記事
- 2011年10月12日 05:00
若者は会社にしがみつくべきだろう ①
大企業におんぶにだっこではだめだ!もっと自立心を持て!プロフェッショナルになれ!これからは会社が守ってくれる時代ではない!終身雇用は終わった!
と叫ぶ人は多い。池田氏とか城氏などがネット上ではその典型的論者だろう。
もちろん、彼らが言うことは傾聴に値する面も有る。
しかし、今、多くの若者が大企業志向・安定志向を強めているというが、彼らの行動は池田氏や城氏に糾弾されるべきものなのだろうか?彼らは大挙して非合理的な行動をとり集団死に向かって進んでいるのだろうか?
僕の答えは「否」である。
思えば僕が就職活動をしているときはゼネラリストの時代は終わった。「成果主義」・「スペシャリスト」・「転職は当たり前」などということがもてはやされていた。まあ、同じようなキーワードが今また繰り返されているような気もする。しかし、僕達の世代と違って今の若者はそのキーワードにあまりなびいていないようである。
まあ、これらのキーワードが根拠もなく使われていたわけだ。定義を聞けば100人100様で実態はない。この当たりの議論は過去にもしてきたし、上記のようなキーワードが現実にビジネスをし会社で働き海外も経験した僕のような人間が経済学的に考えれば無意味であることはすぐにわかる。ものすごく単純化して言えば人間のやることはいつの時代もどこの国でも基本的には変わらないし不合理であるはずもない。
話がそれた。僕は以前、「若者は海外に行くべきだ」と書いた。その気持ちは今も変わらない。しかし、どうせ行くならいきなり海外の企業に就職するよりは日本の企業に就職してそこから行くほうがいいことは言うまでもない。割り増しの給料がもらえるし雇用も保障されているからだ。
また、典型的な日本の大企業で働いていたのではスキルがつかないのだ!という人は多い。
本当にそうだろうか?まず単純に考えて日本の労働者がそんなにスキルがないのならば、日本の企業はいつの時代もなぜ世界で通用しているのか?集団主義だからか?でもどこの国の企業だって個人技だけでは成り立たないはずだ。まして海外には日本の大企業をはるかに凌駕する規模の大きい企業が多数存在する。だから、まったく持ってそのような言説は理屈が通らない。日本の企業に働く労働者のスキルは間違いなく高いといえるはずだ。
次に、ジョブローテーションがよくないからスキルが身につかないなどという人も多い。たしかにそういった面はあろう。しかし、働いてみれば分かることだが、一部の非常に特殊なスキルを必要とする仕事以外はせいぜい2年もあれば身につくし、5年もやれば飽きてしまうのが普通だろう。少なくとも大企業に入るほどの能力のある人間ならそんなものだ。スペシャリストだーといって永遠に同じ仕事をやり続けることが幸せかどうかはわからない。しかも、その仕事自体が廃れてしまってはお先は真っ暗となるのである。スペシャリストなんてのがそんなに素晴らしいのだろうか?
いろんな仕事を学ばせてくれる会社は従業員の転職後の将来のことも考えているともいえるし、逆に言えば労働者はそれを逆手にとって利用すれば自分の労働市場での価値を大きくあげることができる。
しかも、たしかに仕事に専門性がより必要になっているのは事実だから、僕の友人の勤める会社も含めて現代の企業でまったく関係ない部署を数年おきにグルグルさせられている人の話を僕はあまり聞いたことがない。ジョブローテーションという概念自体が現実を知らない学者やなんちゃって評論家によって大げさに捉えられている面がある。
下積み期間が必要なのは日本でも海外の企業でもそれほど変わらない。むしろこういったものも本人の能力・そのときのチームの構成・業種などによって違うはずだ。
また、大企業だからこそ学べることは多々ある。そして、新興国でより稼ごう・海外に打って出ようという企業が多い時代である。グローバルに展開する大企業に対する志望が強くなるのは当然だろう。(前向きの人生に対するヘッジといえるだろうか)
しかも、おそらく今後景気が悪化すれば一番にクビになっていくのは使えない、というよりも、コストが高いおじさん世代であることは間違いない。実際、日本企業も1998年以降普通にリストラを行ってきた。一方で、安月給でコストの安い若者はよほど使えない限りはクビを切られることはないだろう。
日本の会社は飲みとか大変だからいやだという人も居るかもしれないが、日本に限らずビジネスの上では飲まなければいけない面はどこの国でもある。
大企業に入ってつらいこともあるだろうけど、しがみついて生きていくのは決して非合理的な選択ではない。もちろん、プロフェッショナルとしていつ放り出されてもいいように日々自分のスキルを磨く。まして、海外勤務にでもなればいい生活もできる、語学も学べ自分の見識・ビジネスのスキル・人脈などあらゆるものが広げられる。多くの若者の大企業志向が強まっているのは決して間違いではない。まあ、深く考えてない人も多いだろう。寄らば大樹の陰の人も多いだろう。それでも、その傾向は時代のネガティブな面を反映しているだけではないと僕は思っている。実はきわめて合理的な選択なのかもしれない。
若者こそ会社にしがみついて生きていくべきだと僕は思う。もちろん、しがみついていた若者がしがみついていたおじさんたちを蹴飛ばしてグローバル企業で大活躍する日はそんなに遠くないだろう。
と叫ぶ人は多い。池田氏とか城氏などがネット上ではその典型的論者だろう。
もちろん、彼らが言うことは傾聴に値する面も有る。
しかし、今、多くの若者が大企業志向・安定志向を強めているというが、彼らの行動は池田氏や城氏に糾弾されるべきものなのだろうか?彼らは大挙して非合理的な行動をとり集団死に向かって進んでいるのだろうか?
