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核合意でイランは変わるのか――信頼醸成のゆくえ - 坂梨祥

2015年7月14日に締結された核合意により、果たしてイランは「変わる」のであろうか。この合意は一方では「歴史的合意」と高く評価されながら、他方では「歴史的失敗」と批判する声も上がるなど、その評価は二分されている。この合意の批判者は、「イラン核開発問題」は核不拡散の問題にとどまるものではないと指摘して、今回の核合意は核不拡散以外のイランの「問題行動」を、何ら変えるものではないと主張する。そして今回の合意では、「イラン問題」は解決されていないばかりか、これにより勢いづいたイランが地域のさらなる不安定化を煽ることにもなりかねない、と警告している。

しかしこれら一連の批判は、今回の合意はイランがすでに「変わった」、あるいは少なくとも「変わりつつある」からこそ可能であったという点に、十分注意を払っていない。イラン・イスラーム共和国体制自体は確かにかつて革命により樹立され、革命直後はその「輸出」も掲げる体制であった。しかし1979年の革命からは、すでに36年の月日が経過している。そしてイラン・イスラーム共和国はこの間、「革命の原理」にひたすら固執してきたというよりは、国内外の様々な事象に自らを適応させることを通じ、安定的な存続を目指してきた。そして今回成立した核合意も、まさにそのような「適応」の結果として、位置付けることができるのである。

今回成立した核合意は、非常に綿密に組み立てられており、その中にはこの「変わりゆくイラン」への期待が、様々な形で織り込まれている。そしてその期待は、一連の交渉に際しイランと直接対峙した交渉当事者の国々が、2年近くにわたる交渉過程を通じ、イランに対し抱くに至ったものと言うことができる。

本稿においてはこのイラン核合意に関し、その考え抜かれた仕組みをまず明らかにしたうえで、この合意の行方を展望したい。今回の合意は核不拡散問題を軍事力ではなく外交交渉によって「解決」した稀有な事例と呼ばれているが、そのような合意が可能となった背景を、以下、探っていくこととしたい。

1.イラン核合意の概要

今回成立した合意はその正式名称を、「包括的合同行動計画(Joint Comprehensive Plan of Action:JCPOA)」という。JCPOAの当事者はイランと米国を筆頭とする6カ国(国連安保理常任理事国5カ国プラス・ドイツ、以降P5+1)であり、合意文書には文字通り、今後の「行動計画」が明記されている。

JCPOAの要点は、イランはその核関連活動を大幅に縮小し、その一方P5+1は、イランに対する制裁を大幅に緩和するという2点につきる。そしてJCPOAの特徴は、合意を可能な限り存続させるための工夫が、合意文書の様々な箇所に、ちりばめられている点にある。

(1)  イランに求められる行動

JCPOAに基づき、イランはまず、長年にわたるウラン濃縮の結果国内に備蓄されている濃縮ウランが「核兵器製造に転用されかねない」というP5+1の懸念にこたえ、備蓄量を100トンから300キロに減らすことに合意した。また、アラークに建設が予定されていた重水炉からは核兵器製造に用いられるプルトニウムが抽出しやすいとの懸念にもこたえ、その設計を(プルトニウムは製造されない形に)変更することも決められた。

イランはまた、今後10年間は核関連活動の規模を大幅に縮小することにも合意し、ウラン濃縮を行う遠心分離機の台数を、現在の1万9千台あまりから、6千台程度まで削減することを受け入れた。イランは一連の核関連活動を、国際原子力機関(IAEA)による厳しい監視下のもとで行うことにも合意をし、また、IAEAは相応の根拠があれば、イランの軍事施設の査察を要求できることも定められた。

(2)P5+1に求められる行動

一方でP5+1の側は、イランが上記1.-(1)に示された合意内容をIAEAに検証可能な形で実行に移した時点で、核開発問題に関連してイランに科されていた一連の制裁を、大幅に緩和することで合意した。つまりJCPOAは、イランが合意内容を実施に移しさえすれば、対イラン制裁は大幅に緩和される、という作りになっている。

