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【全文】集団的自衛権「合憲派」の西・百地両教授が会見〜②質疑応答

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6月19日、集団的自衛権の容認派として知られる駒澤大の西修名誉教授と日本大の百地章教授が日本記者クラブで記者会見を行った。両教授の冒頭発言をお届けした前編に続き、小林節・慶大名誉教授が質問に立つ一幕もあった質疑応答部分をお届けする。

質疑応答

-政府が積極的な説明責任を、急いでこの安保法制を成立させる必要があるんだということを、具体的にはっきりと説明する責任があるという点をご指摘いただいているんですけれども、今の私共のTVの報道番組、あるいは新聞等の多くのマスコミの世論調査によりますと「国会の審議を聞いていて、国民は拙速にこの安保法制を決めるべきではない。もっと慎重に審議するべきではないか」というのが、80%程度の意見で、様々なメディアの調査結果が出ているわけであります。

一方で、学生に教えている憲法学者、あるいは研究者のアンケートや世論調査を取ったところ、先ほど先生が触れました報道番組においては、149人の憲法学者のうち、「合憲だ」とはっきり答えられた方は3人。あとの多くの方が、今の政府の憲法解釈変更についての安保法制は違憲である。もしくは違憲の疑いが強いと言う答えが圧倒的に多いんです。

なぜ、先生方お2人の合憲論が社会的に広がらないのか。それは、政府の答弁説明が不十分のなのか。何か理解出来ていない、あるいは説明しなければいけない。この点のポイントが欠けているという風に判断されるのか。これについて、お2人の答えをいただきたいと思います。


百地:そういった世論調査の結果は、私も見て知っております。慎重に行くべきであるとか、拙速は避けるべきだという声はあります。その責任は、政府にもあると思っております。つまり国民はその中身が分かっているとは私は思いません。むしろ分からない。分からないから不安もあると。政府がきちんと「なぜ急ぐべきか」と言うべきでしょう。

そこで、とりあえず私の考えるポイントを述べたわけです。国際状況の過激な変化と日米関係を緊密なものにするためには、急いでやることがある。私は本来、憲法改正をきちんとした上でやるべきだと思いますけれども、実際それは手続き的にも困難であります。簡単にできない。であれば、まず出来るところからやろうというのが私の考え方であります。

この点、政府がきちんと説明していないから、なぜ急ぐか分からない。分からないうえに、法案の内容が意味分からないから不安になると。なんとなく必要性を感じているという結果も出ているんですよ。従いまして、その辺が問題だろうと思っております。

それから、「ジュリスト」という雑誌に、「憲法判例100選」というのがありまして、6版を下にやったんですけど、憲法学者200名のうち150名ぐらい答えたんですね。4名が一応合憲ということですが、実は答えていない人が50名いるんですよね。

また東大、京大関係はほとんど答えておりません。私、今回色々な人に当たったんですけど、「合憲だと思うんだけれど、立場上、言わないで欲しい」という方が何人かいました。そういう雰囲気が一方であるということなんですね。

それから、なぜそれが広がらないかということですが、学会で広がらないというのと、社会的に支持されないかというのは、私は別問題だと思っております。私に言わせれば、学会は残念ながら、かなり閉塞的なところがあります。私は「憲法の常識 常識の憲法」という本を、文春新書から出したんですけども、その冒頭に紹介させていただいたのが、芦部信喜先生の言葉でした。

読売新聞の憲法特集で「大学では、自衛隊は違憲と教えても、社会に出たら合憲と。虚しい思いをする」ということを書いてるわけですね。これが現在の憲法学会であり、社会であろうと思います。憲法学会では、残念ながらまだまだ少ない。50名、100名という人達は賛成していると思いますけれども、表明してくれる人は少ない。しかし、社会的な支持は決して少なくない。むしろ多いだろうと私は思っております。

