記事

琉球新報主宰「琉球フォーラム」での講演(前編)

7/9

パックス・アメリカーナはいつか終わります。終わったときにどういう国家戦略で行くのか、どういう国とどういう同盟関係を結んでゆくのか、そういうシミュレーションを日本の外交官は誰も真剣にはしていない。歴史は動くという当たり前のことを想定していない。ふつうはあれこれと「あるかもしれない事態」を想定して、それについてリスクヘッジをしますけれど、日本ではこの30年ほど、「対米従属の技術に長けた人間」だけを選択的に政策決定の中心に登用してしまったので、「対米従属だけでは対応できない局面」になったときにはただ呆然自失するしかなくなってしまった。

アメリカはこの後間違いなく縮んで行きます。モンロー主義という伝統的国是があるという理由もありますけれど、もう一つはイギリスの例を知っているからです。

大英帝国は1950年代まで7つの海を支配する日の没することのない世界帝国だった。それが戦後、短期間に世界中の植民地や委任統治領を手放し、大西洋に浮かぶ小島にまで縮んでいった。これほど一気に帝国の版図を自力で縮めて見せた国は世界史上にないと思います。

そうやって拡げすぎた領土を整理して、自分たちの国力相応の規模に収まることでイギリスは生き残った。今も安保理の常任理事国だし、核保有国だし、国際社会の重要なプレイヤーであり続けている。確かに、60年代に「英国病」と呼ばれる経済の低迷と社会的不活動の時期がありましたけれども、世界帝国が一気に縮小したことの衝撃がその程度のことで済んだというのは「たいしたこと」だったと僕は思います。実際にはイギリスは帝国の縮小に成功した。世界に拡げたネットワークの撤収をみごとにやり遂げた。

アメリカはこの同じアングロ=サクソンのイギリスの成功例を強く意識していると思います。だから、イギリスに倣って縮むというシミュレーションをもうアメリカの国務省では始めていると思います。

日本人のふつうの感覚だと、一度世界帝国になった国が、自発的に縮んで行くことなんか「ありえない」と思うでしょうけれど、アメリカ人の立場になって考えれば、「拡げすぎた店を縮めて小商いに戻る」というダウンサイジングの戦略は十分に合理的な選択肢なんです。だから、僕はそうなるだろうと予測しています。アメリカはこれから60年前のイギリスに倣って、世界に拡げた安全保障ネットワークを切り縮めていくでしょう。

次の大統領選挙の結果がどうなるかはまだ分からないですけれども、20世紀にアメリカが戦争をしてきたのは、ジョージ・W・ブッシュのイラク戦争を除くと、ウッドロー・ウィルソンからバラク・オバマまですべて民主党の大統領の時代です。共和党は本来戦争をしたがらない。外国の紛争に介入しないで、ひたすら国益増大をはかるというのが共和党の基本戦略です。

ですから、次の選挙で共和党の大統領が選出された場合、海外駐留基地の大幅な縮減、今、世界五十数カ国と締結している安全保障条約の見直しを始めると思います。もう「世界の警察官」なんかやっている余裕はない、と。別に世界平和を願ってのダウンサイジングじゃなくて、よその国のことなんか知らない、平和が欲しければアメリカに頼らず自分で何とかしろということです。そうなると、西太平洋における地政学的な環境も一気に変わってしまう。

アメリカが「撤収」した後、中国、韓国、台湾、北朝鮮、そしてロシアと日本の関係はどう変わるのか。どういうかかわりをすれば日本の安全は保障されるのか。

これは「もしも」に備えて、もう今すぐから考えておかなければならないことです。

日本人が一番予測できない国際政治ファクターはイスラームです。昨日の平川君との話で、彼は次に出てくるのはドイツだという意見でしたが、僕は次に出てくるのはイスラームだという意見でした。その点では意見が違ったのですけれどいずれにせよ「その場合にはどう対処すればいいのか?」について考えなければいけないという点では一致していました。

イスラーム世界がどういう世界戦略を持っていて、日本はそれにどう対応すべきかという問いは日本ではまだ誰も真剣には考えてない。イスラームの専門家を国策的に育ててもいませんし、イスラーム世界に「知日派」のネットワークを構築するための努力もしていない。

