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あの時は? (2)カンフルで復活した1995年後半、、、2011年も!?

1995年の相場は夏を境に大いに盛り返した。
震災をバネに日本は大復活すると意気込まれた。

当時の様子は、チャートを含めて
3月13日:阪神大震災の後のことを思い出して・・・・ +東京電力
3月29日:オイテケボリ : 阪神淡路大震災の時は?

に書いていますにでご覧ください。


夏を境に、金融緩和+円安という組み合わせが生まれたことに反応し、96年6月まで上昇商場が続いた。
安値:95年7月3日:14485.41
高値:96年6月26日:22666.80
上昇率:+56.48%

当時は、これで90年初からの長期弱気相場は終わった、新ブル相場が始まった、という証券のレポートが舞い上がった、、、そんな雰囲気だった。
90年以降、構造論で弱気をぶっていた論者はメタメタになった。

1.割高なPER、
2.構造的な企業の水ぶくれ体質、
3.政府規制が無ければ競争力がない
4.新規参入企業を生かさない、認めない、業界談合、官公庁の根拠なき規制

などは、問題にならない、日本は特殊な存在であり、世界標準など採用する必要はないと主張する「旧主派」は勝利宣言した感があった。

私の記憶では、
旧主派は、循環要因 > 構造要因 と判断し、
弱気論者は、構造要因 > 循環要因 と判断していた

リンク先を見る

しかし、問題は解決しておらず、96年夏以降は山一証券自主廃業をハイライトとする金融危機に向かってジリ安へと向かった。
2011年だが、6月以降に金融緩和+円安という組み合わせが生まれるだろうか?
これが最大の相場の上下を決める要因であることは、当時も今も変わらないと思う。

為替予想は、まさに百家争鳴状態だ。
1ドル=1000円もという円安派
1ドル=50円という円高派

為替は予測困難なのであまり決めつけない柔軟&手の平をいつでも返せる態度で過ごそうと思

なお、1995年にあって、2011年に無いもの
PKO(Price Keeping Operationと揶揄された )
いわゆる当局の意向を酌んだ(公的年金と言われる)株の買い出動
これが株価を急落させずにジワジワと長期間にわたって下げるトレンドを作った可能性がある。

当時買った株は現在では含み損だ。
年金資金が買ってくれたので、売り抜けられた人も多いハズ

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