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日本人として海外で生きるということ

メキシコでは外国人、特に日本人であることは非常に恩恵があった。
どこにいっても注目の的であり、特になぜか彼らは日本に対する漠然とした憧れがあるようで、よく日本のことを訊かれた。

アルゼンチンでは、それほどの歓待は受けないが、多少の恩恵はある。
今年の5月にキューバに行ったのだが、そのときたまたま知り合った50歳くらいのアメリカ人のご婦人に「メキシコやアルゼンチンで日本人であるということで差別は受けないの?」と訊かれたことがある。

あほかと思った。

あんたら、アメリカ人のほうがよほど差別され嫌悪されているぜ、中南米では!」と思ったがもちろん口に出して言わなかった。特にここアルゼンチンは反米の国なので、アメリカに対する嫌悪感は強い。

20年前にイギリスに留学していたが、そのときにはこれほどの歓待は受けなかったし、日本の文化なんて誰も知らないに等しい時代だった。それから比べると隔世の感がある。



そんななか、アジアのラテン国家フィリピンで「困窮邦人」として生活する人たちを取材した本を読んだ。

愛している、お金ください」と言われて、根こそぎフィリピン人女性にお金を持って行かれる話はごまんとあるが、ホームレスとなってもフィリピン人に親切にされて援助される話はどこか新鮮だった。

極限の貧乏に落ちても、それでも「日本に帰りたくない」と言い切る彼らには各自それぞれの理由がある。
「あんなにお金がある日本がどうして彼らを助けないのか?」と訝るフィリピン人たち。
そして、助けるに助けられない事情もある日本政府。

根本的な問題は日本は「敗者は冷たい国」であるように思える。ラテンの国にいると、「みんな敗者で貧乏」と言った感じなので、それが別に苦痛にならない。フィリピン人は底抜けに明るいと評されるが、彼らは彼らで闇を抱えており、それをそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。

だが、言葉もできず社会的な成功とも縁遠かったこの本の登場人物たちにとってみれば、「フィリピンは常夏の楽園」そのものに映ることも理解できる。社会システムはすべての人たちに分け隔てなく機能することが前提だが、実際はそんなことはあり得ない。逆にそんなシステムすらないフィリピンのような国では、「個人が個人を助ける」ことが当たり前なので、逆にうまく機能しているのはどこか皮肉めいている。

日本はこれからどんどんと衰退していくし、フィリピンやメキシコなどの国はこれから伸びていく新興国だ。20年後、「日本人」であることにどれほどのメリットがあるだろうか?彼らから今のように「憧れの国のひとつ」として見られていないことは確かだと思う。

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