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「親に恵まれない子供たちには “箱モノ”ではなく、ケアを担う“ヒト”への投資こそ必要~「ハリー・ポッター」原作者が設立したNGO「ルーモス」が目指すもの~

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「施設から家庭へ」の方法は「簡単」、そのために必要なものとは?


これまで、先進諸国をはじめとして、多くの国で「脱施設化」が進んできた。理由としては、施設で子供たちを育てるより、家庭や地域社会で育てる方が、結局は「国家の福祉コスト」が安く済むから……という財政上の理由もあるが、もうひとつ、「脱施設化」を進めることが、すなわち「全家庭が公的福祉サービスの恩恵を受けられる【優れた福祉国家づくり】につながるから」だ。すべての家庭に対して、平等な「子育て支援」を徹底することは、「箱モノの施設に子供たちを閉じ込めること」よりも、低コストで、かつ健全な地域コミュニティの形成にもつながる。

たとえば、貧困層と富裕層の格差が大きく、貧困層の子供たちの一部は施設で育ち、その後も貧困の連鎖から抜け出せずに、生活保護などのコストが膨れ上がる社会と比較すれば、「いかなる家庭に産まれたとしても、公的な育児、教育支援のサービスが受けられ、子供が最低限のスキルを身につけた社会人として育っていける国家」の方が、健全といえるのではないか。

健全という言い方が主観的ならば、貧困層と富裕層のコミュニティが分断された、ゲーテッド・コミュニティ的な国家よりも、ある程度の「格差を解消させる仕組み」が整っており、すべての家庭と子供が公的福祉の恩恵を受けられる国家の方が、結局は地域コミュニティも充実していくのではないだろうか。

理想論かもしれない。が、ムルヘア氏によれば、知識と経験のあるソーシャルワーカーを増やし、里親を育成していくことは、結局のところ「これまで児童養護施設が提供していたサービスを、地域に担ってもらうこと」になるという。つまり「脱施設化」とは、これまで児童養護施設が果たしていた機能を、発展的な形で地域コミュニティに移し、新たな平等理念に基づいた福祉国家をつくっていくことなのだ。

モルドバにおける施設の子どもの数[2007~2014年]
下記の図は「ルーモス」の「脱施設化プロジェクト」の結果、モルドバ共和国で施設に入っている子供がどれだけ減ったかを示すもの。7年で劇的に減ったことが分かる。

モルドバでは、7年間の国家的プロジェクトで、福祉を担う人材へのトレーニングを行なったという。「7年」というのは、国の福祉システムを変えるのに現実的な数字だそうだ。国の仕組みを変えるには、野心も必要だが、早急すぎてもいけない。

建物ではなく、人々への投資を

ムルヘア氏は言う。

「多くの国家は、児童養護施設などの“建物”にお金を使いたがります。しかし、本当に大切なのは、ソーシャルワーカーや里親、教育者など、“ヒト”への投資なのです。もちろん、最善の方法をとるための、大規模なリサーチも必要です。たとえば現在足りていないのは、施設を出た子供たちが、どんな生活を送っていくのか調査すること。2~4年をかけ、長期的なリサーチを行う必要があります」(ムルヘア氏)

施設から里親への移行に伴い、子供の発達にみられた改善点
箱モノにお金を使う児童政策から、子供を地域=家庭で育てる「地域コミュニティづくり」へ。 そうした考え方は、子供の発達にもプラスの効果をもたらす。下記の図は、施設から里親での養育に切り替えることで、子供の発達がいかに「改善」されたかを示すものだ。「身長、歩行、会話、認知能力」いずれも、親との1対1の関係において育つことで、高い発達がみられる。

「脱施設化」がもたらす、財政的なメリット

ムルヘア氏に次いで、欧州委員会の「地域・都市政策総局」で政策アナリストを務める、アンドル・ユルモス氏が講演した。欧州では、貧しい東欧諸国を中心に「親が育てられない子供は施設で育つ」のが一般的だったが、長い時間をかけて、EU全体として「脱施設化」を進めてきた。プロジェクトの「プログラム期間」は13年に一旦終了し、現在は「欧州構造投資基金(2014~2020年)」として、第二弾の「脱施設化」が始まったところだ。

ユルモス氏によると、2020年までのプログラムにおける優先課題として洗い出されたのは、EUにおいて、子供、障害者、高齢者などの施設入所に関するデータが不十分であること、障害者のニーズを把握すること、福祉サービスを受ける人々の「自立生活」の条件を決めること、労働市場への参加をいかに進めるかを決定することだったという。こうした課題を洗い出し、EU全体として2020年までに「脱施設化」を進めていくそうだ。

それにしてもなぜ、EUではなぜ「脱施設化」=地域ケアサービスへの移行 を進めるのか? ユルモス氏によれば、そもそも欧州では「施設ケア」が普及していたが、欧州および国際レベルで、「全ての子供は家庭で育つ権利がある」という合意ができてきたことが大きなきっかけだという。2020年までに「脱施設化」を進める「欧州2020」戦略の目標は、施設で子供が育った場合の社会的コストをリサーチし、「脱施設化」=地域ケアサービスを充実させ、包摂的な社会をつくることである。

現状、施設で育った子供たちは、成人になってからの「犯罪歴」「人身売買の被害対象になる割合」「自殺率」「売春に関わる割合」などが高いことが分かっている。これらの結果も勘案し、包括的なコミュニティづくりのためにはどんな施策が必要なのか、コミュニティベースのサービス提供は、いかにして可能なのか、プロジェクトは既に始動している。

箱モノ=「ハード」への投資ではなく、地域コミュニティ=「ソフト」への投資を


日本は欧州と異なり、東欧と英仏独などの「エリア間格差」が可視化されにくい。実際には、国内でも貧困問題が財政を圧迫している地域はあるが、その地域だけに(ルーモスがモルドバ共和国に介入したように)政府が介入するのは難しいだろう。

では、どうすればいいのだろうか。まずは、施設への「インセンティブ」を変える必要があると思う。現行の制度では、児童養護施設に対して「子供1人あたりいくら」という形で補助金が支払われている。よって、施設を運営する側が、特別養子縁組や里親とのマッチングに消極的なのだ。このインセンティブをなくさない限り、「脱施設化」=施設の機能を家庭や地域コミュニティへ移すことは、不可能だろう。

東欧の事例は、子供たちにとって家庭で育つことが、プラスの効果をもたらすことを確実に示している。繰り返しになるが、結局は「箱モノ=児童養護施設」への投資よりも、「ヒト=家庭や地域コミュニティ、ソーシャルワーカーなど」への投資を増やしたほうが、親に恵まれなかった子供たちにとっても、地域全体にとっても、ひいては国家の福祉予算軽減にとっても、いずれもプラスに働くということだ。

今回のシンポジウムを取材したことで、改めて「少子化と格差拡大に悩む日本政府がすべきこと」が分かった。それは施設など「ハード」への投資ではなく、ヒトと地域コミュニティという「ソフト」への投資が大切だということである。

(取材協力:日本財団)

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