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トランス脂肪酸を撲滅しても心筋梗塞は減らない 米国トランス脂肪酸騒動の裏側(中篇) - 村中璃子  

村中璃子 (医師・ジャーナリスト)

名門ハーバードのデータも意外に大雑把?

 「身体に悪い」という数々のエビデンスが出ているとされるトランス脂肪酸ですが、実際の研究報告を詳しく見ていくと、少々、驚くことがあります。それは、根拠となるすべての疫学調査において、トランス脂肪酸摂取量が自己申告に基づいていることです。「トランス脂肪酸は危険である」という議論は、1990年頃、アメリカの名門ハーバード大学が8万人以上を対象とした大規模調査の結果を発表したあたりからヒートアップしてきましたが 、この研究での使用データも自己申告によるものでした。

 そういえば、私も人間ドックを受けた際、具体的な献立を週平均で何回とるのかといった非常に細かい問診票をもらって面倒に思い、とんかつ5回、ラーメン5回、ピザ10回などと適当な回答をし、問診担当のナースに「とんかつ5回ねぇ…」と、睨まれたことがあります。もちろん、被験者の全員が私のように不真面目な回答をするわけでもないし、自己申告に基づいたデータであっても疫学調査としてある程度の意味は持ちます。しかし、血中濃度などの「測定によるデータ」と比較すれば、アンケートによるデータの信頼性が低いのは否めません。

 「トランス脂肪酸を多く摂取した」とされる人々は、現実の世界では、単にトランス脂肪酸が多く含まれるファストフードや菓子類を多く摂取している人。その人たちに心筋梗塞のリスクが高いからと言って、体に悪かったのは、本当にトランス脂肪酸なのか、それらの食品に共通して含まれている別の成分なのか、まったく別の体に良い食べ物を食べていなかったからなのかは、はっきりしません。

 トランス脂肪酸単体での影響を知ろうとすれば、トランス脂肪酸以外の条件をそろえたうえで、心疾患の発症率を比較する必要がありますが、当然、そういった研究を人間で行ったものはありません。

FDAは今回の決定に先立ち、「トランス脂肪酸を全廃すれば、年間約4000から6万例の心筋梗塞と、約1600から23000の心疾患関連死を予防することが出来る」との試算を出しました。しかし、この予測も、ざっくりとしたデータに基づいて設定した摂取基準値と、ざっくりと自己申告された食べた物のデータをもとに予測した結論を総合してはじき出した、「ざっくり×ざっくり」のラフな試算。予測値の幅が一けた以上違うことも頷けます。

 ところで、ここに日本発の面白い報告があります。 東京大学のグループが昨年、JAMAという一流医学雑誌に発表した論文によれば、アメリカで「スタチン」という、悪玉コレステロールを下げる薬を飲んでいた人の1日当たりのカロリー摂取量は12年間で約190kcal、脂質摂取量も1 日あたり約10g 増加しているというものです。スタチンは世界でも日本でも最もよく飲まれている、非常によく効く薬です。飲んでいれば悪玉コレステロールが上がりにくいため、肝心の食生活には無頓着になり、逆に不摂生になってしまったのでしょう。スタチンを飲んでいなかった人の脂肪摂取量は増加していませんでした。

 FDAによれば、2003年には3.3グラムあったアメリカ人の平均的な1日のトランス脂肪酸摂取量は、2012年にはなんと1グラムにまで落ちています。これはすでに国際的に定められた安全な摂取基準値の範囲内です。今回の決定は、この基準値を超えて摂取している食生活に偏りのある人に焦点を置いての判断ですが、今後、こういった人たち、「加工食品にトランス脂肪酸は入っていないから安心」とばかりに、ファストフードもスナック菓子も無頓着に食べ、スタチンと同様、カロリーや脂質の過剰摂取が起きれば、心血管の病気が減るどころか増える可能性も出てきます。

 アメリカ人の3人に1人は適正体重をオーバーした「肥満」。肥満こそが「アメリカ人最大の死因である」と言われる中、トランス脂肪酸だけをなくしたところで、思い描くような結果が得られるとは限らないのです。

 今のところ、アメリカ以外に「トランス脂肪酸を全廃する」とした国はありません。アメリカと同様、生活習慣病に悩む多くの国々では、加工食品への使用上限量を設けたり、パッケージに含有量の表示を義務づけたりすること、また、課税などの手段を通じた自主規制で対応しています。その結果、トランス脂肪酸の摂取量がへるだけでなく、トランス脂肪酸を含むような高カロリーで低栄養の食品の摂取量が減ることを期待しての施策です。

<参考URL>
・ハーバード大学公衆衛生学科のHPより(http://www.hsph.harvard.edu/nutritionsource/transfats/)
・東京大学のプレスリリース「米国のスタチン服用者のカロリーおよび脂質摂取量が過去10年で増加」(http://www.m.u-tokyo.ac.jp/news/admin/release_20140507.pdf)

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