西:せっかく学説のことを言われましたんで、学説の方から、私なりの考えを申したいと思います。私は学説というのは、人数の少ない多いではないと思っております。さきほどもいいましたように、私はPKOにしても、色んなものにしても、自分の説を主張して参りました。しかし、それが私は絶対に過ちだという風に思っておりません。むしろ、さきほど説明しましたように、一体66条2項がなぜ入ったのか。そういうことをきちんとした、9条の原点といいますか。9条と66条の不可分性という私の説に対して、否定的なものは見たことがありません。

ですから、私は自分の説が「正しい」「少ない」それと私の説とは無関係。私は先ほどいいました、憲法の成立過程を一生懸命調べました。世界の憲法も一生懸命調べました。そして、自分の説を主張してきているわけであります。さきほど言いましたように、PKOも多くの人達も、学会も反対でした。私はその時、民社党から推薦で出ました。民社党だけが、国会の承認が必要だと言っていたんです。私はある新聞で、「PKOに賛成だけど、承認がないじゃないかと」と言って、民社党がそれを主張し、結局承認が入りました。

そういうようなことで、まず学説というのは、数の多い少ないではない。やっぱり、自分の本当に正しいという信念を伝える。これがそうであって、じゃあ100何人全部同じか。実は、百地先生と、合憲論のアプローチが違うんです。色んな立場があっていいと思うんです。ただ人数が多いから、それが全て正しいのかと。少なくとも、学説はそういうことは関係ないと、私は思っております。

それから、世論の色々な動向ですけれども、元々、今の防衛法制そのものがかなり複雑ですよ。自衛隊法があり、周辺事態安全確保法があり、武力攻撃事態法があり、国民保護法があり、色々あるわけですよ。そしてさらに今度、新しい法律の改正が、かなりある。

だから、そういう細かいことに、あまりにも入りすぎているんですよね。一体本質はなんなのか。そういうことをもっと説明すれば、そういうことなのかと。新3要件によって、わが国の存立の危機に関わる。そして、国民の生命自由、幸福追求の権利が根底から覆される。それでもいいのですか?そういう場合に、やっぱり、わが国だけではどうしようもないでしょと。

さっきの田中耕太郎長官で言えば、国家的利己主義じゃダメじゃないですかと。やっぱりみんなで国際社会の平和秩序というものを守っていこうじゃないですか。細かい点は色々あります。しかし、本質は何なのか。先ほど百地先生は「木を見て森を見ない」とおっしゃいましたけれども、やはり本質というものをもっと考えていかないといけないし、また、我々もマスコミのみなさんも、そういうことに努力する必要があるのではないか。どこに本質があるのか。そこのところを、きちんと考えていく必要があるんじゃないかと思います。

-先生方が、現行憲法が集団的自衛権を禁止しているものではない。行使できると解されていることは理解いたしました。そこでですね、今回の安保法制と言われている、特に3要件ですね。先生方はいずれも、憲法9条があるので、百地先生も「一定の制限はあり得るだろう」とおっしゃっている。西先生も歯止めとか、新3要件は、限定的な集団的自衛権の行使だから容認できるんだという風におっしゃっている。

今回の新3要件は、特に存立危機事態というものについて、今のところ政府は、具体的にどういうケースであれば、それが存立危機じゃないのかという質問に対して答えていません。なので、事実上、自分たちが総合的に判断するんだと。「何が存立危機なのか」という3要件に当たるものをですね。それでも、これは憲法違反にならないのか。つまり一般論として、集団的自衛権が行使できるということは分かったんですが、今回は政府に武力行使の決定権限を与えるものになってはいないか。だとしたらば、それでも合憲とお考えになるのかどうか。なるとすれば、その根拠をお話いただければ幸いです。


西:それについてよく、問題とされるのがホルムズ海峡などでありますが。安部総理もそういうことをおっしゃっていたんじゃないでしょうか。存立については、こういう事態だと言ってしまうと、それ以外は全部大丈夫なんだというので、わが国の安全上、かえって支障をきたすんだという風におっしゃっておられました。

