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- 2011年03月01日 09:45
スポーツ推薦は大学の質を落とすのか?社会にとってマイナスか?
スポーツ推薦で生徒を取り、部活動を強くする。そして全国区で名前を売る。応募する生徒が増える。
よくある学校経営の戦略である。
スポーツ推薦で学生を大量に採り、大会で上位に来る大学は売名行為をしているとよく批判される。
たしかに、学生の本分が勉強であることを考えるならば何かおかしいのではないか?という疑問もあるだろう。一芸入試と呼ばれるものの同じかもしれない。
スポーツ推薦などの学業以外で過剰に学生を採ることは批判の対象にもなるし大学の価値を貶める行為にもなるだろう。
しかし、多くの有名私立大学にとっては彼らの校名はすでに全国区であり、各種スポーツの大会で上位に進出し名前を売る必要などないはずなのにスポーツ推薦で生徒を入学させるという行為を続けている。
なぜだろうか?
もちろん、OB会などの力が強く大学の執行部とも結びつきがあるからそういった慣例をなかなかやめられないという経緯もあるのかもしれない。
しかし、僕はそれだけではない大学から見た別の経済合理性がそこにはあるはずだと思っている。
大学にとっては自分の大学の卒業生が世の中で優秀であると認められることは大学経営をよりprofitableなものにするために必要であるはずだからだ。
より優秀な学生を社会・企業に送り込めば、あの大学の生徒はいい。教育がいいのかもしれない。となり、当然入学志願者も増えるからだ。卒業後社会で成功する卒業生が多ければ寄付金もたくさん入ってくる。
大学にはより優秀な生徒を獲得し教育し社会に送り出すメリットは多いにある。(教育に関しては日本の場合はどうか微妙だが、それでもすべての生徒が遊んでいるわけではなく学業に打ち込む生徒も少なからずいるだろうからこれも当てはまるだろう。・・・)
であるならば、ただ単に学業ができるだけの生徒を獲得するのが最善かどうかは微妙である。
もちろん、勉強ができることと仕事ができることはある程度の相関性はありそうではある。しかし、同時に就活時に体育会系の学生が好まれるように、社会で成功するためには勉強以外で図れない要素が多々影響してくるはずだ。
スポーツの打ち込んだ学生は目標を定めて努力をすることを知っているし自分を厳しく律することも知っている可能性は高い。また、飲み会になればノリがいい可能性は高いし、チームワークや上下関係もわきまえている可能性が高い。レギュラーでないならば数々の挫折を経験したはずで人間力も高いかもしれない。
彼らは普通の勉強やバイトしかせずたいして目的もなくすごした学生とは違う何かを経験を持っているわけで、社会に出て成功する要素を持っている可能性は高いわけだ。
だから、大学としてはそういった学生を入学させスポーツをさせ(もちろん、一応勉強も・・・)社会に送り出すことは自分たちの大学の地位を高めることにつながるわけだ。
また一芸入試や推薦入試なども同様の役割を果たしていると考えられる。
だから、大学がスポーツ推薦や一芸入試などで学生を採ることには一定の経済合理性がある。もちろん、過剰にやりすぎれば却って大学の価値を落としてしまうから当然バランス感覚も働くはずだ。
そして、そのことは勉強だけがすべてではないという社会の多様性を生み出している。
だから、僕はそういったあり方を肯定的に捉えている。
が、最近はあまりにもそういうのが増えすぎていて学歴の価値の低下に拍車をかけているようにも思うけれども・・・。
いずれにしてもスポーツ推薦なんかおかしいぞ!と叫んでいる人たちはもうちょっと冷静に物事を多角的に見てみる必要があるだろう。
↓理念を同じくする仲間と以下のような共同ブログを立ち上げました。一度お立ち寄りいただければと思います。
「小さな政府」を語ろう
よくある学校経営の戦略である。
スポーツ推薦で学生を大量に採り、大会で上位に来る大学は売名行為をしているとよく批判される。
たしかに、学生の本分が勉強であることを考えるならば何かおかしいのではないか?という疑問もあるだろう。一芸入試と呼ばれるものの同じかもしれない。
スポーツ推薦などの学業以外で過剰に学生を採ることは批判の対象にもなるし大学の価値を貶める行為にもなるだろう。
しかし、多くの有名私立大学にとっては彼らの校名はすでに全国区であり、各種スポーツの大会で上位に進出し名前を売る必要などないはずなのにスポーツ推薦で生徒を入学させるという行為を続けている。
なぜだろうか?
もちろん、OB会などの力が強く大学の執行部とも結びつきがあるからそういった慣例をなかなかやめられないという経緯もあるのかもしれない。
しかし、僕はそれだけではない大学から見た別の経済合理性がそこにはあるはずだと思っている。
大学にとっては自分の大学の卒業生が世の中で優秀であると認められることは大学経営をよりprofitableなものにするために必要であるはずだからだ。
より優秀な学生を社会・企業に送り込めば、あの大学の生徒はいい。教育がいいのかもしれない。となり、当然入学志願者も増えるからだ。卒業後社会で成功する卒業生が多ければ寄付金もたくさん入ってくる。
大学にはより優秀な生徒を獲得し教育し社会に送り出すメリットは多いにある。(教育に関しては日本の場合はどうか微妙だが、それでもすべての生徒が遊んでいるわけではなく学業に打ち込む生徒も少なからずいるだろうからこれも当てはまるだろう。・・・)
であるならば、ただ単に学業ができるだけの生徒を獲得するのが最善かどうかは微妙である。
もちろん、勉強ができることと仕事ができることはある程度の相関性はありそうではある。しかし、同時に就活時に体育会系の学生が好まれるように、社会で成功するためには勉強以外で図れない要素が多々影響してくるはずだ。
スポーツの打ち込んだ学生は目標を定めて努力をすることを知っているし自分を厳しく律することも知っている可能性は高い。また、飲み会になればノリがいい可能性は高いし、チームワークや上下関係もわきまえている可能性が高い。レギュラーでないならば数々の挫折を経験したはずで人間力も高いかもしれない。
彼らは普通の勉強やバイトしかせずたいして目的もなくすごした学生とは違う何かを経験を持っているわけで、社会に出て成功する要素を持っている可能性は高いわけだ。
だから、大学としてはそういった学生を入学させスポーツをさせ(もちろん、一応勉強も・・・)社会に送り出すことは自分たちの大学の地位を高めることにつながるわけだ。
また一芸入試や推薦入試なども同様の役割を果たしていると考えられる。
だから、大学がスポーツ推薦や一芸入試などで学生を採ることには一定の経済合理性がある。もちろん、過剰にやりすぎれば却って大学の価値を落としてしまうから当然バランス感覚も働くはずだ。
そして、そのことは勉強だけがすべてではないという社会の多様性を生み出している。
だから、僕はそういったあり方を肯定的に捉えている。
が、最近はあまりにもそういうのが増えすぎていて学歴の価値の低下に拍車をかけているようにも思うけれども・・・。
いずれにしてもスポーツ推薦なんかおかしいぞ!と叫んでいる人たちはもうちょっと冷静に物事を多角的に見てみる必要があるだろう。
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