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P or V ? イランへの防空システム輸出で残る懸念

イランとの取引が取り沙汰されるS-300VM(@Vitaly Kuzmin)

イランへの防空システム輸出にGOサイン…と思いきや

以前の小欄で、ロシアが防空システムをテコに展開する「防空システム外交」について取り上げた。

なかでも注目されるのは、イランの核開発を巡る枠組み合意が成立して早々にロシアがS-300防空システムの供与再開を決めたことである。

上記の記事でも述べたように、広いカバー範囲を持つS-300はイスラエルによるイラン空爆カードへの強力な牽制材料であり、それゆえにイラン核開発問題と密接な関連を持っていた。2010年にメドヴェージェフ大統領(当時)が輸出取りやめを決定したのも、イランに核開発交渉のテーブルに着くよう促すメッセージであったと考えられる。

そこでロシアとしては枠組み合意が成立すると早速輸出許可を出し、イランの西側との和解に備えて軍事的後ろ盾としての影響力を確保しようとしたものと見られる。

ところが、事態はそれほど簡単なものではなさそうなことが判明してきた。

肝心の売り物がなくなってしまったのである。

売れるミサイルが無い

問題は、2007年の契約でイランに5個大隊分を供与するとしていたS-300PMU1防空システムの生産がすでに終了してしまったことである。

S-300PMU1はS-300シリーズの中でもソ連崩壊直後に開発されたものであり、既に生産ラインは閉じている。2007年の契約ではロシア軍から退役したシステムを8億ドルで売却することになっていたが、これらは2010年に輸出停止が決定された際、解体されてしまったという。

この結果、ロシアのS-300供与が国際社会で大きくプレイアップされる一方で、ロシア側からは苦慮の滲む発言が相次いだ。

たとえばロシア安全保障会議のエフゲニー・ルキヤノフ副書記は、5月、「合意はできたが実際の供与には時間が掛かる」とした上で、「いつ供与できるかは製造元にきいてみないと分からない」と述べている。

S-300VM防空システム(@Vitaly Kuzmin)

こうした中で、ロシアの有力紙『コメルサント』6月22日付は、独自の情報筋の談話として興味深い記事を掲載した。2007年の契約でイランに供与することになっていたS-300PMU-1に代わり、S-300VM「アンテイ2500」防空システムを供与することで交渉妥結が探られているというのである。

実際、イランのサルマディ外務次官は、今月22日、ロシアとの間で防空システム供与に関する交渉を行っていることを認めている。同次官によれば、この交渉には「契約の変更、新たな価格設定、提訴取り下げの方式」などが議題として含まれているとされており、イランも2007年の契約内容にこだわっているわけではないようだ(イランの提訴について後述)。

イランにしてみれば、今月末に向けて核開発に関する最終合意が順調に進むにせよ、決裂するにせよ、イスラエルを牽制するために一刻も早く強力な防空システムを手に入れたいとの思惑があるようだ。

Pか?Vか?

これに先立つ今年1月にも、国営軍需企業連合「ロステフ」のチェメゾフ総裁は、S-300VM「アンテイ2500」をイランに供与する意向を表明していた。同社はS-300シリーズを生産している防空システムメーカーの「アルマーズ=アンテイ」や国営武器輸出公社「ロスオボロンエクスポルト」を傘下に収めており、S-300供与問題では最大のステークホルダーである。

では、S-300VM「アンテイ2500」とは何なのか。

ちょっとややこしいが、ソ連が開発したS-300シリーズには2つの系統がある。「アルマーズ」が開発した汎用防空システムS-300Pシリーズと、「アンテイ」が開発した弾道ミサイル防衛システムS-300Vシリーズだ。メーカーが異なることからも理解できるように(前述の「アルマーズ=アンテイ」は、この両メーカーが2000年代に合併して設立されたもの)、両者は似たような名前だが実際は全く別のシステムである。

当初、イランに供与するとしていたS-300PMU-1はS-300P系統の改良型で、すでに生産を終了しているが、S-300Vの大規模改良型であるS-300VM「アンテイ2500」ならばまだ生産ラインが稼働しており、ヴェネズエラやエジプトへの輸出実績もある。これで手を打とうというわけだ。

ただ、S-300VMは短・中距離弾道ミサイルの迎撃に重点を置いたシステムであり、弾道ミサイルを保有しないイスラエルの空爆に対する抑止カードとしてはインパクトが薄い。これまでにもロシアは幾度かS-300VMでの妥結を示唆して来たが、イランは応じる姿勢を見せてこなかった。

画像を見る
S-300PMU2防空システム(@Vitaly Kuzmin)

このため、S-300PMU-1のさらなる改良型であるS-300PMU-2を9億ドルで輸出するという観測も浮上してきた。やはり有力経済誌の『ヴェードモスチ』が6月21日に伝えたものである。

同紙は、既に触れたような理由からS-300VMの供与は現実的ではなく、S-300PMU-2のほうがイラン側の同意を得られる可能性が高いと主張する。S-300PMU-2はすでに中国、ヴェトナム、アゼルバイジャン等に輸出された実績があり、しかもS-300PMU-1を上回る多様な対航空機交戦能力を有する。

イランが求めているものを考えれば、これが現実的な線のように思われるが、生産ラインがまだ稼働しているのかどうかはっきりしない。

引き渡し条件でもミゾ

イランとロシアの間にはシステムの引き渡し条件でもミゾがある。

イラン側は2010年に供与が停止されて以降、ロシアに払い込んだ前払金を返却させるとともに、4億ドルの損害賠償を求めてロシアをジュネーブの国際仲裁裁判所に提訴していた。

ロシア側としては、輸出するシステムの種類は別として、禁輸措置を解除すればイランが提訴を取り下げると踏んでいたようだが、イラン側は実際にシステムが引き渡されて初めて提訴を取り下げるとの方針を示している。

イランがS-300PMU-2またはS-300VMで手を打つならば妥結は容易かもしれないが、問題は価格である。先にS-300PMU-2の価格を9億ドルと書いたが、より高度なシステムは当然、さらに高価になってしまう。また、武器輸出問題に関する大統領顧問を務めるオレグ・ボチュカリョフ氏も、システムをイラン向けに改修する費用やインフレ率を考慮して、ロシア側は売却価格を大幅に上乗せせざるを得ないとしており、この点が争点になりそうだ。

あるいは現在生産中の最新鋭防空システムS-400を供与するという方法も考えられる。ただし、S-400の価格はS-300よりも遥かに高価(中国向けに交渉が行われている4個大隊分の価格は19億ドルと言われている)であり、価格交渉がさらにこじれることは必至である。

くわえてS-400はまずもってロシア軍への優先配備が進められている最中であり、「アルマーズ=アンテイ」にはすぐにイラン向け生産に取りかかれるだけの生産キャパシティがない。

供与再開というのは簡単だが、その実際はかなり困難を伴うものになりそうだ。


※Yahoo!ニュースからの転載

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