やはり、国の安全、国民の生命の暮らしといいますか、さきほど挙げた3要件。それに合致するようなことが存立危機事態ですか。逆に言うならば、なぜ存立危機事態にわが国は何もしないでいいんでしょうか。私は逆にそういう疑問を持つんですよね。ホルムズ海峡は色々あるかもしれないけど、石油が途絶えてしまった。枯渇した。どうしましょうか。機雷が巻かれている状況であっても、我々の生命線から国の存立危機というようなことに関連して、色んなことが考えられる。

だから、「これはダメだ」と言っても、色々なことが考えられるわけですから、そのためにまた、いち政府の解釈でなんでも出来るということではなくて。むしろ私が、ここで特に強調したいのは、もちろん政府がそういう場合の要領とか出しますよね。それをみんなで検討して、国会が審議をし、OKかどうかと。事前承認とかが言われているわけでありますけど。その場で、本当にこれがわが国の存立危機に当たるかどうかというのは、やっぱり一概には言えないんじゃないか。存立危機事態を憲法違反であるということは、私は断定できないという考え方ですけれども。

百地:基本的には、今回10本の改正案と新しい法律が出来ましたけれども、このうちの10本は部分改正でありまして。つまり集団的自衛権を限定的に容認したというのが前提となって、それに関連する部分を部分的に修正しただけですから、たくさんあるようであっても、実は内容的にはそんなにないだろうと私は理解しております。

一方、1本の法律は、国際貢献を恒久法とすると。これまでは、例えば派遣するたびに法律を作らなくちゃいけなかった。これでは国際貢献ができないから、恒久法にしようというところでありまして、多岐にわたっておりますけれども、構造は非常に簡潔だと思っております。しかも、今お話が出ました、存立危機事態の問題とか色々ありますけど、基本的には憲法の枠内のものであると、私は承知しております。従って憲法判断の問題はそこで一応クリア出来ていると。あとは、政策判断の問題になってくるし。その辺になると、今、お話があったような国会の承認の問題とかいう形で、シビリアン・コントロールをきちんと確保していくことが必要である。

具体的例としては、私も新聞等で報道されたものを見て知っているようなものですけれども、例えば、こんなものがありました。米軍が北朝鮮からミサイルが発射されて攻撃してくると。米軍に対する攻撃があるということで、アメリカのイージス艦が日本海に展開して、そちらの方にイージス艦を向けると、イージス艦というのは上空が手薄になるらしいんですよね。そこで上空の警戒をして欲しいということで、これも1つの集団的自衛権の行使として挙げられています。

実は有事じゃありませんけれど、過去、自衛隊にそういうことがあったんです。防衛庁の関係者から聞いたんですけれども、北朝鮮がテポドンを発射するということで、アメリカのイージス艦が日本海に行ったことがあるんですね。それで、警戒に当たったわけです。

ところが、さっき言いましたように、上空が手薄になる。一方に照準を向けますので。ロシアの偵察機が次々と飛来してくるんです。そこで、日本の航空自衛隊に対して、「上空の警戒をして欲しい」という依頼があったんですが、ご存知のように自衛隊は軍隊ではない。実態は軍隊でありますけども、法律的には軍隊ではない。つまりネガティブリストじゃなくて、ポジティブリスト。軍隊というのは国際法で禁止されたこと以外は、主権と独立を守るためには自由に行動していいというのが大原則というのが大原則であります。

警察は逆に、法制度に書いてあることしかできない。憲法9条2項が「一切の戦力を持たない」と書いてありますから。従って、戦力ではないと言わざるを得ない。実態は軍隊であるけれども法制度的には軍隊ではない。つまり警察組織の一環と言わざるを得ない。自衛隊は、法律に書いてあることしかできませんので、その時も一生懸命、法律を調べるわけです。

あるいは、これが集団的自衛権の行使になるかもしれないということで、結局、躊躇しているんですね。アメリカは、日本がもたもたしているもので、「だったら自分でやるから」ということで、警戒に当たったようですけれども、平時においても、そういうことが起こっておりますから、有事においては当然起こるだろうと。例えば、そういったものがあると思います。

