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安倍談話に「侵略」、「お詫び」の文言を挿入せよと主張する共同声明について

国際法学、歴史学、国際政治学者74名が、戦後70年の節目に発表される予定の「安倍談話」について、共同声明を発表した。近頃、憲法学者ばかりが注目されていたが、今度は自分たちの出番だ!ということだろうか。

私は学者が声明を出すこと自体は悪いことではない。現実に対する呼びかけなのだから、それは結構なことだと思う。しかし、発表するならば、個人ですればいい。「共同声明」と銘打って、これが学者の最低限の共通認識であり、この共通認識を共有できない人間は許さないと言わんばかりの態度が嫌いなのだ。徒党を組んで、数に物を言わせて、批判者の口を封じようとする連中が、与党が民主主義のルールに則って採決をした際には、「強行採決だ!」、「民主主義を冒涜している!」と声を荒げるのだから、まことに滑稽である。

全文に目を通してみたが、要するに一言でいえば、「村山談話」で示された「侵略」や「植民地支配」への「痛切な反省」、「心からのお詫び」といった文言を入れよ!ということに尽きている。その他の言葉は、これらの主張を補強するための道具に過ぎない。

幾つか気になる点があったので、引用してみよう。

「私共は下記の点において考えを同じくするものであり、それを日本国民の皆様と国政を司る方々に伝え、また関係する諸外国の方々にも知って頂くことは、専門家の社会的責任であると考えるに至りました」

典型的な恫喝だろう。以下に示した見解は「専門家」が「社会的責任」を果たすべく発表しているものなのだから、国民も政治家も、これくらいのことは認識しておく必要があり、我々の「共通認識」を否定する人間は、非知性的な「ならず者」であるというレッテル貼りのための布石だ。

「戦後の復興と繁栄をもたらした日本国民の一貫した努力は、台湾、朝鮮の植民地化に加えて、1931-45年の戦争が大きな誤りであり、この戦争によって三百万人以上の日本国民とそれに数倍する中国その他の諸外国民の犠牲を出したことへの痛切な反省に基づき、そうした過ちを二度と犯さないという決意に基づくものでありました。」

これは寡聞にして耳にしたことのない主張だ。戦後復興への努力が「中国その他の諸外国民の犠牲を出したことへの痛切な反省に基づき、そうした過ちを二度と犯さないという決意に基づく」ものだったとは知らなかった。少なくとも、そういう主張をしている方々とお会いしたことがない。私が聞いたのは、生き残ったことに対する「疾しさ」だ。自分と同じ年齢の若い人々が、大切な生命を亡くした。本当に自分だけが生き残ってしまっていいのか・・・そういう方々の「疾しさ」は、勿論、本人に責任があるわけではない。しかし、彼らの中には、痛切な「疾しさ」が残っていた。その「疾しさ」こそが、戦後復興の原動力であった。巨万の富を築いた方が、慰霊の旅を欠かさなかった話や、靖国神社に参拝し続けているという話を何度もうかがった。

「言葉の問題を含めて、「村山談話」や「小泉談話」を「安倍談話」がいかに継承するかは、これまでの総理自身の言動も原因となって、内外で広く論ぜられ、政治争点化しております。このことは、国内もさることながら、中国、韓国、米国などを含む、日本と密接な関係をもつ国々で広く観察される現象です。こうした状況の下では「安倍談話」において「村山談話」や「小泉談話」を構成する重要な言葉が採用されなかった場合、その点にもっぱら国際的な注目が集まり、総理の談話それ自体が否定的な評価を受ける可能性が高いだけでなく、これまで首相や官房長官が談話を通じて強調してきた過去への反省についてまで関係諸国に誤解と不信が生まれるのではないかと危惧いたします。」

日本と密接な関係をもつ国々の代表が「中国、韓国、米国」という順番なのだから、彼らがどこを意識しているのかが明らかだろう。それにしても興味深いのが、「「村山談話」や「小泉談話」を構成する重要な言葉が採用されなかった場合、その点にもっぱら国際的な注目が集まり、総理の談話それ自体が否定的な評価を受ける可能性が高いだけでなく、これまで首相や官房長官が談話を通じて強調してきた過去への反省についてまで関係諸国に誤解と不信が生まれるのではないかと危惧」しているという指摘だ。仮に安倍談話で「村山談話」にあったような文言、要するに「侵略」や「お詫び」が存在しなかった場合、大騒ぎするのはこの声明を出している面々なのに、まるで自分たちとは関わり合いのない第三者が大騒ぎするから止めておいた方がいいよ、といった具合に老婆心を装っているところが、嫌らしい。こういうのを世間では、マッチ・ポンプというのだ。

「日本が侵略されたわけではなく、日本が中国や東南アジア、真珠湾を攻撃し、三百万余の国民を犠牲とし、その数倍に及ぶ諸国の国民を死に至らしめた戦争がこの上ない過誤であったことは、残念ながら否定しようがありません。そしてまた、日本が台湾や朝鮮を植民地として統治したことは、紛れもない事実です。歴史においてどの国も過ちを犯すものであり、日本もまたこの時期過ちを犯したことは潔く認めるべきであります。そうした潔さこそ、国際社会において日本が道義的に評価され、わたしたち日本国民がむしろ誇りとすべき態度であると考えます。」

つくづく疑問に思うのは、何故、日本が戦争をしたのかを一切問うことなく、とにかく侵略であったと断定する態度だ。帝国主義時代、植民地支配は強国の当然の権利と考えられており、ヨーロッパでは人種的に優れた「白人の責務」だなどとすら考えられていた。世界中の各国が、痛切なお詫びをしているのならば結構だが、日本だけが、特殊な侵略主義国家であったと認めるような馬鹿な真似はしない方が賢明だろう。日本はナチスとは異なる。いわば、一般的な帝国主義国家であった。強者が帝国主義国家となり、弱者が植民地となった時代に、日本は強者となった。それは事実だ。だが、日本が弱者であったならば、それは植民地になるだけではなかったか?他にどのような選択があったというのだろう?

「現在と将来の日本国民が世界のどこでもそして誰に対しても胸を張って「これが日本の総理大臣の談話である」と引用することができる、そうした談話を発して下さることを願ってやみません。」

誰もが共通の歴史認識を持つべきだと考えるその姿勢が嫌いだ。各人の自由でいいではないか。少なくとも、あなた方がそういう考えを持つことを否定するつもりは毛頭ないから、少なくとも、こちらにも解釈の自由を残しておいてほしい。

こうした声明をみて思うのは、総理大臣が歴史認識を談話として発表すること自体への違和感だ。どんな歴史認識を抱いていようが、それはその人個人の認識であって、日本国民の共通の認識ではない。日本国民すべてが、共通の歴史認識を持つべきだという発想そのものが、全体主義的で、自由を侵害する発想だと言わざるを得ない。それぞれの自由に委ねるのが賢明な態度だと思う。

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