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山間地の集落移転――活性化でも放棄でもない「第三の選択肢」 - 林直樹

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十把一からげの「掛け声合戦」に終止符を

四散の危機に直面しているような「山間の小集落」に関する議論が活発になっている。主な課題は、高齢者の通院や買い物、高齢者の生活空間の除雪(雪国の場合)の困難さであるが、状況は個々の集落で大きく異なる。

今求められていることは、将来像に関する多種多様な選択肢を提示し、当事者による建設的な議論を加速することである。十把一からげに、「これからは農の時代、必ず再生する」と叫び続けることではない。「小集落は財政のお荷物、切り捨てるべき」などは論外である。

「過疎緩和のための集落移転」という選択肢

国全体の人口が減少すると、国の収入も減少し、国から農村地域への「手厚い支援」が不可能になる(注1)。もう一つ付け加えるなら、「無い袖は振れぬ」である。山間の小集落は、この先、桁違いに厳しい時代に突入するであろう。

(注1) 額賀信『「過疎列島」の孤独―人口が減っても地域は甦るか』時事通信社、2001

そのような厳しい時代の「山間の小集落の選択肢」の一つとして、筆者は「場所を変えて確実に守る」、すなわち、「過疎緩和のための集落移転」という方法を提示したい。

山間の小集落の全員がまとまって別の場所(ふもと、近くの小都市の辺縁部など)に引っ越すことであり、ある程度の金銭的な支援を受けることもできる。強制ではない。集落全員が納得して選択することが肝要である。ダム建設に伴う集落移転とは大きく異なることを強調しておきたい。

念のため付け加えておくが、観光の振興、六次産業化、間伐材発電の推進といった農村活性化を否定するつもりはない。集落全員が納得するなら、「穏やかな自然消滅を選ぶ」といった決断も尊重する。「全力で農村活性化に取り組むが、人口がn人以下になった場合は、集落移転を検討する」という流れも考えられる。それは用心深さの表れであり、「弱腰」と非難されるようなものではない。「守りに適した『ふもと』で再興の好機を待つ」といった壮大な戦略があってもよい。

集落移転については、跡地の「荒廃」に対する不安も考えられる。しかし、日本の国土は森林を作り出そうとする力が強いため(注2)、最悪、跡地が放棄されたとしても、長い時間をかけて森林に変化するだけである。小規模な土砂崩れが発生するかもしれないが、どれだけ悲観的に考えても、草木の生えないような荒れ地が一面に広がる可能性は極めて低い。

(注2) 沼田眞・岩瀬徹『図解 日本の植生』講談社、2002

「実際に移転した人」による集落移転の評価

すっかり影が薄くなってしまったが、集落移転の事例数自体は決して少なくない。山間地の過疎緩和型の集落移転に限定されたものではないが、「実際に移転した人」による感想をみてみよう(図1)。

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図1 集落移転についての感想(グラフ内の数字は回答数)
出典:総務省自治行政局過疎対策室『過疎地域等における集落再編成の新たな在り方に関する調査報告書(平成13年3月)』2001

「移転前の方がよかった」という回答は非常に少ない(2.3%)。細かいところでは、「買い物や外出など、日常生活が便利になった」「病院や福祉施設が近くなり、医療や福祉サービスが受けやすくなった」「自然災害や積雪などによる不安が少なくなった」といったことが高く評価されている(表1)。外部の視点から酷評する人も多いが、「実際に移転した人」による評価は非常に高い。

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表1 集落移転をしてよかった点
出典:総務省自治行政局過疎対策室『過疎地域等における集落再編成の新たなあり方に関する調査報告書(平成13年3月)』2001

山間地から平地への集落移転事例

【事例1:本之牟礼地区】

もう少し細かくみてみよう。ここでは、山間地から平地への集落移転を二つ紹介する。1989年、鹿児島県阿久根市の本之牟礼地区の7戸が役場の近くにまとまって引っ越した(3戸は市外へ個別に移転)。

2008年、筆者らは、実際に移転した人にお会いする機会を得た。「今振り返ってみると若かったから(もとの地区で)がんばることができたのであり、連れてきてもらってよかった」「以前からの仲間がいるから心強い」といった意見が強く印象に残っている。

ここでは、ご近所どうしの地縁がある程度維持されていることを強調しておきたい。成り行き任せのばらばらの転出とは全く異なる。

【事例2:太平寺集落】

1964年、滋賀県坂田郡伊吹村(現・米原市)の太平寺集落が、心のよりどころである「円空の観音像」とともに、ふもとの春照(すいじょう)にまとまって引っ越した。2014年、筆者らは移転先(写真1)と跡地に向かった。

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写真1 移転先の団地:これには写っていないが家庭菜園もある

ここでも、移転後の暮らしは高く評価されていたが、それだけではない。移転後、戸数が16から33に増加したという。「場所こそ異なるが、集落は力強く生き残っている」という印象を受けた。

写真2は跡地の様子である。かなりの部分が「やぶ」に覆われていたが、もとの状態に戻すことも不可能ではない。なお、太平寺集落の場合ではないが、跡地の耕地がそのまま使用されていることもある。

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写真2 跡地の様子

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