もう1つは、先ほどおっしゃったように、ネガティブリストではなく、ポジティブリストですから。まず、基本原則は、法律に書いたことしか出来ないということを外国も知っているわけですね。その上で、そこに政策判断の部分まで「これとこれはいい。これはダメだ」なんてやったら、全部あからさまですよ。従って、不透明さはやむを得ない部分がある。もちろん、シビリアン・コントロールで、きちんと確保していかないといけませんけれども、むしろ本当に防衛を考えたら、そういう部分が出てくるのはやむを得ない。今の法制度がそうなっているところがあると、私は考えています。

-徴兵制について伺いたいんですけれども。政府は憲法解釈によって徴兵制は認められないとしておりますけれども、この点に関する両先生のご見解をお聞かせいただければと思います。解釈の変更によって認められることはあり得るのかどうか。お考えを聞かせていただければと思います。

西:憲法18条、その意に反する苦役。これに徴兵制があたるかどうか。これについて、私は、憲法解釈上は当たらない。そういうことを1981年の古い古い本ですよ。「正論」という雑誌に寄稿しました。

まず言えることは、今の18条「その意に反する苦役」。これはアメリカの憲法から来てるんですよ。アメリカの憲法には「意に反する苦役」というのが、憲法の条文にあるんですよ。今の日本の憲法はアメリカ憲法の条項をかなり入れてますからね。これもそうなんです。そこでアメリカは、第一次世界大戦で、選択徴兵制になりました。それが憲法違反かどうか問われました。1920年そこそこですよ。その時に、連邦最高裁判所で、はっきり「徴兵制は憲法違反ではない」と言っております。

プラス、世界の憲法を、その時に全部調べました。「その意に反する苦役」は、強制労働もそれに当たるだろうと言われております。強制労働の禁止は世界にいっぱいあるんですよ。強制労働の禁止をしながら、一方において、徴兵制を認めている。遥かに多いですよ。

また、私は比較憲法的の側面から見て、「これはおかしいですよ」と言ったことはあります。これはむしろ逆に指摘していただいて光栄なんで、ぜひ私の論文を見ていただきたい。今どき、徴兵制は不要です。必要ないです。これもある自衛官に聞きました。鉄砲担いで徴兵制、そんな時代ではない。今まさにITの時代である。世界をみてご覧なさい。イタリアでは、徴兵制規定してるんですよ。だけどやっておりません。ドイツも徴兵制を規定しているんですよ。でも、実際はやっておりません。やっているのはスイス。ここはやっておりますよ。そういうことからして、私は徴兵制というものは不要であるということを申し上げたいと思います。

ただ、政府は政府で解釈してらっしゃるので、どうぞと。しかし、私は今言ったような理由から、「その意に反する苦役」だろうと「強制労働」だろうと、徴兵とは別個のものである。国を守るということと、意に反する苦役というのは別個であるということを、色々な憲法を調べて結論を出しました。それが私の学説であります。よろしいでしょうか?

百地:この点、私も何を持って憲法違反とするかということですが、「苦役から自由」を使っているのは政府ですけれども、これについては自衛官の武田空幕長でしたか、辞められる時に、意義を申し立てたことがありました。

もし、軍事的役務に就くということが苦役に当たるとするならば、自衛官は自らの意思に基いて苦役に就いているのかと。国の防衛という神聖な仕事をしているにも関わらず、これが苦役というのは、私どもとしては耐えられないという趣旨の発言をしたと思うんですね。

西先生がお話されましたけども、私もその点は、国際人権規約におきましても、軍事的性質の役務は強制労働に当たらないということになっておりますから、「その意に反する苦役」と見ることはどうかと思います。

しかし、9条は戦力を持たないとしておるわけでありますし、その下で徴兵ということはあり得ないと。だから現在の憲法の下で、徴兵制は憲法違反であり、将来も考えておりません。また解釈変更というのは、当然、憲法の枠を超えますから、これはあり得ないということです。