僕の答えは「否」である。
思えば僕が就職活動をしているときはゼネラリストの時代は終わった。「成果主義」・「スペシャリスト」・「転職は当たり前」などということがもてはやされていた。まあ、同じようなキーワードが今また繰り返されているような気もする。しかし、僕達の世代と違って今の若者はそのキーワードにあまりなびいていないようである。
まあ、これらのキーワードが根拠もなく使われていたわけだ。定義を聞けば100人100様で実態はない。この当たりの議論は過去にもしてきたし、上記のようなキーワードが現実にビジネスをし会社で働き海外も経験した僕のような人間が経済学的に考えれば無意味であることはすぐにわかる。ものすごく単純化して言えば人間のやることはいつの時代もどこの国でも基本的には変わらないし不合理であるはずもない。
話がそれた。僕は以前、「若者は海外に行くべきだ」と書いた。その気持ちは今も変わらない。しかし、どうせ行くならいきなり海外の企業に就職するよりは日本の企業に就職してそこから行くほうがいいことは言うまでもない。割り増しの給料がもらえるし雇用も保障されているからだ。
また、典型的な日本の大企業で働いていたのではスキルがつかないのだ!という人は多い。
本当にそうだろうか?まず単純に考えて日本の労働者がそんなにスキルがないのならば、日本の企業はいつの時代もなぜ世界で通用しているのか?集団主義だからか?でもどこの国の企業だって個人技だけでは成り立たないはずだ。まして海外には日本の大企業をはるかに凌駕する規模の大きい企業が多数存在する。だから、まったく持ってそのような言説は理屈が通らない。日本の企業に働く労働者のスキルは間違いなく高いといえるはずだ。
次に、ジョブローテーションがよくないからスキルが身につかないなどという人も多い。たしかにそういった面はあろう。しかし、働いてみれば分かることだが、一部の非常に特殊なスキルを必要とする仕事以外はせいぜい2年もあれば身につくし、5年もやれば飽きてしまうのが普通だろう。少なくとも大企業に入るほどの能力のある人間ならそんなものだ。スペシャリストだーといって永遠に同じ仕事をやり続けることが幸せかどうかはわからない。しかも、その仕事自体が廃れてしまってはお先は真っ暗となるのである。スペシャリストなんてのがそんなに素晴らしいのだろうか?
いろんな仕事を学ばせてくれる会社は従業員の転職後の将来のことも考えているともいえるし、逆に言えば労働者はそれを逆手にとって利用すれば自分の労働市場での価値を大きくあげることができる。
しかも、たしかに仕事に専門性がより必要になっているのは事実だから、僕の友人の勤める会社も含めて現代の企業でまったく関係ない部署を数年おきにグルグルさせられている人の話を僕はあまり聞いたことがない。ジョブローテーションという概念自体が現実を知らない学者やなんちゃって評論家によって大げさに捉えられている面がある。
下積み期間が必要なのは日本でも海外の企業でもそれほど変わらない。むしろこういったものも本人の能力・そのときのチームの構成・業種などによって違うはずだ。
また、大企業だからこそ学べることは多々ある。そして、新興国でより稼ごう・海外に打って出ようという企業が多い時代である。グローバルに展開する大企業に対する志望が強くなるのは当然だろう。(前向きの人生に対するヘッジといえるだろうか)
しかも、おそらく今後景気が悪化すれば一番にクビになっていくのは使えない、というよりも、コストが高いおじさん世代であることは間違いない。実際、日本企業も1998年以降普通にリストラを行ってきた。一方で、安月給でコストの安い若者はよほど使えない限りはクビを切られることはないだろう。
日本の会社は飲みとか大変だからいやだという人も居るかもしれないが、日本に限らずビジネスの上では飲まなければいけない面はどこの国でもある。
大企業に入ってつらいこともあるだろうけど、しがみついて生きていくのは決して非合理的な選択ではない。もちろん、プロフェッショナルとしていつ放り出されてもいいように日々自分のスキルを磨く。まして、海外勤務にでもなればいい生活もできる、語学も学べ自分の見識・ビジネスのスキル・人脈などあらゆるものが広げられる。多くの若者の大企業志向が強まっているのは決して間違いではない。まあ、深く考えてない人も多いだろう。寄らば大樹の陰の人も多いだろう。それでも、その傾向は時代のネガティブな面を反映しているだけではないと僕は思っている。実はきわめて合理的な選択なのかもしれない。
若者こそ会社にしがみついて生きていくべきだと僕は思う。もちろん、しがみついていた若者がしがみついていたおじさんたちを蹴飛ばしてグローバル企業で大活躍する日はそんなに遠くないだろう。
- wasting time?
- 欧州からアメリカ・日本まで幅広く経済的視点から言及



