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琉球新報主宰「琉球フォーラム」での講演(前編)

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日本人はもう「衆知を集めて最適解を探す」という思考習慣を失ってしまった。アメリカの意向を忖度することに長けた人間たちだけが政治家も官僚もビジネスマンも学者もジャーナリストも指導層を独占するようになった。これがこの20年、30年の間に日本社会に起きた劇的な変化です。

沖縄のことは分かりませんけれども、少なくとも東京ではそうです。アメリカの国益を正確に忖度できる能力だけが高く評価される。アメリカの意向を忖度できる人間の前にだけキャリアパスが広々と開けている。今の日本のキャリアパスというのは、もうそれしかないんです。アメリカに留学して、アメリカで学位を取り、アメリカの要路に友人知人がおり、アメリカの意向が知れる人間、そういう人間でないと、政治の世界でも、経済の世界でも、学術の世界でさえ、もう上層にはたどりつけない。そういう仕組みになってしまった。

学術の世界もそうです。過去30年間、日本の大学はひたすらアメリカの教育システムをそのまま導入しようとしてきました。自己評価活動とか、シラバスとか、アクレディテーションとか、秋学期とか、任期制とか、英語での授業とか、いかにして「アメリカの大学みたいにするか」のために全力を尽くしてきた。そんな制度改革がほんとうに必要なのかという議論がされないままに「アメリカではこうなっているだから」だけで強行された。教職員は30年に及ぶ度重なる制度改革で疲労の極にある。

大学の社会的使命が「グローバル人材育成」というところにまで劣化したところで、さすがに日本の大学教員たちもほとほと疲れ果てたらしく、僕の知っている中でも何人かの東大教授が定年前に辞職しました。東大教授って「出世すごろく」の上がりですから、オックスフォード大学に行くとか、ハーヴァード大学に行くとかいうことがなければ、まず定年前に辞めるなんてことはなかったんです。それが「もう我慢できない」と言って辞める人が出て来た。

いま東大のトップは「元フルブライト留学生」たちのネットワークで構成されていて、「アメリカ・モデル」に準じて大学を全面的に作り替えようとしている。それに反対する人間は、全部、既得権益とか守旧派というレッテルを貼られて排除されてしまう。そういう制度改革にどんな意味があるのか、ほんとうに教育研究にとってプラスになるのかというような問いはもう立てることさえ許されない。

戦後70年間経って、「対米従属を通じての対米自立」という戦略が放棄されて、対米従属それ自体が国家目標となる時代が到来した。40代から50代ぐらいが一番多い。もうそれ以外の国家ヴィジョンがないんです。

今、大学の人文系の学科を潰して、理系の実学的な学部に資源を集中しろということに教育政策が向かっています。でも、人文系の学問領域を潰してしまうことでどういうリスクが生じるのかについては何も考えていない。

確かに今はアメリカが世界の覇権国家だし、世界標準をアメリカが作っている。でも、覇権国家だっていつかは衰退して、別のプレイヤーに取って代わられる。歴史上のすべての超大国は衰退したわけですから、アメリカもいずれは衰退する。これは避けられない。

事実、アメリカはもうすでに凋落期に入っています。アメリカが国際政治の統括者の地位を降りたあとに、国際関係・地政学的布置がどう変わってゆくかは日本にとって死活的に重要な問いであるはずですけれど、それについて考えている人間がほとんどいない。アメリカの意向を忖度し、アメリカに追随することでキャリアを切り拓いてきた人たちしか指導層にいないんですからしかたがない。

彼らは「アメリカが『世界の警察官』でなくなった世界」をどう生きるかについての「プランB」がない。今のうちに「プランB」を考えておいた方がいいという発想さえない。

アメリカの恩恵を豊かにこうむってきた人たちがこれからもアメリカが超覇権国家であることを願望するのは当然です。でも、主観的願望を以て客観的情勢判断に替えることはできない。アメリカの国力が衰微して、列国と複雑な外交ゲームを展開しなければならない日がいずれ来るわけですけれど、そのことについては考えたくない。だから、考えない。

昨日、友人の平川克美君と話していて「アメリカはもうそろそろダメだね」「そうだね」という話をしていました。とりあえずのところアメリカはいまだ世界最大の軍事国だし、技術的なイノベーションの発信地でもあるけれど、世界中を安全保障のネットワークを独力でコントロールする力はもうなくなっている。

「アメリカが退いたあとに、どこが出てくるだろうね」という話になって僕が「やはり中国かロシアかな」と言ったら、平川君が「違う」と言うんです。「どこが出て来るの?」と訊いたら、彼は「ドイツだ」と言う。エマニュエル・トッドの本の受け売りらしいんですけれど、アメリカの「撤収」の後、その空隙を埋めるのはヨーロッパであり、ヨーロッパを仕切るのはドイツだ、と。

確かに、先ほどニュース番組を見ていたら、G7のニュースがあって、首脳たちが並んでいる写真撮影のとき、真ん中に立っているのはメルケルなんですよ。女の人だから「レディファースト」で真ん中に立たせたように見えますけれど、それは違うと思います。記念撮影の立ち位置というのはあらわに国際関係における力関係を反映するものです。この人が次に何を言うのか、何をするのかが一番注目されている指導者が写真の中央に来る。G7で衆目の一致するところ一番重要な政治家はオバマじゃなくてメルケルだということです。僕たちが気がつかないうちに、いつの間にかドイツの国力はそこまで強くなっている。

「ドイツが出て来たら、どうなるんだろうね」と言いながら、僕は日本はそのための備えをまったくしていないと思いました。なにしろ今の日本ではドイツ語読める人がどんどん少なくなっているから。

人文系の学部の中で、真っ先に衰微したのが独文科でした。80年代から独文科の進学者が急減した。今ではもう日本の大学でドイツの専門家を育成しているところはほとんどないんじゃないですか。かつては独文があり、ドイツ史やドイツ法学の専門家がいくらでもいた。ドイツの政治、経済、宗教、生活文化に精通している専門家がたくさんいた。ドイツ人はどういうふうに世界をとらえていて、どういう国家戦略を立てているのか、そういうことについて研究している人が学術の世界にはいくらでもいた。

でも、この30年ほど、独文も仏文も「アメリカの覇権」のあおりですっかり存在感を失ってしまった。今度の人文系学科の廃止でもたぶんそのあたりに残存している研究分野がもっとも冷遇されることでしょう。でも、まことに皮肉なもので、ドイツ語を読める人、ドイツの政治や経済に精通している人が不要になって、教育資源の分配に与れなくなった頃に、ドイツが世界政治のキープレイヤーとして登場してきた。たぶん今の日本にドイツ政治の専門家の数はアメリカ政治の専門家の1000分の1もないでしょう。

もしかすると、アメリカが衰退した後にはヨーロッパから次のプレイヤーが出てくるかもしれないと思っていれば、「万一に備えておく」という発想もあったのでしょうけれど、日本にはまったくそんな備えがなかった。

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