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中村一成「ヘイトクライムへの修復的アプローチを考える」

リンク先を見る 法学セミナー 2015年 07 月号 [雑誌]

 2015年の法学セミナー7月号に、中村一成「ヘイトクライムへの修復的アプローチを考える」が掲載されている。これは、日本でのヘイトクライム*1に対する、修復的司法(restorative justice)の可能性を模索した、おそらく初めての論考である。ヘイトクライムに対する修復的司法実践の可能性については、マーク・A・ウォルターの『ヘイトクライムと修復的司法』が公刊されたところで、国際的にも注目を浴びている分野である。ヘイトクライムは、加害者が被害者に対して深い憎悪を持っているため、長らく修復的司法では禁忌とされてきた。しかしながら、そうしたヘイトクライムは、裁判で厳しい判決が出ても加害者の更生につながらず、難しいとされてきた。加害者は差別意識によって、自己正当化を続けるからである。そこで、被害者との対話を通して、加害者が変容していく可能性を修復的司法は探るのである。

 中村さんは、この問題について考えるきっかけには、京都朝鮮学校襲撃事件があったという。以下のように述べている。

 筆者がヘイトクライムにおける修復的司法の可能性を感じたのは、京都朝鮮学校襲撃事件(以下、京都事件)の被害の聴き取りを本格化させた2013年、二人の保護者の言葉に触れたことが契機だった。事件当時、オモニ会(母親会)の会長を務めていたある保護者は、民事法廷の柵の向こうで繰り返される無反省な加害者の暴言を浴びながら、それでも弁論を傍聴していた。その理由を尋ねると、彼女は次のように答えた。「悔い改めるのを見たい。やったことは許されないことだけど、どこかで同じ人間として通じる部分を見つけたい」。もう一人は事件時、アボジ会(父親会)副会長だった人物だ。彼が加害者を決して「奴ら」などと呼ばないことを指摘すると、彼は言った。「どこかで彼らが同じ人間であることを手放したくないんです」。

 二人は加害者の可変性に賭けていた。綺麗事の話ではない。彼らは今後もこの社会で、マジョリティとの厳然たる「力関係」のなかで、彼らと共に生きていかねばならない。(後略)

(49ページ)

 以上で中村さんが述べるように、京都事件に直接関わる保護者たちのなかには、「加害者が変わること」と望む人たちがいた。朝鮮学校は、直接的な襲撃事件の前からも、多くの「日本人」の差別や偏見にさらされ続けていた。この後の記事で中村さんは、「日本人」の見学を受け入れる朝鮮学校の姿勢を例に出し、相互理解を進めることでやっと「生きる権利」が護られるマイノリティの厳しい状況を述べている。地道に積み上げてきた、共に生きるための信頼関係が破壊されたの京都事件であり、それを再構築することを模索する保護者がいたことを、中村さんの記事は明らかにしている。

 他方、裁判において、京都事件の加害者は刑事・民事で厳罰に処せられることとなった。これは歴史的勝利であり、裁判所判決に「人種差別」の文言を書き込ませた功績は大きい。それでも、こぼれ落ちる被害者の気持ちがあったことも、中村さんは次のように書いている。

 保護者たちの傍聴理由で最も多かったのは、なぜあんなことをしたのか、「理由を知りたい」、「なぜ私たちを敵視するのか」だった。だが、被告の大半は何一つ反省していなかった。法廷で開陳されたのは、加害者の理解不能な朝鮮人敵視や差別と、まるで正義に殉じた「受難者」のごとく振舞う態度だった。「いかに加害者が愚かで、かつ無反省か」を法廷で示すことは、裁判上は「勝訴」へと繋がる。原告側にとっては、ある意味、歓迎すべきことである。法廷での対立状況が先鋭化すればするほど、加害者の言動は酷くなり、裁判官の心証を悪くし、被害者を有利にする。それは勝訴の「レベル」を上げるのだが、しかし、そうなればはるほど、「悔い改めるのを見たい」「人間として通じ合える部分があるかもしれない」という被害者の思いからかけ離れていく。

(50ページ)

 以上のように、法廷闘争ではヘイトクライムの被害者の思いが、なかなか通じないことが、中村さんの記事でわかる。そこで、被害者と加害者の対話を重んじる修復的司法に焦点が当たるのである。日本ではヘイトクライムに対する修復的司法の実践例はないが、中村さんは、2003年に発生した「大量連続差別ハガキ事件」にその可能性を見出す。