それからそもそも、先ほどと重なりますけれど、今日では徴兵制は廃止される傾向にある。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツといった国々は、いずれも廃止。あるいは中止しているわけです。ハイテク化の中で、お金がかかるし、役に立たないという実際もありますから、現実的にはあり得ないという風に私は考えております。

-武力行使の一体化についてもう少し詳しくお話を伺いたいと思います。現に武力行使を行っている他国軍への後方支援。これは世界的に見ると、武力行使の一環とされるのではないかという意見もあるかと思います。その中で、百地先生の資料を拝見しますと、「わが国独自の解釈である」とありますように、世界的に見ると、食糧であったり、武器を補給するということは、兵站であり、これ無しに戦争はできないわけであって、武力行使の一環だとみなされる意見もあるかと思います。全く別次元であるもので、違憲にあたらないという風におっしゃられていますので、その辺をもう少し詳しくお伺いできればと思います。

百地:実は私も、その辺の話は専門ではありませんので、乏しい知見しかないんですけども。これはまず、集団的自衛権の問題とは別だということですね。武力行使に繋がるのが自衛権ですから、今回の集団的自衛権の限定的容認とは直接関係ない。だから、一体化の恐れがあるから、集団的自衛権の容認は憲法違反であるという議論は成り立たないということを最初に言いましたよね?そこで国際貢献の一環として、他国に日本は軍事的な貢献ができないと。だから、せめて後方でもって応援しようと。そういう指示だと思うんですね。

それについて、兵站と戦闘区域を簡単に切ることが出来ないんじゃないかと色々な議論があります。それも良く分かります。しかし、わが国としては、憲法の拘束がありますから。何も出来ない訳にはいかない。やはり世界の色んな意味での大国として、責任を果たさないといけない。湾岸戦争の時に、金だけ出しても結局感謝されなかった。ということで、それなりの貢献が必要があるってことで、やむを得ず法律概念上、戦闘地域と非戦闘地域を分けて。

かつては、ほぼ戦闘地域にならないだろうというところだけしか出さなかったのがですね、今度の法案では、現に戦闘地域でないところには出せると。少し踏み込んでやっているようですけども、この辺は、憲法論というよりも政策判断の問題ですし、軍事的な知識がないと、必ずしも正しい答えは出来ないと思いますが、そういう構造になっていると。

憲法・法律に照らすならば、ある程度そうやってやらざるを得ないんじゃないかと。分けなかったら、何も出来ないということになりますから。そういうことじゃないかなと私は考えております。

西:武力行使の一体化については、先日の党首討論で、そろそろ終わりかなと思ったら、志位委員長が、「安保法制懇の西氏が…」と、私の名前を挙げられて驚いたんですけど。武力行使の一体化に国際法上の概念はないんですよ。それは政府が武力行使の一体化というものを、自ら枠組みづけたということなんですね。憲法上、武力の行使はダメなんです。だから政府はあえて、武力の行使はダメなんだけど、武力行使に至らないけども、その手間のものまでやらないほうがいいと。

政策判断とおっしゃいましたけど、例えば、かつては非戦闘地域と戦闘地域と分けましたね。しかし、今は非戦闘地域と言っても、ミサイルがボンと飛んできて、その範囲が戦闘地域であれば、何もできないと。だから、今はその現場ということになりましたよね。

それは、政府として武力行使は憲法に違反しているから、その一歩手前で武力行使の一体化まではやらないようにしましょう。飛び立って行く飛行機に給油しないようにしましょう。整備はしないようにしましょう。武器弾薬はやめましょう。ということを政府が自ら制約を課していったわけですね。

今回の場合は少し変わってきますけども、しかし、結論として、武力行使の一体化という国際法の概念はありません。だから、武力行使の一体化までやることは必要ですけれども、武力行使にいかない範囲の中での解釈判断、政策判断は私が否定するものではありません。

