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最悪のシナリオ

私が深く関わってきた東京電力福島第一原発のことである。

原発危機に直面した500日間のいきさつについては、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏のインタビューに答える形で『証言』(講談社刊)という本にまとめた。それが出版された12年8月時点では書けなかったが、いま、どうしても書き記しておきたいことがある。

それは、原発事故そのものに対処してくれた人や、健康不安を抱える福島の人たちに寄り添ってきた人たちのことである。

最初に記したいのは、原発事故の最悪のシナリオを回避するために寝食を忘れて取り組んでくれた人たちのことである。彼らがいなければ、政府が全面的に関与したとしても、原発はコントロールできなかった。

私が、最悪のシナリオが必要だと菅総理に提案したのは、大震災から十日ほどたった3月22日だった。3月12日の一号機、13日の三号機、14日の四号機と続いた水素爆発。15日以降に深刻になった燃料プールの冷却。予測に反して事態が悪化し、事後的に対応することの連続で、政府も東電も、楽観論から脱することができていなかった。最悪のシナリオをつくらなければならない。と同時に、このシナリオをつくることの意味を考えていた。そのシナリオは厳しいものになるだろう。そして、おそらくはすぐには公開できない。しかし、そのシナリオは間違いなく後日公開されることになる。そうなった時、私自身の責任が問われるかもしれない。もとより、3月12日の早朝、ベント作業が滞った時点で覚悟はできていた。万が一のときは政治家として責任を取ろうと、海江田経産大臣と共に話をしていた。

私たちはアプローチを変える必要があった。事故の推移に即して対応するのではなく、最悪の事態を想定してそれを阻止することに国家としてすべてをかけて取り組む。そのためにも、シナリオは、一切の楽観論を排して事態の悪化を仮定し、最悪のさらに最悪のものでなくてはならない。

菅総理に進言したところ、総理は即断した。作成は、政府の専門家の中で私が最も信頼する原子力委員会の近藤駿介委員長に依頼した。近藤委員長は、連日、原子力委員長室で私を紳士的に迎えてくれたが、毎日、同じネクタイをしていた。泊まり込んでいたのだろう。委員長は不眠不休で作業を行い、数日で「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」と題する報告書を作り上げた。

3月25日、報告書ができたとの連絡を受けて近藤委員長の部屋に急いだ。車の中で、胃の中に澱のようなものがたまっているような感を覚えた。近藤委員長から、当面の対応として避難を拡大しなければならない状況ではないとの説明を聞いて、まずは一息つく。しかし、その後のシナリオを聞いて私はしばし沈黙した。仮に一号機の原子炉が爆発した場合、それが原因で現場の作業員が全面撤退を余儀なくされ、作業ができなくなることで注水がストップしてしまう。そうなると、二号機、三号機にも注水ができなくなる。注水がストップしていちばん危険なのは、定期検査中で使用済み核燃料が1331本入っている四号機のプールが干上がるというシナリオである。

すでに、一号機の原子炉は損傷しており水素爆発は考えにくい。原子力の技術については素人の私だが、3月11日からの推移を克明に見てきただけに、シナリオにある一号機の原子炉爆発に疑問を感じた。そのことを近藤委員長に質した。近藤委員長はそのことを十分に認識しながら、なおかつ一号機の原子炉の爆発の可能性をシナリオにしてきた。私は、これこそ最悪の中でも最悪のシナリオだと感じた。ここからスタートすべきなのだ。私はそう確信した。

仮に、四号機のプールが干上がり、制御不能になった場合、大量の放射性物質が舞い上がる。首都東京方面に流れだした場合、強制移転しなければならない範囲が170キロ、移転希望を認めるべき地域が250キロと試算していた。文字通り、国家存亡の危機と言うべきシナリオだった。国民がどう受け止めるかを考えると、これは当面、伏せるしかない。数日後、米国からも彼らの作成した最悪のシナリオが提示された。それは、私たちのシナリオと酷似していた。もはや、私たちがやらなければならないことは明確だった。

このシナリオを手にした後、東京電力本店に戻る途中の車窓から見える景色はセピア色に見えた。福島、首都東京、そしてこの国民を守らなければならない。何としても。3月11日以来、全くと言っていいほど睡眠は取れていない。数日前、呂律が回らなくなり、自分自身の脳梗塞を疑ったが、今はエネルギーがみなぎっている。こういう時のために、私の頑丈な体はある。ここでやらねば、政治家になった意味はない。

当時、東京電力本店に設けられた統合対策本部に詰めていた政治家は海江田大臣と私。海江田大臣は閣議や国会が入るので、私が一人になることが多くなっていた。最悪のシナリオを阻止するためには膨大な作業が必要となる。四号機プールの補強、注水作業の自動化などなど、油断すると楽観論に走る東京電力と原子力安全保安院を率いてこの作業をやりきるには、力のある人材が必要だった。建設会社、企業マネジメントの経験から、私の頭に浮かんだ人物は馬淵澄夫衆議院議員。誰も経験したことがないことをやらねばならない、この局面で何より必要なのは、集中力と執着心。野党時代の予算委員会をはじめ、何度も一緒に仕事をしてきたので、彼が余人を持って代えがたい人物だということを私は知っていた。菅総理に話すと、これにも総理は即決を下した。

その日の午後、馬淵議員は私と同じく補佐官に就任。東京電力の技術者と、国交省と経産省を従えて作業を急ピッチで進めてくれた。最も危険な四号機プールの補強は七月に完成し、コンクリートポンプ車の自動化を進めた。最悪のシナリオを想定して、コンクリートポンプ車からセメントなどを混ぜたスラリーを四号機プールに流し込む決死隊を組むところまで、備えは徹底された。

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