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普通の働き方を実現するために―労働の規制緩和と再規制の課題(その1)

〔以下の論攷は、女性労働研究会編『女性労働研究―「ふつうの働き方」を諦めない』No.59、青木書店、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

はじめに

 第二次安倍政権の発足によって、労働の規制緩和が息を吹き返した。成長戦略の一環として雇用改革を位置付けた安倍首相は、農業と医療、それに労働の三分野の規制緩和に執念を燃やし、これらの分野における「岩盤規制」を掘り崩すために、自らがドリルの刃となって穴をあけようとしている。

 しかし、これら岩盤規制と言われるものこそ、これまでの生活と労働の基盤を支えてきた諸制度であった。それを掘り崩せば、戦後の社会を支えてきた仕組みが大きく変わることになる。それにつれて、人々の働き方も変容を迫られることになろう。

 すでに、小泉内閣による構造改革を通じて労働の規制緩和が実施され、非正規労働者は増えつづけてきた。それに伴って貧困は増大し、労働者間の格差も拡大する結果となった。普通に働いても収入は十分ではなく、将来に向けての生活の安定や老後の生活保障が得られる見通しは暗い。

 安倍首相が掲げる成長戦略はこれらの問題を解決するどころか、さらに増幅された形で深刻なものとするにちがいない。普通の働き方を実現するためには労働の規制緩和を阻止し、行き過ぎた規制緩和によって生じた労働の劣化を阻むための再規制が必要なのである。

 以下、労働をめぐる規制緩和の歴史を振り返り、その後に生じた再規制の経過と問題点を検討することにする。あわせて、第二次安倍政権のもとでの労働の規制緩和の再起動の現状と問題点、それを克服してめざすべき再規制の課題を明らかにしたい。

Ⅰ。労働の規制緩和と再規制をめぐる経過

1 規制緩和における三つの流れ

 労働の規制緩和についての歴史を振り返ってみれば、そこには三つの流れがあったことが分かる。このような流れは、基本的に今日においても引き継がれているといってよい。

 第一の流れは、労働者派遣事業の拡大である。1985年に13業務を対象に労働者派遣法が成立し、96年改正で派遣対象業務が16業務から26業務に拡大された。その後、99年改正によって例外的に派遣を認めていたポジティブリスト化から、製造業など一部の例外を除いて原則的に自由化するネガティブリスト化への逆転が生じた。

 このような流れはその後も引き継がれ、2003年には製造業への派遣労働が解禁され、専門的な26業務については期間の制限がなくなり、それ以外については派遣期間が1年から最長3年とされた。労働者派遣法改正の経過は「小さく生んで大きく育てる」典型的な例であり、派遣事業は急速に拡大していった。その結果、非正規労働者の増大が社会問題化するようになっていく。

 第二の流れは有料職業紹介事業の規制緩和である。1997年の職業安定法施行規則改正によって有料職業紹介の対象職業が拡大され、99年には職業安定法の改正によって民間職業紹介の原則自由化が実施された。

 2002年には厚生労働省令が改正され、有料職業紹介の求職者からの手数料徴収が容認される。さらに、03年の職業安定法改正で有料職業紹介の兼業規制が撤廃され、民間の人材ビジネスが急拡大していく。

 第三の流れは、労働時間管理の弾力化である。1987年の労働基準法改正によって裁量労働制(専門5業務)が新設され、みなし労働時間が適用された。また、1週間、1ヵ月、3ヵ月単位での変形労働時間制やフレックスタイム制も導入される。93年には労働基準法が改正され、1年単位の変形労働時間制が導入された。

 97年の改正では深夜・時間外・休日労働での女性保護規定が撤廃され、裁量労働制の対象業務が拡大されていく。翌98年には企画業務型裁量労働制が新設され、2002年には厚生労働省告示によって専門業務型裁量労働制の対象が11から19業務に増えた。03年になって企画業務型裁量労働制の導入要件が緩和されるなど、労働時間管理の弾力化も着実に進められていく。

2 2006年の反転

 労働の規制緩和はこのような形で着実に進んでいった。ところが、その後、一定の反転が生ずる。規制緩和の動きがストップしただけでなく、行き過ぎた緩和への反省とそれを是正する労働再規制への流れが生まれた。それが表面化するのは、2006年のことであった。これが「2006年の反転」である。

