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- 2015年07月08日 22:40
岩手の中二自殺事件を受けてなすべきこと
岩手県のJR矢幅駅で5日、矢巾町内の中学校に通う2年生の男子生徒が列車に飛び込み自殺するという痛ましい事件が起こりました。
この事件について、いろいろ思うところがあったので、少し。
問題はこのノートが毎日担任に提出され、その中にいじめや自殺をほのめかす内容が何日にも渡って書かれていたにも係らず、担任がそれに対してきちんと向き合ったかが問題となっております。
例えば、生徒が「もう死ぬ場所はきまっているんですけどね」と書いたことに対して、担任からは「あすからの研修、楽しみましょうね」という返事が書かれていたと報道されています。
学校では、いじめの有無について、アンケートや個別で聞き取り調査を行うとしていますが、この担任は現在病欠しているそうです。
大津市でのいじめでは、どのようないじめが行われていたか、かなり詳細に報道され、こんなひどいことがという感じで、いじめを行っていた者たちに対するバッシングが起こりました。
その時の担任の対応についてもいろいろ問題があったという報道がなされておりますが、加害者に対する批判が強く、それがエスカレートするあまり、ネットでは人違いによる第三者への誹謗中傷なども行われてしまったそうです。
今回は先に生活記録ノートが公表された結果、担任が非難の矢面に立ってしまっているような状態です。
実際、上で触れたアブグレイブ刑務所の虐待事件では写真さえなければ、という発言をしていた当時の元所長の発言が私はとても印象的でした。
子供を亡くした父親にしてみれば、真実を知りたいと考えるのは当然でしょうし、実際、過去の事案では、いじめがあった場合も、学校側が自分達の責任逃れのために、それを隠そうとする人たちも存在しました。
そうした人がいる以上、こうしたノートの存在が真相解明の一助となることを、否定するつもりはありません。
確かに担任の対応に問題がなかったとは思いません。しかし、本来であれば、こうしたいじめ問題が現実の問題としてある以上、ある種の対応マニュアルのようなものがあっても良いのではないかと考えます。
確かに犯人捜しという視点も大事ですが、こうした痛ましい事件がなくなるようにするためには、今後どうすれば良いかという視点が一番大事ではないかというのが私の言いたいことです。
たまたま担任したクラスの担任だけが過度の重責を負うのはおかしいですし、こうした不手際の結果、苦しむ生徒がいるとすれば、もっとおかしいことと思います。
個人的には、そのマニュアルの中には、いじめを見て見ぬふりするのではなく、教室内のいじめを徹底的に顕在化し、加害者に対してきちんと責任をとらせることなどを含め、担任・(被害者加害者双方の)家庭が行うべきこと、そのために学校が行うべきなどを1つ1つ明確化すべきかと考えます。
この事件について、いろいろ思うところがあったので、少し。
1 事件の概要
この事件では、自殺した生徒の生活記録ノートに今年の4月20日頃から「死にたい」という記述がみられるようになったそうです。問題はこのノートが毎日担任に提出され、その中にいじめや自殺をほのめかす内容が何日にも渡って書かれていたにも係らず、担任がそれに対してきちんと向き合ったかが問題となっております。
例えば、生徒が「もう死ぬ場所はきまっているんですけどね」と書いたことに対して、担任からは「あすからの研修、楽しみましょうね」という返事が書かれていたと報道されています。
学校では、いじめの有無について、アンケートや個別で聞き取り調査を行うとしていますが、この担任は現在病欠しているそうです。
2 犯人捜し
いじめについては、これまでも何度か書いたことがありますが(日本の「いじめ」(大津市の「いじめ」事件より)、私は基本的に、人権侵害だけではなく犯罪にもなりうるもので、許しがたいことだと思っております。大津市でのいじめでは、どのようないじめが行われていたか、かなり詳細に報道され、こんなひどいことがという感じで、いじめを行っていた者たちに対するバッシングが起こりました。
その時の担任の対応についてもいろいろ問題があったという報道がなされておりますが、加害者に対する批判が強く、それがエスカレートするあまり、ネットでは人違いによる第三者への誹謗中傷なども行われてしまったそうです。
今回は先に生活記録ノートが公表された結果、担任が非難の矢面に立ってしまっているような状態です。
3 記録
これについては、以前(相撲八百長事件とアブグレイブ刑務所捕虜虐待事件)で触れたことがありますが、不祥事が発生した際に、確固たる証拠がなければ、うやむやに処理されてしまうことが多々あるということです。実際、上で触れたアブグレイブ刑務所の虐待事件では写真さえなければ、という発言をしていた当時の元所長の発言が私はとても印象的でした。
子供を亡くした父親にしてみれば、真実を知りたいと考えるのは当然でしょうし、実際、過去の事案では、いじめがあった場合も、学校側が自分達の責任逃れのために、それを隠そうとする人たちも存在しました。
そうした人がいる以上、こうしたノートの存在が真相解明の一助となることを、否定するつもりはありません。
4 最後に
ただ、結果どうも現時点の報道などを見ると、担任の責任だけがクローズアップされている形で、少しどうなのかと思ったところです。確かに担任の対応に問題がなかったとは思いません。しかし、本来であれば、こうしたいじめ問題が現実の問題としてある以上、ある種の対応マニュアルのようなものがあっても良いのではないかと考えます。
確かに犯人捜しという視点も大事ですが、こうした痛ましい事件がなくなるようにするためには、今後どうすれば良いかという視点が一番大事ではないかというのが私の言いたいことです。
たまたま担任したクラスの担任だけが過度の重責を負うのはおかしいですし、こうした不手際の結果、苦しむ生徒がいるとすれば、もっとおかしいことと思います。
個人的には、そのマニュアルの中には、いじめを見て見ぬふりするのではなく、教室内のいじめを徹底的に顕在化し、加害者に対してきちんと責任をとらせることなどを含め、担任・(被害者加害者双方の)家庭が行うべきこと、そのために学校が行うべきなどを1つ1つ明確化すべきかと考えます。
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