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日本のフェス文化は、第1回フジロックの「失敗」のおかげで成り立っている

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昨日から取材で新潟に来ている。

越後湯沢駅を降りたら、フジロック関連のポスターがいっぱいだった。そう、フジロックの、夏フェスの季節がやってきたのだ。今日は前夜祭だ。金曜日~日曜日に本編が開催される。豪華かどうかでいうと、もちろん豪華なのだけど、でも、実に多様なアーチストが、様々なステージで、スタイルで演奏する。大自然の中で2泊3日する勇気がなく、10年くらいお邪魔できていないのだが。

それにしても、このイベントが20年近く続くとは思っていなかった。というのも、第1回目がめちゃくちゃで、もう開催は無理くらいに思っていたからだ。しかし、変な言い方ではあるが、第1回目が「失敗してくれた」おかげで、日本の野外フェス文化は形成されてきたのではないか。そんな見方もできるのではないか、と思ったのだった。

第1回フジロックが失敗だったかどうかで言うと、これもより丁寧に語らないといけない。チケットはかなり売れていたと思う。だから、2日間開催されていたら、商業的にはそれなりに成功していただろう。もちろん、スポンサーなどは今ほどついていなかったと記憶しているが。

しかし、運営上は「失敗」と言っていいだろう。台風直撃という「天災」もあったわけだが、仕切りがめちゃくちゃだったのだ。また、2つのステージだけでの運営、アーチストのラインナップにも問題があったと思う。

少しだけ昔話をしよう。

・・・この「オレは第1回フジロックに行った」話って、若き老害芸そのものだな。いまや、この年に生まれた人が大学生になっていたりするのに。

1997年のあの日、私は大学時代の友人男子と新宿駅のホームに立っていた。フジロックに行くためだ。ちなみに、フェスに関しては今は「参戦」という言葉を「参加する観客」が使うし、アーチストが出演することも時に「参戦」と呼んだりするが、当時はまだこの言葉はなかったと思う。ただ、第1回目があまりに壮絶で「参戦」という言葉が似合う感じになっていったような。

たしか、特急ではなく、普通の在来線で河口湖に向かったと記憶している。JR→富士急で予想より早く河口湖駅へ。

しかし、ここで我々は2時間待つことになる。ほとんど男性だったと記憶している。駅前はフジロックの客ですさまじい人になっていた。ただ、待てど暮らせど送迎バスが来ない。2時間待ってもこない。次第に、並ぶ列で喧嘩などが起こったりしているし、「来ねえのかよ」みたいな文句の声も。まるで、ワンオペでなかなか料理が出てこなかった頃のすき家みたいな感じだ(実際、そういう場にいたことがある、私)。

「歩くか・・・」

そう言って、私たちは会場のスキー場まで歩きはじめた。他にも歩いていた人がいた。後からバスが私達を抜いていったが、待った方がよかったのか、歩いた方がよかったのか、それは分からない。ただ、待っていても仕方がないなと思ったのも事実だ。15キロ歩いた。普通に国道だったのだが、途中からスキー場に向かう山道になり辛くなった。

私たちが到着した頃は、ちょうどTHE HIGH-LOWSの演奏が終わった頃だった。ゲレンデに作られたステージ。会場は男だらけだったという印象だ。雨が激しく降っていたような。そして、前の方は泥だらけだった。

ちょうどFOO FIGHTERSのライブが始まったころだった。台風直撃、大雨の中、実にアグレッシブな演奏で、会場はモッシュ、ダイブで盛り上がっていた。もうとっくに売れていたが、とはいえ、このバンドがここまで活動が続き、かつ、アリーナクラスのバンドになろうとはその頃は思わなかった。

その後のRAGE AGAINST THE MACHINEのライブは、彼らの歴代来日公演の中でも伝説になっているものだった。はっきり言って、ステージは見えない。雨と客の水蒸気で。しかし、彼らの斬りつけるような音がステージから降ってくる感じで客も大暴れだった。

今までもメタルのライブなどで一同、拳を振り上げたり、首を振っているライブには行ったことがあったが、ここまで熱狂的なライブはみたことがなかった。泥まみれになりながら、Tシャツ、短パンでもッシュ、ダイブを繰り返すファンたち、そしてひたすら攻撃的な演奏を繰り返すバンドに度肝を抜かれた。

台風直撃ということもあるが、山の中なので、夏でも寒かった。防寒対策でトレーナーを持ってきたのだが、寒かったことを覚えている。また、傘をさしながら見ていたのだが、「傘をさすなら後ろの方で」と注意された。今では当たり前のマナーなのだが。前の方で暴れたわけでもないのに、私のスニーカーはビチョビチョだった。帰宅してから洗うのに苦労したことを覚えている。いや、これでダメになって捨てたような。

何が言いたいかというと、私たちも夏フェスと、自然をなめていたのだ。普通の日比谷野外音楽堂のライブに行くくらいの恰好で来ていた人も散見されたし、私たちもそれに毛が生えたような感じだった。

そして、最後まで見たら、帰れないということ、体力的にも厳しいことに気づき、私たちは会場を後にした。行きの混み具合がウソだったかのように楽勝でバスに乗れた(ライブが終わった後は大変だったそうだし、いろいろあったらしいが)。帰りの電車でも、そして翌日も死んだように寝た。そう、死んだように寝たという言葉があるが、本当に死ぬほど寝たのだった。やれやれだぜ。

ちなみに、トリのレッチリの前がイエモンだったのも懐かしい・・・。なんだ、このセレクション。当時はステージは2つしかなく、しかもゴチャまぜで総花的だった。もちろん、なかなかレアなアーチストもいたが。もちろん最近もフェスがオールジャンル化していたりするのだが。ただ、これはこの2ステージ体制では良いとは言えなくて。これもやってみて気づいたのだと思うが、ステージが2つで総花だと客が集中するし、疲れるのだ。フェスはある意味、力を抜かないといけない部分もあるし、分散も必要なのだ。あえて集客力のないアーチストを投入して、新しい才能を発掘するというのも大事なことだし。

思うに、運営側も客もなめていたのだと思う。うん。明らかに仕切りが悪かったし、客もまだロックフェスとは何か、自然とは何かをわかっていなかった。

この「失敗」「模索」があったからこそ、フジロックが定着し、クリーンなフェスになったのだろう。

・・・ちなみに、翌年の豊洲も大変だったけどな。

仕切りも改善されたし、客も「ガチでアウトドアするのか」くらいの恰好で来るようになったし。

また、がっついて全てのアーチストを見ようという感じではなく、ゆるくその場を楽しむという空気もできていったし。

日本のフェス文化はこういう「失敗」のもとに成り立っているのだ。

というわけで夏がきた。今年も楽しく歌い、踊ろう。私はANTHEMのフェスと、ソニックマニアとサマソニの2日目に行く予定。楽しみつくすぜ。

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