 このような反転が生じた背景には様々な要因が存在していた。さし当り重要な背景としては、経済的・社会的・政治的・国際的という4つの面での変化を指摘することができる。

 第一に経済的な面では、非正規労働者の増大による貧困の増大と格差の拡大が無視できなくなったことである。第二に社会的な面では、JR西日本福知山線での脱線事故、ライブドアの「ホリエモン」(堀江貴文)や村上ファンドの村上世彰代表らの逮捕など、規制緩和による「負の側面」の表面化があった。第三の政治的な面では、構造改革を主導してきた小泉純一郎首相から安倍晋三内閣への交代がある。これによって構造改革路線の推進力が急速に低下した。第四の国際的な面では、アメリカの影響力低下と「ワシントン・コンセンサス」への批判の拡大も無視できない。国際的に見ても、新自由主義的な規制改革の勢いは衰えつつあった。

 このような変化を背景に反転が生ずることになる。それを実際に生み出した力はどのようなものであったのか。ひとことで言えば、小泉構造改革路線の失速と退潮である。小泉首相が悲願としていた郵政民営化の実現によって政権の改革意欲が失われたことが大きい。後継となった安倍首相も「労働ビッグバン」を掲げて労働の規制緩和に取り組む意欲を示したものの、間近に参議院選挙を控えていたために反対の多い施策は手控えざるを得なかった。

 このようななかで、一定の「潮目」の変化が表面化する。2002年から07年まで続いた「いざなぎ越え景気」によって人手不足となり、キヤノンやコマツなど製造業大手による直接雇用の拡大や非正社員の正社員化への動きが生まれたのである。

 貧困の増大と格差の拡大を反映して、マスコミにおける変化も目立ってきた。NHKでは「ワーキングプア」という番組が放映され、『朝日新聞』も「偽装請負」についての報道をおこなうなど、規制緩和の負の側面に光が当てられるようになっていく。

 もちろん、労働運動における変化も大きな意味を持った。非正規労働者の増大とその処遇改善を目的に、日本マクドナルドユニオンやフルキャストユニオン、ガテン系連帯など非正規労働者による新しいユニオンが結成される。これに続いて、ナショナルセンターによる非正規労働者の運動への取り組みも強化された。連合(日本労働組合総連合会)は07年に非正規労働センターを作り、全労連(全国労働組合総連合)も08年に非正規雇用労働者全国センター準備会を発足させている。

 このような動きを背景に、異なった労働組合諸潮流間の共同も新たな前進を見せた。06年12月に日比谷野外音楽堂で開かれた「日本版エグゼンプション制度」に反対する集会である。これはユニオンを中心に取り組まれ、連合、全労連、全労協(全国労働組合連絡協議会)という労働組合全国組織だけでなく共産党や社民党の代表も顔をそろえ、民主党からのメッセージが紹介された。このような共同の力もあって、「日本版エグゼンプション制度」の導入は葬り去れることになる。

3 労働再規制の始まり

 このような「潮目」の変化が生ずるなかで、労働再規制に向けての動きが始まっていく。この点で注目されるのは自民党や厚生労働省の動向であり、それは「政の逆襲」や「官の逆襲」とも言える新たな展開であった。

 2006年12月に自民党内に雇用・生活調査会が設置され初会合が開かれている。その事務局長となった後藤田正純衆院議員は、『週刊エコノミスト』に掲載されたインタビューで、「これまで、労働法制は規制緩和の一点張りだったが、これからは党が責任を持って、規律ある労働市場の創設を働きかけていく」(2007年1月2・9日迎春合併号)と語っていた。「政の逆襲」の始まりである。

 これに「官の逆襲」が続いた。07年8月には「雇用労働政策の基軸・方向性に関する研究会報告」が提出される。その表題は「『上質な市場社会』に向けて―公正、安定、多様性」というものであった。市場社会の「質」が問題とされ、「多様性」以前に「公正、安定」が重視されている点が注目される。

 また、2007年7月には、最低賃金(最賃)についての「成長力底上げ戦略推進円卓会議合意案」が示された。ここでは、「従来の考え方の単なる延長線上ではなく……『賃金の底上げ』を図る趣旨に沿った引き上げが図られるよう十分審議」するべきだとの趣旨が述べられていた。不十分とはいえ、これは基本的にその後の最賃額引き上げの指針として機能することになる。

