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  • 松井孝治

安倍談話に加筆するとすれば

村山元首相の発言にもかかわらず、安倍談話の基本的枠組み(として私が解するところ)は、村山談話を含む過去の政府見解を踏襲し、村山談話がつけた謝罪の「けじめ」を揺るがせにせず、謝罪の繰り返しではなく未来志向とするとの意志であろうことは先 (「安倍談話の背後に谷野作太郎さんの肉声を聴く」)に述べた。
それはまさに村山談話の起草者である谷野作太郎氏が望んだ枠組みであったと考える。

その意味で、私は今回の安倍談話を評価しているのだけれど、その上で気になることがある。

何度もこの場でも申し上げているのだけれど、私は、村山談話の中核的歴史観、すなわち、「我が国」が「国策を誤り」「国民を存亡の危機に陥れた」という表現に、今も個人的に違和感を抱いている。
安倍談話には類似の言及はない。その限りでは結構なのだが、折角これだけの字数をこの談話に割くのであれば、この、民主主義の有する本質的危険をどう抑止するのかについての言及が欲しかった。

ちょうど昨日のことだが、尊敬する筒井清忠帝京大学教授の新著「満州事変はなぜ起きたのか」を献本戴いた。 早速、斜め読みにする中で、次のような一文が目を引いた。

「陸軍の急進的行動の背後には、新聞の煽動により満州事変を熱狂的な歓呼で迎えることになる大衆の世論があった。それは日比谷焼打ち事件・憲政擁護運動・米騒動・反アメリカ排日運動・反中国排日運動という形をとり、明治末以来顕現してきた大衆の政治的力の発露でもあった。これらは、大衆運動として連続して見られるものである。とくに中国に対するものはマグマのように溜まっていて、満州事変に際し、その爆発的支持という形で発露したといえよう。」
(同書第20章(4)大衆世論・ナショナリズムの時代、より)

戦前戦中の政治・軍事指導者の戦争責任は当然で、大部分の国民が犠牲者であることも確かだが、村山談話が言うように国民は国策を誤った国家により存亡の危機に陥れられた無辜の被害者という構図は、洋の東西を超えて戦争責任の総括においてしばしば用いられる擬制とは言え、やや乱暴に過ぎるのではないか。
メディアを含め、戦争を煽動し、また戦争批判を糾弾したり、常に政府の弱腰を批判する声が国民の中に根強くあり、それを新聞などが拡散していたことを忘れてはならない。
政治指導者はこうした国民の強硬論を極めて敏感に意識していたはずだし、5・15事件、2・26事件以後そのことは政治指導者の生命にかかわる圧力として厳然と存在していたのである。

リットン報告書に基づく解決や、盧溝橋後のトラウトマン工作、日独伊三国同盟、日米開戦回避への調整など幾度ものチャンスがありながら、間違った戦争を何ゆえに我が国は最後まで引き返せなかったのか。
終戦の詔勅すら多大な困難に直面にしたことは、この夏もリメイクが封切られた「日本のいちばん長い日」にも如実に描かれているとおりであるし、昭和天皇と2・26事件の砲弾を辛うじて生き延びた鈴木貫太郎首相(元侍従長)などの努力で終戦の詔勅が70年前に下されたことは決して偶然ではないと思う。

その意味で、戦争責任を軍部の暴走や一部の指導者に帰すのではなく、国民自身が歴史、特に昭和史と向き合うべきではなかろうか。
世はネット全盛。情報が氾濫する中で、ややもすれば極端な主張が幅を利かせる時代。大衆世論とナショナリズムの時代は、過去の歴史のなかに存在するばかりではない。 長文の安倍談話に、私があえて筆を加えるとすれば、戦争の不拡大や和平を許さなかった国民の煽動的心理や感情を、社会としていかに抑制すべきかという課題への言及であろう。

尤も、この種の課題に向き合う政権としては、伝統保守政権を自認する安倍政権よりも、今少し穏健保守寄りの政権が、より相応しいのかもしれないけれど。

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