 中村さんによると、この事件では、約2年間の間に、400通の差別ハガキが、部落解放同盟やハンセン病国立療養所「菊池恵楓園」などに贈られた。中でも、浦本誉至は100通もの差別ハガキを送られている。浦本さんは警察に届けるが、「自作自演である」とみなされる差別を受けた。そこで、仲間とハガキの書き手を探すことになった。苦しい状況ではあったが、ついに34歳の男性が逮捕されて私的偽造・同行使などで実刑判決を受けた。だが、裁判中も加害者は「表現の自由」を主張して浦本さんの受けた苦しみや痛みに向き合うことはなかった。

 そこで、浦本さんは手紙によって対話の準備を進め、3年後に糾弾会を開いた。もともと、糾弾会は被害者と加害者が「対話」する場ではない。だけれど、冷静な言葉のやり取りの中で、加害者は浦本さんの痛みに思いをはせるようになったという。浦本さんは次のように語っている。

「事件の時は見つけ出して徹底糾弾してやると思っていたけど、実際に交流する中で私自身、変わった。数々の挫折を経験し、高い自己イメージの一方で、非正規を強いられている彼の境遇も分かった。私が彼の立場なら、同じような犯罪をしなかったとは断言できない。私たちを攻撃対象にした原因が無知であることも見えた」
「差別をする人とされる側に明らかな断絶がある。それをどうやって乗り越えるか。一方的にぶつけては乗り越えられないと思う。まず断絶があることを理解する。理解して目的意識をもっていかに乗り越えるかを考えないと何も変わらないと思う。この社会には無知を改め、反省を促す回路がない。大きく言えば、日本で死刑が続くのは、見える形で人が反省に至るプロセスがこの国にないからだと思う」

 浦本さんは、糾弾会での交流を通して、「自分も変わった」ことを述べている。そして、加害者が「反省するための回路がない」ことを指摘している。学ぶ場や、後悔を促す場がないのである。だから、加害者に「反省しろ」といっても、本人にも反省する方法がわからない。もちろん、「無知でいられること」「反省を強いられないこと」はマジョリティの特権でもあり、加害者に責任がある。しかし、「無い」ものは「無い」。

 中村さんは同じことが京都事件でも起きているという。白々しい「反省」の身振りは空疎であるし、本当に後悔しているとしても、自己の行為を批判的に省みて、謝罪と更生に結びつける力も助けもないのである。以下のように述べている。

 本人も言語化できない段階で表出される「反省」の芽を育て、花開かせる筋道がないのだ。その芽を育てること、それは加害者の「更生」のためだけではない。加害者の可変性ーー加害者もまた、被害者の痛みに思いを馳せうる人間であると示されることーーは、何よりも被害回復に必要なのだ。とりわけ確定的悪意と憎悪を知ってしまった子どもたちが世界と「和解」するためには。

 以上のように、中村さんは加害者の反省が、被害者の回復にも寄与することを指摘している。ヘイトクライムに対する修復的司法とは、加害者を免じたり、罪の意識を和らげたりするものではない。一度壊れてしまった、マイノリティとマジョリティの間の、信頼関係を再び築いていくために、一歩を踏み出すうとするステップである。

 もちろん、すべての被害者が修復的司法を望むわけではない。厳罰を望む場合もあれば、加害者を強い言葉で非難する場合もあるだろう。それでも、これまで省みられなかった、被害者の思いを修復的司法が拾い上げることができる可能性はある。中村さんの記事は、その繊細で小さな営みを丁寧に描き出していると思う。

 私は、個人的にマーク・A・ウォルターに会って話をしたことがある。徹底的な被害者への寄り添いから、ヘイトクライムに対する修復的司法を思考している研究者だと感じた。また、実践者ともあったが、日々繰り返される、差別行為の中で、なんとか抵抗の糸口を探そうと修復的司法に取り組んでいることを教えてくれた。まだまだ、模索中の分野ではあるが、注目が集まると良いと思っている。

リンク先を見る Hate Crime and Restorative Justice: Exploring Causes, Repairing Harms (Clarendon Studies in Criminology)

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