 このような流れのなかで特に注目されるのは、2007年12月25日に出された「規制改革会議第2次答申」とその3日後の28日に出された厚労省の反論であった。この反論のなかで、厚労省は「一定の規制を行うこと自体は労働市場の基本的性格から必要不可欠」であるとし、第2次答申の中にあった「『一部に残存する神話』『安易な考え方』といった表現も不適切」だと指摘していた。

 というのは、第2次答申は「一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めるほど、労働者の保護が図られるという安易な考え方は正しくない」と述べていたからである。厚労省はこのような主張に真っ向から反論していたことになる。

 また、最賃の引き上げについても、第2次答申は「無配慮に最低賃金を引き上げることは、その賃金に見合う生産性を発揮できない労働者の失業をもたらし」と述べていた。このようなとらえ方は、先の「円卓会議」が合意した趣旨とは正反対のものであった。

 2007年9月に安倍首相は突然退陣を表明した。代わって福田内閣が登場すると、このような反転はさらに強まっていく。08年11月には改正労働者派遣法自公案が提出され、09年7月に廃案となったが、これは日雇い派遣の原則禁止、グループ内企業派遣の8割規制、登録型の常用化への努力義務、マージン率の公開義務化など、一定の再規制の方向を組み込んだものだった。

 続く麻生内閣のもとで、09年6月に提出され7月に廃案となった改正労働者派遣法民主・社民・国民新3党案は、さらに再規制の方向を明確にするものだった。というのは、製造業派遣の禁止、26業務以外での登録型派遣の禁止、違法派遣の場合の直接雇用規定などを盛り込んでいたからである。こうして、労働の規制緩和ではなく、再規制に向けての動きが本格化した。さし当りそれは、労働者派遣法の改正をめぐって具体化していく。

4 政権交代と労働再規制の曲折

 2009年9月に政権が交代し、民主党を軸に社民党と国民新党が連立する鳩山政権が成立した。労働再規制に向けての新たな有利な条件が生まれたのである。しかし、その後の経過は一直線には進まず、紆余曲折をたどることになった。

 総選挙に向けての民主党の公約は、労働者派遣法の抜本見直し、労働契約法の見直し、最低賃金の大幅引き上げなどを掲げ、それまでの自民党政権との大きな違いを示していた。政権発足にあたっての3党合意も、日雇い派遣・スポット派遣の禁止、登録型派遣・製造業派遣の原則禁止、直接雇用みなし制度の創設、マージン率の情報公開、派遣業法から派遣労働者保護法への名称変更などを打ち出していた。労働再規制に向けてのはっきりとした転換である。

 このような合意に基づいて、10年3月に改正労働者派遣法3党案が参院先議で提出され、4月には衆院に再提出された。しかし、これは時間切れで継続審議となった。この時の3党案は国会に提出された改正案の中では最も再規制の方向を明確にしたものであった。それが継続審議となったため、労働者派遣法がまともなものに変わる唯一のチャンスが失われてしまったのである。

 翌7月に参院選が実施され、民主党の敗北によって衆院と参院の多数が異なる「ねじれ現象」が生じた。連立与党が提出した法案は参院で通らなくなったのである。こうして、自民党の許容する範囲でしか法改正ができないことになってしまった。

 このような変化に対応して民主党は自公両党との協議に臨まざるを得なくなる。その結果、2011年12月に民自公3党によって労働者派遣法の修正案が提出されたが、これも継続審議となった。翌12年の通常国会に労働者派遣法改正案は再提出され、3月に成立する。これによって、労働者派遣法の正式名称は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」から「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」に変わり、法律の目的でも「派遣労働者の保護」のための法律であることが明記された。

 しかし、当初案にあった登録型派遣の禁止、製造業派遣の禁止は削除され、日雇い派遣の禁止は「30日以内」に後退してしまう。かろうじて、マージン率の公開、グループ内企業派遣の規制、違法派遣の場合の直接雇用みなし制度が新たに導入されただけであった。

 2012年8月には改正労働契約法も成立した。これによって、有期労働契約の更新が5年を超えた場合の無期雇用への転換、雇止め法理の法定化、期間の定めのあることによる不合理な労働条件の禁止などが定められることになる。

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