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日本を「戦争する国」にする必要はあるか

評論家 山本一郎=答える人

政権支持率を下げた「安保法案」の大混乱

安倍政権の支持率が下落しています。読売新聞が7月3日から5日にかけて行った世論調査では、支持率は前回より4%低い49%となり、50%を半年ぶりに下回りました。NHKの調査でも支持率は前月より3%低い48%となっており、その他の調査でも軒並み低下しています。6月は日経平均株価が2万700円を15年2カ月ぶりに超えるなど、経済分野では「アベノミクス」が結実しつつあるようにも見えていたため、政府関係者は驚いたようです。

この支持率下落は、間違いなく、一連の安全保障関連法案の議論によって、国民の不安や不信がかきたてられたことが原因でしょう。今回の安全保障関連法案の改正議論は、当初から難航が囁かれていました。

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安倍内閣の支持率の推移

安全保障が、国民の理解を得るのが難しい分野であることは世界共通で、日本も例外ではありません。中国の海洋進出が続き、緊張が激化している南シナ海への日本のコミットを深めることは、アメリカ、ロシアなどへの対外公約にも一部盛り込まれています。ASEAN諸国も視野に入れたシーレーン(海上交通路)の防衛は、中東からのエネルギー調達が生命線となっている日本の安全保障政策における重要なピースです。

ところが読売新聞の6月の世論調査では日本国民の80%が「安保法制について政府・与党が十分に説明していない」と回答しています。このため問題の重要さとは裏腹に、足踏みが続いています。

また自衛隊の合憲解釈の強行も、足を引っ張っています。6月4日に行われた衆議院憲法審査会の参考人質疑では、3人の憲法学者が意見を述べましたが、野党側だけでなく、与党側の参考人も「安保法案は違憲」と発言し、物議を醸しました。さらに同日の記者会見では、政権の要石であるはずの菅義偉官房長官が「まったく違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と述べ、引っ込みがつかなくなっています。

日本国憲法の9条2項には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」とあります。しかし、我が国には陸海空の自衛隊が存在します。一見、これは憲法に違反して戦力を保有しているように感じられます。

一方、主権国家において「自衛権」は固有の権利(自然権)として認められるものであり、国連憲章も加盟国は個別的または集団的自衛権をもつと明記しています(※1)。このため日本は国際法上、集団的自衛権が認められていると考えられています。そのうえで、自衛隊は「警察予備隊」として発足したもので、国土に警察力では対応できない脅威があったときに備えるものであって、交戦権も軍法裁判(軍法会議)もないため自衛隊は軍備ではない、だから合憲なのだ、というロジックなのであります。

今回、なぜこれを踏み越えて違憲判断が憲法学者から殺到しているのかといえば、文字通り憲法にそう書いてあるのだから当然のことです。これまでは、解釈のつぎはぎで、問題に対処してきました。ただ、中国の海洋進出が本格化し、具体的な緊張が尖閣諸島だけでなく南沙諸島で発生し、日本のシーレーンが脅かされたとき、現実にどうするのかという問題が浮上しています。

中国関連の「有事」に誰が責任を取るのか

日本、ASEAN、そしてアメリカという枠組みと中国との対立が激化した場合に、憲法問題という内輪の議論を理由に、日本だけがこの枠組みから外れることは困難です。東シナ海の平和によるシーレーン確保の最大の受益者の一人は日本であり、国内事情を理由にコミットしないことは日本の安全を他国の平和安定努力に委ねることに他なりません。

一連の議論が「説明不足だ」と受け止められる背景には、この問題の分かりにくさ、ややこしさがあります。なにしろ法律だけでも、自衛隊法、国際平和協力法、周辺事態安全確保法、国家安全保障会議設置法など、大小20本以上の法改正が行われるのです(※2)

そして、なぜ法改正をするのかといえば、問題の「切れ目」を無くす必要があるからです。尖閣諸島や朝鮮半島、あるいは東シナ海で「有事」が発生したとき、その影響範囲が日本だけに対して行われたものか、集団的自衛権に抵触するような第三者に対する攻撃なのかの「事態認定」から始まって、物事が始まりそうだという「グレーゾーン事態」から、具体的にドンパチが始まっている「存立危機事態」や「重要影響事態」といったものまで、ちゃんと法律で規定し、官邸や国会、各省庁までもが“シームレスに”対応できるようにするのが狙いです。

しかも、これらの問題には日本特有の「一体化」が混乱に拍車をかけています。例えば、あってはならないことですが中国国内で混乱が起き、日本人が多数捕らえられた場合、「駆けつけ警護」をするには、いまのPKO法では不十分です。相手国の主権を守るため中国政府の承認を得たうえで、中国人民解放軍と自衛隊が肩を並べて対応することになります。これは集団的自衛権の枠内です。

2013年にアルジェリアで発生したプラント占拠事件では、日本企業の日揮などの社員が拘束され、日本人10人を含む38人が亡くなりました。このとき無為無策だった日本政府は批難の的となりました。また今年1月、「イスラム国」(ISIL)が日本人2人を殺害した事件でも、自衛隊投入による救出は見送られています。

現在の法制下では、戦闘行為にはあたらない補給や医療支援、井戸掘削などであっても、海外で戦闘行動をしている外国の軍隊には一切提供できない仕組みになっています。これは1980年代からずっと日本固有の問題として議論されているものです。近年ではここにサイバー攻撃や宇宙空間への対処も入ってきて、もはや「戦闘地域」と「非戦闘地域」を区分けするどころの騒ぎではないというのが実情です。

とりわけ被害が増えているサイバー攻撃では、政府を麻痺させて組織的抵抗力を奪うだけでなく、銀行決済の混乱や電力供給の停止など、国民の生活そのものに打撃を与える恐れがあると指摘されています。かつては隣国のミサイル攻撃に対する「抑止力」として迎撃用パトリオットミサイルの実効性の有無が議論されましたが、いまや真の脅威は戦場なき戦争、すなわちサイバー攻撃こそが「そこにある危機」なのです。

日本人の生命や財産を守るべき不測の事態に自衛隊を投入できないことは、日本人として慙愧の念を抱かざるを得ません。憲法は守るのに日本人を守らないのでは本末転倒であります。今後、どうやって日本と日本人を守るのか。王道である憲法改正も含めて、つぎはぎではない体制について議論が求められます。

もちろん、安保法制への懸念として「日本を戦争する国にしてはならない」「平和を愛する国であり続けたい」という気持ちをもつことはわかります。私も息子たちを戦争に送るようなことは絶対にしたくありませんし、日本の同胞が再び悲惨な戦争の犠牲になることは許せません。その一方で、迫りつつある中国からのサイバー攻撃や東シナ海での緊張に、日本は何ができるのか。悲劇を繰り返さないためには、アジアの安全をどう構築すべきなのか。さらには世界の平和に対してどんな役割を担うことができるのか。今回の安全保障関連法案の問題を契機に、政府はよく内容を説明し、世論を喚起したうえで、国として責任ある対応をとる必要があるでしょう。

※1:「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」(国連憲章51条)
※2:内閣官房は「平和安全法制等の整備について」という特設ページで詳細を説明している。 http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/housei_seibi.html

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