P5+1は対イラン制裁緩和の第一段階として、合意成立から1週間もたたないうちに(7月20日に)、JCPOAを国連安保理で承認した。このとき採択された安保理決議2231号は、IAEAが将来、イラン国内における核関連活動はすべて平和目的のものであるという結論に達した時点において、イラン核開発問題をめぐりこれまでに(2006年3月以降)採択されてきた安保理決議を、すべて無効とすることを定めた。その一方、イランへの武器禁輸と弾道ミサイル開発禁止措置については、当面の間は維持することも決められた。

(3)起こり得る問題への対処法

JCPOAはまた、合意の履行に際し何らかの問題が生じた場合にその解消を目指す「合同委員会(イランとP5+1およびEUの代表の8者で構成)」の設置も明記している。問題が生じると想定されるのは、たとえばIAEAの査察要求をめぐり事態が紛糾した場合、あるいはイランによる合意不履行が見られた場合などだが、いずれの場合にも問題は合同委員会に委ねられ、合同委員会でその解決が図られるとしている。

JCPOAは、イランによる違反行為が見られた場合には、一旦解除されていた対イラン制裁を復活させることも定めている。しかしその場合にも、まずは合同委員会で問題の解決が図られ、合意を存続させるための方策が、探られることになっている。

(4)合意の特徴

総じて見るとイラン核合意は、その履行過程がそっくりそのまま、イランとP5+1との間の信頼醸成のプロセスと位置付けられていることが明らかである。そのことは、上記の安保理決議2231号からも読み取ることができる。

決議2231号は、JCPOAの発効(2.-(1)を参照)から10年後には、イラン核開発問題を国連安保理の議題から取り下げることを定めている。「国連安保理の議題になる」とは、すなわちその問題(この場合は「イラン核開発問題」)が国際社会にとっての脅威として位置づけられたことを意味する。しかしもしイランが今後10年間にわたりJCPOAを順守し、コミットメントを果たし続けたなら、そのようなイランはもはや「国際社会にとっての脅威」とは見なされない、ということが、今回とりきめられたのである。

上記(3)で取り上げた、この合意をできるだけ長続きさせるための、合同委員会の設置を含む一連の措置も、この信頼醸成プロセスの一環として位置付けられる。問題が生じた場合でも合同委員会の取り組みも得て合意自体は継続的に履行され、その間にイランとP5+1との間の相互信頼が構築されていくことが、期待されているのである。

2.合意履行の見通し

これまで今回成立したイラン核合意(JCPOA)の概要について見てきたが、そもそもこの合意が無事履行段階に至らなければ、「合意の存続」も何もない。本節では合意履行までのスケジュールを改めて確認し、合意履行を妨げる可能性がある要素について確認しておきたい。

(1)合意履行までのスケジュール

JCPOAそのものは、すでにイランとP5+1との間で成立し、それが国連安保理によっても承認され、あとは履行を待つばかりであるかのように見える。しかし合意履行までの間には、まだいくつかのハードルが残されている。

履行までのスケジュールを改めて確認しておくと、まず、国連安保理決議が核合意を承認した時から(最大)90日後というタイミングで、この合意は「発効」することになっている。そして合意の発効を受けて、イランは合意に定められた一連の行動(上記1.-(1)を参照)を、実施に移すとされている。そして既述のとおり、イランによる合意どおりの核関連活動の縮小をIAEAが検証し終えた時点において、対イラン制裁の大幅な緩和も開始される。

しかしJCPOA発効までの90日の間には、イランには非常に懐疑的な米国議会が、合意内容を審査することになっている。そして共和党の議員たちからはすでに、民主党のオバマ政権が成立させたJCPOAに対する批判的な発言が相次いでいる。

