記事
- 2011年03月13日 17:13
阪神大震災の後のことを思い出して・・・・ +東京電力
1/2
<< 2011年の私 >>
地震で会社に一泊した翌朝、帰時時にスーパーで最低限の食料を買った。
10時前だが、帰宅途上の人が同じような思いで「災害対策ぽい」買い物をしている。
帰宅後、家のまわりの点検など雑務をこなして、その夜は爆睡した。
前夜は4時までは起きていた。緊張感があたので睡魔が襲ってこなかったのだと思う。結局あの日は一時間ほどの睡眠だった。
本日(日曜)、スーパーはごった返している。豆腐を業者が製造できなかったようで、陳列ケースに豆腐がゼロ。パック・サラダ(=カット野菜の詰め合わせ)もない。昨日野菜をカットする担当者が早々に帰宅したので商品を準備できなかったのだろう。
ホームセンターも災害対策の買い出しで込み合っていた。乾パンは最初に売り切れたようだ。
<< 1995年の阪神大震災後 >>
阪神大震災(1月17日)の後、国内は節約志向&非外出志向が高まった。
スーツの価格が急速に低下した。中国製品の輸入が加速し始めたタイミングと一致したことも背景にあった。デパートでも9800円スーツなどが並んだ。
そして日本はデフレになった。
リンク先を見る
日経平均とアメリカ株(SP500)の当時の状況は下のようなもの
日本株の下落は阪神大震災が原因である部分は当初数日間に限定され、その後は円高加速による部分が多かったと記憶している。
海外は好景気に突入していった。
前年に発売されたWindows95を起爆剤として、インターネットの時代、ITバブルへ向かうハイテク景気が離陸した。アメリカはクリントン政権下、裁量の形の好景気を謳歌し始めた。95年春まで続いたドル安効果も米国景気を後押しいた。
リンク先を見る
なお、建設株の急騰は3日程度だったように思ったが、1月一杯は上がっていた。
3日の急騰で終わったのは地場の業者だったかもしれない。
リンク先を見る
地震で会社に一泊した翌朝、帰時時にスーパーで最低限の食料を買った。
10時前だが、帰宅途上の人が同じような思いで「災害対策ぽい」買い物をしている。
帰宅後、家のまわりの点検など雑務をこなして、その夜は爆睡した。
前夜は4時までは起きていた。緊張感があたので睡魔が襲ってこなかったのだと思う。結局あの日は一時間ほどの睡眠だった。
本日(日曜)、スーパーはごった返している。豆腐を業者が製造できなかったようで、陳列ケースに豆腐がゼロ。パック・サラダ(=カット野菜の詰め合わせ)もない。昨日野菜をカットする担当者が早々に帰宅したので商品を準備できなかったのだろう。
ホームセンターも災害対策の買い出しで込み合っていた。乾パンは最初に売り切れたようだ。
<< 1995年の阪神大震災後 >>
阪神大震災(1月17日)の後、国内は節約志向&非外出志向が高まった。
スーツの価格が急速に低下した。中国製品の輸入が加速し始めたタイミングと一致したことも背景にあった。デパートでも9800円スーツなどが並んだ。
そして日本はデフレになった。
リンク先を見る
日経平均とアメリカ株(SP500)の当時の状況は下のようなもの
日本株の下落は阪神大震災が原因である部分は当初数日間に限定され、その後は円高加速による部分が多かったと記憶している。
海外は好景気に突入していった。
前年に発売されたWindows95を起爆剤として、インターネットの時代、ITバブルへ向かうハイテク景気が離陸した。アメリカはクリントン政権下、裁量の形の好景気を謳歌し始めた。95年春まで続いたドル安効果も米国景気を後押しいた。
リンク先を見る
なお、建設株の急騰は3日程度だったように思ったが、1月一杯は上がっていた。
3日の急騰で終わったのは地場の業者だったかもしれない。
リンク先を見る



