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世論調査は本当に必要があるのか?

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.353 23 Jun 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

もう旧聞に属するのかもしれないが、5月7日に投開票が行われたイギリスの総選挙は、保守党が単独過半数を得る大勝に終わった。政権党が一党で議会の過半数に達しないハング・パーラメントは、とかく政治の不安定を招く。EU残留を問う国民投票、スコットランド問題など不安定要因はいくつもあるが、とりあえず大国・イギリスの政治が安定することは、日本など民主主義友好国にとって好ましい。

今回の英総選挙で、保守党の大勝以外にもう一つ話題になったのは、イギリスの世論調査会社の予測が大きく外れたことだった。イギリスの調査会社といえば伝統と信頼があり、多くの会社が高い評価を受けてきた。それだけに、軒並み情勢を読み誤ったことは驚きだった。例えば「OPINIUM」社は、投票直前に保守党35%、労働党34%と接戦を予測、「SURVATION」社も31%対31%、「IPSOS MORI」社も36%対35%と読み、実際の得票率36.9%対30.4%とはかけ離れた結果を予測したのだ。

調査会社が打ち揃って間違えた原因として、識者は「イギリスは長期間、二大政党制が定着していたので、調査方法もそれに適したものだった。今回のように少数政党が票を伸ばす事態には対応出来なかった」、「投票直前の有権者の心変わりがこれまでになく大きかった」ことなどを挙げている。注目すべきは、「シャイ・トーリー」と呼ばれる隠れ保守層が、調査会社の電話やネットによるアンケートに正しく回答しなかったからだという見方だ。

「トーリー(Tory)」は言うまでもなく、18世紀に「ホイッグ(Whig)」と競った政党の名で、現在の保守党の前身だ。保守はどちらかというと権力に近いイメージがあり、大衆の批判対象になり易い。そのせいか保守党支持者は、支持政党を明らかにしない傾向がある。他方、民衆の味方を気どれる革新は、攻撃が得意で、多弁、雄弁な人が多い。これは世界共通の傾向でもある。イギリスの調査会社はこうした保守層と革新層の習性の違いを、補正の際に正確に数値化することが出来なかったのだろう。

保守と革新の佇まいの違いはスポーツにおいても見られるようだ。日本の野球とサッカーを例に取れば、戦前から親しまれてきた野球は、どちらかというと高齢層に人気があり、何となく保守のイメージがある。他方、サッカーは日本では新興スポーツであり、若者を中心に人気がある革新派のスポーツだ。これはあくまで個人的な印象だが、サッカーファンが声高にファンであることを誇る反面、野球ファンは人前でファンであることをあまり話そうとしない。

野球の贔屓チームについても似たような傾向がある。同じ伝統チームでも常勝紳士球団とされる東京ジャイアンツは保守のチームで、なにかと東京に対抗する大阪の阪神タイガースは革新のチームだ。最近ではカープ女子の増加で人気が高まっている広島カープも革新派だろう。阪神や広島ファンが堂々と贔屓チームに声援を送るのに対し、ジャイアンツファンはどことなく恥ずかしそうに応援する。「隠れ巨人」などという言葉もあり、「隠れ保守」とも訳される「シャイ・トーリー」の範疇に入るのかもしれない。

話は横道にそれたが、今回、小欄で論じたいのは、世論調査の信頼度と必要性だ。多額の費用を使って電話やネット、あるいは面談調査をしても、集計された数値に真の世論と誤差があるのなら、調査の意味がないだけでなく人心を惑わすだけだ。日本では総選挙の際、テレビなどが出口調査をして、開票開始と同時に当確を出すのが習わしになっている。数時間後には選管発表の正確な結果が発表されるのだから、誤報の危険もある即時当確を出す必要があるのだろうか。テレビ局の自己満足以外の何ものでもない気がするのだ。

そもそも調査対象となる世論とは何かという問題を明快にしなければならない。前述のように多弁な革新層と、シャイな保守層の偏差を完璧に読み解くことは不可能だ。そのため、世論調査から出てくる"世論"は、どうしても声高な革新派の声が強くなる傾向が拭えない。そして、それが世論とされて一人歩きすれば、行政の行方を誤誘導する危険すらある。

民の声を聞くことは、民主主義の基本であり、政府だけでなくマスコミの世論調査がその役割を担ってきた。しかし、最近のように情報が溢れる中で、半知半解の意見を集約しても、それが行政の道標になるとは言い難い。マスコミ慣れした現代人には、世論調査を意図的に混乱させることも簡単だろう。私が以前勤めていた新聞社の世論調査担当の後輩にその辺りのことを聞くと、「日本の新聞社はイギリスの調査会社よりずっと精微な調査をしており、あのような読み間違いが起きる危険性は低い」と言う。だが、それでも完全な世論を導き出す作業は難しいはずだ。だったら、従来型の調査方法を根本から見直し、真の世論を探る新たな方法考える時期に来ているのではないだろうか。

外務省が行う「ODAに関する意識調査」などでODAは毎回、前向きに捉えられている。「ODA予算を増やせ」とか「現状を維持せよ」という人は、どちらかというと保守に当たるのだが、つねに7割前後の人がこの2つに回答を寄せ、「ODAはやめるべきだ」などという反対の声を大きく上回る。ODAに関しては「シャイ・トーリー」は存在しないようだ。これはODAが広く国民に評価されている証左でもあるが、ここは油断せずに、反対派の小さな声にも耳を傾ける雅量を持ちたい。

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