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「救える命を救おうとした人が脅され、葛藤を抱える」 安全保障の闇

1994年、ルワンダで大規模な虐殺が行われた。フツ族によってツチ族が殺されたのだ。ツチ族に所属する人間であるというだけの理由で、フツ族はツチ族を殺戮した。紛れもなく一民族の消滅を企図したジェノサイドであった。
 この余りに悲しいルワンダ虐殺の後、日本の自衛隊がPKO活動の一環(「人道的な国際救援活動への協力業務)として、ルワンダの隣国であるザイール共和国のゴマ地区に派遣された。当時、ザイールには虐殺で荒廃したルワンダから難民が押し寄せてきていた。難民キャンプにおける難民たちの生活状況を改善するのが自衛隊の任務だった。
 
PKO五原則は次のように定められている。

1)紛争当事者の間で停戦合意が成立していること
2)当該平和維持隊が活動する地域の属する国を含む紛争当事者が当該平和維持隊の活動及び当該平和維持隊へのわが国の参加に同意していること。
3)当該平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
4)上記の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は、撤収することが出来ること。
5)武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること。

 後に改正されることになるが、この時機、5番目の自衛隊の武器使用に関する規制は非常に厳しく、自己自身を正当防衛で守ることしか認められていなかった。要するに、自分のそばに自衛隊員ではない国連職員やNGO職員がいた際、自衛隊自身が狙われていたら、相手を攻撃できるが、隣の職員が狙われた際には、この人々を守ることが出来ないという制限が課されていたのだ。
 この五原則を読むと、停戦合意が出来ていて、自衛隊の受け入れを紛争当事者が受け入れている場合にのみ、派遣が可能な法律となっている。しかし、停戦合意が出来ているとはいうものの、当然のことながら、渋谷やロンドンといった平和な街とは異なる。つい先日まで、殺害事件が頻繁に起こっていた場所なのだ。実際に、ルワンダに自衛隊を派遣する直前にも、難民の殺害事件等、治安の悪化が報じられていた。
 
 このときルワンダ難民救援隊を部隊指揮官として率いたのが神本光伸氏である。福本氏は任務終了後に『ルワンダ難民救援隊 ザイール・ゴマの80日』(内外出版)という手記をまとめている。本書を読むと、実際にPKO活動に従事していた自衛隊の方々の仕事の烈しさ、そして、それがどれほど難民の方々を応援することになったかが、伝わってくる。以前、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏とテレビ番組でご一緒させて頂いた際、鳥越氏が「PKOは無意味だ。自己満足だ。」と述べ、私は唖然として、「それは自衛隊の皆さんに失礼ですよ」とたしなめたことがあったが、やはり、あまりに反自衛隊思想に凝り固まっているように思われてならない。
 
 ちなみに現在、集団的自衛権の一部を行使容認することに対して、激しく反対している面々は、PKO活動に関しても極めて否定的だった人が殆どだろう。今になって、「自衛隊員が戦闘に巻き込まれる可能性がある」「自衛隊員の命を守れ」などと述べているが、彼らは、この当時、何を主張していたのか。
彼らは、自衛隊員の携行可能な銃は何丁までかという、実に下らない議論に終始していたのだ。
 
 この結果、自衛隊員の武器使用は、自己自身を守る正当防衛のためにしか認められていなかった。部隊員を守ることも出来ないし、自分たちの部隊の中に入ってきて働いてくれている国連職員やNGO職員も守ることが出来ない。まるでこうした人々の存在を無視するか、あるいは見殺しにしても構わないかのような議論が為されていた。
 しかし、現場に赴けば、自己の管理下にある人間が、攻撃されそうな際に、見殺しにしても構わないというのは、どう考えてみても異常なので、「自己の管理の下に入った者」を武器使用による防護の対象と拡大する法改正が行われた。また、自衛隊自身を狙うのではなく、武器を奪おうとする人々が存在した場合、「正当防衛」にはあたらないという問題点が生じたために、武器等の防護も認められた。
 
 神本氏がザイールに派遣されたのは、こうした法改正が行われる前だ。極めて制限の多い中、あの狂気のジェノサイドが勃発したルワンダの隣国に赴いたのだ。 
 任務内容は多岐に渡っている。
 医療、防疫、給水、そしてその他のさまざまな活動だ。墓場を掘るのを手伝ったり、穴に落ちた難民を救出したり、文字通り「激務」としか呼びようのない任務だ。
 この神本氏の手記の中で、最も衝撃的な場面は、日本のNGOが襲撃された場面だ。
 10月下旬、難民キャンプ内の治安が悪化した。殺人事件等が続発したのだ。旧政府軍がキャンプの治安悪化を狙っているとの見方が広まった。
 そんなある日、突然報告が神本氏に入る。
「隊長!キブンバでAMDA(引用者注・医療関係のNGO)の車両が強奪されたそうです。人員は無事らしいのですが、動けなくなっているということです」
「どこから入った情報か」
「キブンバに行っている防疫班からの情報です」

神本氏は幕僚を呼び、次のように指示を出した。

「急いでできるだけ多くの隊員をつれてキブンバキャンプに行き、AMDAの一行を救出してもらいたい。小銃、鉄帽、防弾チョッキを忘れるな。必要があれば少々脅すくらいの心構えでやれ」

同胞が襲われているのであるから、これを救出するのは当然だとの判断だった。
 だが、この指示を神本氏は悔やむことになる。
 この事件以降、新聞記者が次々と取材を申し込んできたのだ。
「隊長、今回の行動はAMDAの警護のためなんですか?」
「邦人の救出は業務実施計画に入ってないんじゃありませんか?」

要するに、その当時「集団的自衛権の行使」として位置づけられ、法的に認められないとされている「駆けつけ警護」に当たるのではないかというのが質問の趣旨だ。
 神本氏はこうした質問を受けた際の苦しい心の内を明かしている。

「日本人の救出を命じたのは間違いだったのか。業務実施計画を守って日本人の救出に行かないことが本当に正しいことなのか。人助けという正しいこと、しかも日本人の救出に向かわせて何で責められなければならないのか。自問自答が続いた」

 結局、今回の救出は、「救出」ではなく、「輸送業務」の一環であったというふうに言いつくろい、何とか窮地を脱することが出来た。
 神本氏は次のように振り返っている。

「夕暮れが近づくころには、やはりまずかった、やりすぎたのかも知れない、と心が滅入っていった。そして、自衛官人生が終焉を迎えつつあるような気分になっていた」

私がこの手記を読んだ際、激しい怒りを覚えた。何故、同胞の生命を救おうと助けに向かうことが禁じられねばならないのか。なるほど、確かにNGOの方々は、危険を承知で任務についているのかもしれない。しかし、救える命がある際に、救おうとしないのは人道上の観点から問題があるのではないか。
 今回、民主党は、自民党案に対して、対案を出すのかで党内が揉めているという。

有田芳生氏は「対案路線は自民党の土俵に乗る恐れがあります」と主張しているという。
また、この人々の根拠となっているのが、『朝日新聞』で憲法学者の長谷部泰男氏と対談した政治学者の杉田敦氏の「そもそも野党は『違憲だ』と言うだけで十分責任を果たしています」という言葉だという。

神本氏のように、救える命を救おうとして葛藤してしまうような悲しい現実。これをみつめようとしない机上の空論に終始する学者、政治家が多すぎる。

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