そしてもう1点注意すべきは、JCPOAが成立したのと同じ日(2015年7月14日)に、イランはIAEAとの間でも、「ロードマップ」と呼ばれる別の文書に署名した点である。IAEAとの合意は、イランの過去の核関連活動のうち、いまだIAEAが平和目的と断定できずにいる問題をめぐるものとなっており、このロードマップによれば、IAEAは2015年10月15日にはその検証を済ませ、同年12月15日には、この問題に関する「最終報告」を発表することになっている。

(2)合意履行までの山場

このように見てくると、米国議会における審議とIAEAによる検証はともに、それがスムーズに行われなかった場合には、合意の「履行」に何らかの影響が及びかねない要素のように思われる。

まず米国議会に関しては、ともに共和党が主導する上下両院がこの合意を否決することは、すでに確実視されている。しかしオバマ大統領はその場合にも、大統領権限である拒否権を行使すると明言している。米国議会は3分の2以上の得票で、大統領の拒否権をさらに拒否することが可能だが、合意反対派がそこまでの票を獲得する見通しは今のところ立っていない。しかし今後合意反対派たちは一斉に、支持獲得に向けたキャンペーンを展開するものと思われ、先行きを完全に楽観することもできないであろう。

次にIAEAに関しては、「未解決問題」にパールチーンと呼ばれる軍事施設が含まれていることが、1点懸念される。イランはこれまで軍事施設の査察には難色を示し、IAEAによるパールチーンの査察依頼は宙に浮いてしまっていた。この問題を今後どのように解決するのかも注目される。【次ページにつづく】

3.イラン核合意の行方

ここで最後にイラン核合意の行方を展望したい。合意が無事履行段階に至れるか否かに関しては、まだ不安要因は残っているとはいうものの(2.-(2)を参照)、履行が開始されるなら、今回の核合意は今日のイランに、さらなる変化を生じさせ得るものとなろう。

(1)イラン核合意と「イラン問題」

冒頭で述べたとおり、そもそも「イラン核開発問題」を「イラン問題」(イラン・イスラーム共和国という「革命体制」による地域秩序不安定化の試み)ととらえていた人々は、この問題を核不拡散の問題に限定する見方を受け入れず、「あくまでも核不拡散問題に限定して」行われた交渉の上に成立したJCPOAに対しても、非常に批判的である。

しかしそもそもオバマ政権がイランとの直接交渉、および合意に踏み切った背景には、「イランとの合意が成立しなければ、中東における新たな戦争を回避できない(そして米国はその戦争に、否応なく巻き込まれてしまいかねない)」という懸念があった。イスラエルが過去何年にもわたり、「誰もイランを止めないのなら、自らが空爆によってその核開発を阻止する」という威嚇を繰り返したことも、「イランの核保有を交渉によって阻止する」というオバマ政権の決意を、堅固なものにしたのだといえる。

また、イランとP5+1との間の信頼醸成プロセスとなっているJCPOAが成立する背景となったのは、イランとの直接交渉に従事した国々が、イランの交渉チームとの議論を通じ、「新しいイラン」に対し抱くことになった期待であった。

P5+1との交渉に臨んだイランの核交渉チームが依拠したものは、NPTという規範であり、その目指したものは、あくまでも「NPT加盟国としての権利の行使と義務の履行」であった。そしてこの交渉チームは、(ロウハーニー政権に先立つアフマディーネジャード政権下の交渉チームとは異なり)、「P5+1の懸念」にも理解を示し、核関連活動の大幅な縮小と、IAEAによる査察強化も受け入れた。その一方、軍事施設への無制限のアクセス要求に関しては、「そのような形態の査察を実施するNPT加盟国は他にない」ことを盾にして、これに抵抗したのである。

イランが「国際規範」を明確に意識した交渉を行ったのは、今回が初めてというわけではない。たとえば1980年代のイラン・イラク戦争後、イランは化学兵器禁止条約の成立に向けた積極的な取り組みを開始した。イランによる「革命の輸出」を封じ込めるという名目で1980年にイランに侵攻したイラクを、周辺諸国は次々と支持し、のみならず国際社会はイラクのイランに対する化学兵器使用にも沈黙した。これはイランにとって衝撃であり、つまり対イラク戦争の経験は、規範とは結局自らを守るものでもあることを、イランに知らしめたのである。