ただ、国際法には、武力行使の一体化というものはないし、法制懇の結論でも武力行使の一体化というのは、国際法になじまないんじゃないかという報告書を出していることは事実であります。そしてまた、私もそういう立場から、私の論文でちょっと発言をしたと。以上が私の基本的な考え方です。

-今回の安保法制のような、国が重要な政策判断を行うに際して、学者の役割というのは、なんだと思っていますか?こういうことを申し上げるのは、さきほどの説明の中でも、学者の解釈はあくまでも指摘解釈であって、政府や国会を法的に拘束しないものだというご説明がありましたし。先日の憲法審査会で、3人の学者が「違憲」という解釈を述べたあとに、国のほうが当面、憲法審査会を開かないというような発言をしていました。高村さん(自民党副総裁)さんは、「決めるのは政治家であって、学者は学者じゃないか」みたいな言い方をされていたんですが、国が重要な政策判断を行う際に、学者の役割というのはなんだとお考えですか?

西:学者の役割は、学者の立場として、自分の研究を発表することだと思っております。今回の件でいえば、私は「政府の解釈が元からおかしいんですよ」と言っております。

だから、学者の一番の大切なことは、学問的な視野から学問的良心に基づいて研究し、それを発表する。それが学者の使命だと思っております。それをどんな風に考えられるかは、第三者のみなさん方が、それぞれお考えになられることでしょう。政府と私は一体とは思っておりません。私の考え方をしゃべる。それをどう評価なさるかは、みなさんです。今日も、集団的自衛権が「合憲」というのは、我々の立場で申し上げました。それをどう考えるかはみなさんの判断で、政治がどうこうというつもりはございません。

百地:法的拘束力の問題でいいますと、学者の説を公務員が拘束するということはあり得ないわけです。最高裁の判断がこの国の機関を拘束するし、あるいは政府解釈ですとか、国会の決議等が拘束するのは当たり前でありまして、いくら優れた学者の説であっても、それを参考にしたりすることはあり得ますよ。

だけど、法的に拘束されることはない。これは基本でありまして、私だけの独自の見解ではありません。その上で、西先生がおっしゃったように、学者としては、私の場合、憲法学の立場から、何が真実かを探求し、具体的には色々な条文の解釈について、より妥当だと、より説得力があると思われる、そういう説を自ら考えていく。

そのためには、色々な知見も必要だし、学問的研究が必要であると。それが結果的に政府を動かせば、ありがたいことだし、かといって政府のために一生懸命仕えている気はありません。

権力に仕えるのは、御用学者でしょうけれども、私の説を使っていただけるなら、大いに使っていただこうっていう気持ちでありまして、別に政府に仕えているつもりはありません。

ちなみに、御用学者でいえば、政府だけじゃなくて、野党にも、マスコミにもいると思いますから、その辺は色々あると思いますね。

編集部撮影
小林節教授写真拡大
-(小林節 慶応大学名誉教授)大変勉強になりました。ありがとうございました。1点だけ、(百地先生が)私の24年前の古い文献を引用されたんですけれども。私は真剣に日々、勉強して考えて論争に参加していて、立場が変わったんです。24年前の私の文献と、今の文献を、おもしろおかしく並べられたのは、ちょっと納得いきません。それだけです。あとはこれまで通り、楽しく議論させていただきたいと思います。今日はありがとうございました。

百地:一言いいですか。そう言われたら、確かに古い文献かもしれませんが、でもそういうことがあると、また将来、私はなぜ説を変えたのかという本が書かれたらいけないんじゃないかなと。失礼かもしれませんが、私は思います。

西:(小林節)先生は、進歩して、説を変えたんだと。さらにまた、今の説を進歩して、また変えていただきたいと。我々のほうに近づく説をぜひ取っていただきたい。それが先生に望む進歩であります。

小林:私、死ぬまで進歩し続けたいと思いますので、変わること自体をからかわれることは心外でございます。だから、「今度、また変えられたら困る」と言われても、変えたくなったら変えます。ちゃんと毎回理由をつけておりますから。西先生とご一緒できる日が、また来たら、それはそれで楽しいと思います。

