号機の数ほどの関心は無いため、規制の数が生活に与える影響というものをあまり考えようとはしない。
例えば、交通事故が発生する度に、その場所に信号機を設置していけば、どんな生活が待っているだろうか? それはどこに出かけるにも信号機ばかりを気にしなければならない生活であり、信号機のせいで目的地になかなか辿り着けないという極めて不自由で窮屈な生活である。そんな信号機だらけの道路では確かに交通事故は減少するかもしれないが、その安全性と引き換えに多くの自由や快適性を犠牲にしなければならなくなる。
ビジネス的な視点で観ても、そんな道路では宅配便も時間通りに配達ができなくなるので、宅配料金は上がり、宅配納期も遅くなる。ベタな例えで言えば、宅配ピザの配達も30分以内ではなく1時間以内となり、料金も上がるということである。多くの一般消費者にとって、それが良いことだと言えるだろうか?
「良いことだ」と胸を張って言えるのは、その信号機を作る仕事を行っている人間だけではないだろうか? 規制もこれと同じで、無駄な規制を作って喜ぶのは、民間人ではなく、お役人だけではないのだろうか?
信号機に必要な信号機と不必要な信号機があるように、規制にも必要な規制と不必要な規制がある。信号機が必要か必要でないかを判断するのが、その道路を実際に利用している一般人であるなら、規制についても、その規制が必要であるか必要でないかを判断するのは民間人であるべきだ。「規制をするべきだ」という民間人からの強い要請でもない限り、なるべく規制などは行わない方がよいということである。
薬のインターネット販売についても、多くの消費者からの苦情でもない限り、規制を行う必要性は無かったのではないか?と思われるが、消費者の声を無視して勝手に規制が実施された感が強い。別の意味での「消費者の苦情(署名活動)」が有ったにも拘らず、これも都合よく無視されたように思われる。
事業仕分けにも必要な事業と不必要な事業が有ったように、規制仕分けにも必要な規制と不必要な規制がある。そして、必要か不必要かを分ける基準はあくまでも民意に沿わなければならない。そのことを忘れてしまうと、結果的に、規制仕分けは失敗だったということになってしまうだろう。民主党が、正しく民意を掬い上げ、民意に沿う規制の分別ができればよいのだが、果たしてどうなることやら…というのが、率直な感想ではある。
事業仕分けの場合、少額ながら削減できる金額が分かるものだったが、規制仕分けの場合は、どれだけの金額が削減できるというものではなく、どれだけ経済を効率化できるかという問題である。その規制が存在するために、どれだけ非効率な経済になっているのかということを理解しなければならないということだから、事業仕分け以上に難しい判断を要求される。
しかし、今回の規制仕分けの目玉たる『薬のインターネット販売に関する規制』の成り行きによっては、「民主党はいらない」という民意が出来上がる可能性がある。
そういう意味では、今回の『規制仕分け』は民主党にとっても非常に危険な賭けだと言えるかもしれない。
規制もこれと同じであり、必要な規制と不必要な規制が混在している。しかし、多くの人は規制の数には信号機の数ほどの関心は無いため、規制の数が生活に与える影響というものをあまり考えようとはしない。
例えば、交通事故が発生する度に、その場所に信号機を設置していけば、どんな生活が待っているだろうか? それはどこに出かけるにも信号機ばかりを気にしなければならない生活であり、信号機のせいで目的地になかなか辿り着けないという極めて不自由で窮屈な生活である。そんな信号機だらけの道路では確かに交通事故は減少するかもしれないが、その安全性と引き換えに多くの自由や快適性を犠牲にしなければならなくなる。
ビジネス的な視点で観ても、そんな道路では宅配便も時間通りに配達ができなくなるので、宅配料金は上がり、宅配納期も遅くなる。ベタな例えで言えば、宅配ピザの配達も30分以内ではなく1時間以内となり、料金も上がるということである。多くの一般消費者にとって、それが良いことだと言えるだろうか?
「良いことだ」と胸を張って言えるのは、その信号機を作る仕事を行っている人間だけではないだろうか? 規制もこれと同じで、無駄な規制を作って喜ぶのは、民間人ではなく、お役人だけではないのだろうか?
信号機に必要な信号機と不必要な信号機があるように、規制にも必要な規制と不必要な規制がある。信号機が必要か必要でないかを判断するのが、その道路を実際に利用している一般人であるなら、規制についても、その規制が必要であるか必要でないかを判断するのは民間人であるべきだ。「規制をするべきだ」という民間人からの強い要請でもない限り、なるべく規制などは行わない方がよいということである。
薬のインターネット販売についても、多くの消費者からの苦情でもない限り、規制を行う必要性は無かったのではないか?と思われるが、消費者の声を無視して勝手に規制が実施された感が強い。別の意味での「消費者の苦情(署名活動)」が有ったにも拘らず、これも都合よく無視されたように思われる。
事業仕分けにも必要な事業と不必要な事業が有ったように、規制仕分けにも必要な規制と不必要な規制がある。そして、必要か不必要かを分ける基準はあくまでも民意に沿わなければならない。そのことを忘れてしまうと、結果的に、規制仕分けは失敗だったということになってしまうだろう。民主党が、正しく民意を掬い上げ、民意に沿う規制の分別ができればよいのだが、果たしてどうなることやら…というのが、率直な感想ではある。
事業仕分けの場合、少額ながら削減できる金額が分かるものだったが、規制仕分けの場合は、どれだけの金額が削減できるというものではなく、どれだけ経済を効率化できるかという問題である。その規制が存在するために、どれだけ非効率な経済になっているのかということを理解しなければならないということだから、事業仕分け以上に難しい判断を要求される。
しかし、今回の規制仕分けの目玉たる『薬のインターネット販売に関する規制』の成り行きによっては、「民主党はいらない」という民意が出来上がる可能性がある。
そういう意味では、今回の『規制仕分け』は民主党にとっても非常に危険な賭けだと言えるかもしれない。