そして今回の核交渉におけるイランの行動と、イランが展開した一連の議論はともに、交渉当事者たちに対し、イラン・イスラーム共和国内部の「規範重視派」の存在と力とを、改めて認識させたものと思われる。そしてイランの規範重視派への期待が込められた今回の合意が着実に履行され、イランへの信頼が深まっていく場合には、――たとえばその過程で活性化すると思われる他国との経済関係の恩恵が国民に行き渡ることなどを通じ、――イラン国内の規範重視派の力が、さらに増していく可能性もあるのである。

(2)  欧州諸国の見方

イラン・イスラーム共和国の交渉姿勢の変化については、EU諸国はより敏感に感じていたものと思われる。JCPOAの署名国でもある英独仏の3カ国は、イラン核開発問題の発生当初から、イランの交渉相手となってきたからである。

イラン国内には今日も、核交渉を完全に行き詰らせてしまったアフマディーネジャード前大統領を支持していたような「強硬派」勢力が、たしかに存在し続けている。しかし核交渉をめぐるアフマディーネジャード前大統領のアプローチが行き詰った結果、国民の直接投票を通じたロウハーニー大統領誕生への道が開かれ、ロウハーニー政権は国民の期待を一身に背負い、ハーメネイー最高指導者のいう「英雄的柔軟性」を、今回の交渉で見事に発揮したのだということができる。

交渉妥結の直後から、欧州諸国の代表団が続々とイラン入りしていることは、交渉に直接参加していたこれらの国々が、まさに交渉の場において、イランの「変化」を直に感じ取っていたことと、決して無関係ではないだろう。これまでも内外の環境の変化に適応しつつ存続してきたイラン・イスラーム共和国体制の今日における変容は、かくして今回の合意成立の、欠かせない一因となったのである。そして合意履行の過程を通じ、イランを「普通の国」にしていくという願いは今日、米国およびEU、そしてイラン国内の規範重視派によって、共有されていると言えるのである。

おわりに

米国やEU諸国がイランに期待を託したまた別の理由としては、今日混乱を極めている中東情勢をあげることもできよう。イラン核合意の有無にかかわらず、2010年末以降の「アラブの春」(あるいは2003年のイラク戦争)に端を発する一連の紛争は、すでに長期化したものも数多く、もはや簡単に解決されるとは言い難い。

しかしこの合意をきっかけに、イランが徐々にでも信頼できる地域のパートナーとなっていくなら、そしてロウハーニー政権もそう主張するように、「責任ある地域の大国として、地域の安定化に建設的な役割を果たしていく」ことができるなら、それは今日の中東地域にとって、悪いニュースではないだろう。

イラン核合意の行方は、無事履行段階に移行できるか否かを含め、いまだに不明確である。しかしイランを信頼できるパートナーに変容させていこうとする今回の合意は、イラン国内の規範重視派の立場も後押しするものであるように思われ、その意味でJCPOAは、今日それを強く批判するような国々にとっても、実は歓迎すべきものであるということができよう。

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画像を見る 坂梨祥(さかなし・さち)
イラン現代政治

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究主幹。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻及び英国ダーラム大学中東イスラム研究センターで修士号を取得後、在イラン日本大使館専門調査員などを経て、現職。専門はイラン現代政治。主な論文は、「『アラブの春』への対応に見るイラン対外政策の現状」『中東地域秩序の行方―「アラブの春」と中東諸国の対外政策』(アジア経済研究所)、「権威主義体制存続のメカニズムとイラン」『中東諸国の体制変動と安定』(国際問題研究所)、「イランの原子力開発と核不拡散問題の展望」『エネルギー経済』(日本エネルギー経済研究所)ほか。

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