西:私は知見が小さいものだから、ディベートはあまり好きじゃないんですけど、学問的な討論になれば、いつでもやりますんで。

-お二方に1問ずつ質問よろしいでしょうか?西先生には、砂川判決の法理のところで、今日は非常に長い文章を引用していただいて。確かにこの中に、「集団的自衛」という言葉があることも確認いたしましたが、流れをずっと読んでみますと、あくまでも日米安保条約を合憲というための、1つの通り道としましての、集団的自衛権の容認であって。

もうちょっとはっきり言うと、アメリカが日本に対して、集団的自衛権を持って、安全保障条約で、日本の安全保障を担っているという趣旨の流れの中での、集団的自衛への言及でありまして、集団的自衛一般についても、日本の集団的自衛権についても、意図していないくだりとしか思えないんですね。

これを、「集団的自衛を射程において」という言い方をするとね。「射程」というのは、あくまでもその時点では、ある程度の形があってね、将来的にそれを容認させるための意図と企みがあったような表現だと思うんですね。

それに対して高村さんがおっしゃっているのは、「この砂川判決は、集団的自衛権について触れてないけど、排除してない」と。確かに、触れていないけど、排除していないのも事実であります。やっぱりそのレベルでの引用のされかたのほうが、適当だと思うんですが、それについて西先生の話を伺いたいです。

それから百地先生ですね。おっしゃるように安全保障環境の変化によって、日本がやらなきゃいけないことが、結構いっぱい出てきていると思うんです。その中で、安保法制で「木と森」って話がありましたよね。要するに、小さなリスクばかり議論しているけども、大きな抑止力が高まるものについての議論がないじゃないかと。まさにその通りだと思うんですね。森についての議論も、木についての議論も、なかなかしっかりされていないと。

ただ一番分かりやすいのは、リスクもあるけども、抑止力が高まるという大きなメリットもあるんだという議論をしていただくことだと思いますが、その辺は、いかがでしょうか?


百地:おっしゃる通りでありまして、ただ私が言いましたのは、リスクの事柄が、小さな事柄だという意味ではないんです。議論があまりにも細かい議論になっていて、全体が見えないから全体が見えるような議論をして欲しいという意味で私は言ったんです。

リスクの問題ももちろん大事です。おっしゃる通り、当然リスクは可能性としては高まるんです。これを政府が認めなかったのは、私は不自然だと思うんです。高まるからこそ、それを少しでも減らすように努力しなくちゃいけないし、他方、自衛官はいざという時には、「神妙として」という趣旨の宣言をしてるから、我々はそういう覚悟で臨んでいるという声も聴くわけですね。

それをただ、自衛隊のリスクがどうのこうのということで反対するのは、彼らにとって不本意だということも聞いたことがあります。従いまして、リスクの問題も考えつつ、しかし、「抑止力としては、どうしても必要なんだ」と言うことを国民に言えば、支持は高まってくるだろうと思います。

西:今のリスク論ですけど、新法を作って、何かを行使するわけですよ。これはリスクが増えるわけです。問題は、自衛官の生命とか、自衛官の家族もいっぱいいるわけですから、国のためにやっていかなきゃいけないのは当然です。

リスクを高める、増えるけれども、リスクをいかに抑えるかということが、まさに政府が求められ、指揮官にも求められると思います。今まさに、PKOでずっと行っているわけですよ。PKOの時も、リスクが当然増えているわけですよ。増えているけど、本当にリスクを低くしていった。だから、少なくとも、自衛官には死傷者がいない。そういうところで、リスクをどうやって少なくするかは、これからも当然、努力しなければならないのは当たり前のことです。ただ自衛官は、その服務に従って、「一生懸命やるんだ」と言っていることも事実であります。

それからもう1つ。砂川事件は、あくまで私はさきほど言ったようなことから、認めているとは言っていません。意識はしているけれども、否定はしていないんだ。というようなことの前提。さきほど言いました、集団的自衛が全く書いてない。ちゃんと書いてあるじゃないですか。

しかし、集団的自衛権は合憲とは言ってませんが、否定もしていない。個別的自衛権の中に、集団自衛権、個別的自衛権も入るんだ。その固有の自衛権の中には、国家の固有の自衛権を持っているんだ。ということですから、否定の根拠にはならない。だからといって、私は絶対に「合憲」ということは言っておりません。「否定の根拠になりませんよ」ということを、先ほど申し上げたわけです。

-射程というのは?