イスラーム世界はモロッコからインドネシアまでに広がり、人口は16億人います。平均年齢が29歳。日本よりも20歳若いんです。この人たちが、「ウンマ・イスラーミーヤ(イスラーム共同体)」というグローバル共同体を形成している。宗教が同一で、言語が同一で、食文化が同一で、服装が同一という、異常に同質性が高い集団を形成している。これほど同質性の高いグローバル共同体はイスラーム以外に存在しません。いくらアメリカが価値観を共有するグローバル共同体を形成しようとしてみても、その同質性はせいぜい「英語が公用語。選択と集中で資源を分配し、勝者が総取りする」という程度の同一性です。イスラーム共同体とアメリカ的グローバル共同体では、求心力に大きな差がある。

この強い宗教的・文化的求心力を持つイスラーム共同体がオスマン帝国の没落以後はじめて集団として国際政治の表舞台に登場しようとしている。これまでイスラームが国際政治においてそれほど重要な役割を果してこなかったのは、それがいくつもの領域国民国家に分断されていたからです。オスマン帝国の中東エリアはかつては一つのまとまりでしたけれど、1916年のサイクス=ピコ協定でイギリス、フランス、ロシアの帝国主義的計画に基づいて恣意的に分断された。あの辺の国境線が直線の国々は自然発生的にできた国ではありません。机上の地図にヨーロッパ人が適当に線を引いて作った国です。

その領域国家への計画的分断という帝国主義的政策に対する、イスラームからのカウンターが「脱―領域国民国家」という新しい運動形態です。タリバンも、アルカイダも、ISももう固定した国境も、官僚機構も、常備軍も、国民も持たない流動的なネットワークです。こういう運動を従来のような「国対国」の戦争で制御することはきわめて困難でしょう。

これまでの政治学的なスキームでは理解できない、制御できない行動をイスラーム共同体はこのあと取ってくるはずです。因習的な国民国家ではなく、クロスボーダーな運動として動いていく。そのグループごとに、それぞれの組織原理があり、それぞれの行動パターンがあり、行動目的がある。そういう多様な運動がこれから後国際情勢に関与してくる。それにどうやって対処するか。

でに、今の日本にアラビア語ができる人、ペルシャ語ができる人、トルコ語ができる人が何人いるのか。イスラームの専門家がどれだけいるのか。

僕の友達に中田考さんというイスラーム法学者がいますけれど、彼なんかISとの関係を疑われて公安に追われているわけです。中東のさまざまなイスラームのグループに友人があり、意志疎通できる「パイプ」を持っている中田先生のような貴重な人材を日本政府は犯罪者扱いしている。彼の知見に耳を傾けて、少しでも適切な中東外交政策を立てようという人が今の日本政府部内には一人もいない。

あわせて読みたい

「安全保障法制」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    蓮舫議員が炎上 選手応援と五輪運営批判は両立すれど行き過ぎれば非難殺到もまた当然

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    07月25日 21:53

  2. 2

    東京五輪「手のひら返し」が驚くほど早かった理由 - 新田日明 (スポーツライター)

    WEDGE Infinity

    07月26日 08:17

  3. 3

    配信が充実した東京オリンピック 無観客開催でも十分なお釣りが来る内容

    企業法務戦士(id:FJneo1994)

    07月26日 08:32

  4. 4

    ファクターX 新型コロナワクチン副反応が日本で少し強いのはこのため? 日本のファクトを!

    中村ゆきつぐ

    07月25日 10:34

  5. 5

    中田敦彦氏、出版社抜きで電子書籍Kindle出版!著者印税は7倍に!出版社スルー時代の契機になる

    かさこ

    07月25日 08:41

  6. 6

    五輪開会式でNHKアナが台湾として紹介したことに波紋 中国国政メディアは抗議せず

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

    07月25日 14:40

  7. 7

    新入社員の不自然な3連続「忌引」 相次ぐ親戚の“危篤”に職場困惑

    キャリコネニュース

    07月25日 14:06

  8. 8

    大坂なおみの聖火最終点火に感じた「逆方向の政治的なバイアス」

    企業法務戦士(id:FJneo1994)

    07月25日 08:28

  9. 9

    東京都心部の不動産を物色する中国人 入国できなくてもリモート投資を続けるワケ

    NEWSポストセブン

    07月25日 09:04

  10. 10

    現職の横浜市長が任期途中に急きょIR誘致を表明 反対する3つの理由

    松沢しげふみ | 参議院議員(神奈川県選挙区)MATSUZAWA Shigefumi

    07月25日 19:48

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。