百地:それは私が使った言葉でですね、正しいかどうかは分かりませんが、少なくとも集団的自衛権を念頭に置いて判断していることは間違いない。それは旧安保条約そのものが、ちゃんと集団的自衛権の行使として、駐留軍を置いているということでしょ。それを認めているわけですから。それを議論しているのに、最高裁が集団的自衛権は、全然脳裏になかったというのはあり得ないということです。

その上で、あの判決をどう見るかということで、細かい話になりますが、最高裁は安保条約の合憲性については、直接判断してないんだから。従って、一種の暴論みたいなものだっていう考え方があります。

しかし、あそこで問われたのは、駐留軍の違憲性でした。その論法として、我が国の指揮・管理権があるかどうかで判断して、指揮・管理権がないから、戦力には当たらないというのが、1つの結論でした。

もう1つが、安保条約がもし違憲であるとするならば、その違憲の条約に基づいて、駐在している米軍は違憲だという議論ですよね。そこで安保条約の合憲性を問うたわけですが、最高裁は、最終的に、一見極めて高度に政治的な条約については、まず基本的に締結権を持つ内閣ですね、承認権を持つ国会、さらには、主権者である国民が判断しなさいということを示しました。

にも関わらず、例外的に高度に政治的な条約であっても、一見極めて明白に違憲無効の場合は、最高裁が違憲といいますよと述べたわけですね。その先は、みなさんきちんと言わないと思いますけど、最高裁は一見極めて、違憲とは思わなかったから、違憲とは言っていないというのが第一です。

それから最高裁は反対していないんじゃなくて、最高裁はこれについて国会と内閣、さらには、国民が判断しなさいという判断をしたんだということですから。最高裁がその一切のそれについて、逃げてしまったかのように言うのは、法理論として正しくない。私は暴論とは言い切れない。むしろ、主論の1つだと思っております。

-1つ確認をしておきたいのが、これは1959年のことですから、いずれにしても、旧安保条約についての判断という形でよろしいでしょうか?それ以降の新安保条約については、全く別の解釈をするということもあるかもという議論があるかもしれない。

百地:いや、そこは先例があれば、基本的にはそのまま最高裁判決がない時は、それを前提に解釈するのが自然であると。

西:否定されていないわけですから。

-1960年の安保の時に、国論が2分したわけですね。その結果、色んなことが起こったと。今度のことが、またそういうことになっちゃいけないわけですね。実は私がそのことがあったんで、イギリスに行って、日本の行く方向を考えたんですけど。いずれにしても、今の憲法の解釈について、専門家とか国会議員がするのと、普通の人達がするのとでは、違ってくるんですね。

18歳未満の選挙権も出てきますから、その時に、非常に分裂した形で、色々な思想が伝わったら困るんですね。ですから、今一番必要で、共通の底辺があるべきことは、我が国は平和国家である、平和憲法であると。しかしながら、自衛権があるということを、はっきりと全文か追記か9条の3項ぐらいに入れると。そうしないと、なかなか分裂してくる。

特に、今のような形で論争をやっていった場合、最終的には内閣国会への責任がものすごいんですけどね。これについては、確かに抽象論で判断も確かに難しいんです。しかし、今の憲法を良いとしている人達、自衛権があるとしている人達は、自然権があるとか、ケロッグ不戦条約とかパリ不戦条約については、不戦と言っているけど、それだけでは国民にわかりにくいから、それを早く解決するために、そういうものを平行して、早く憲法改正すべきであると、お二人の先生はお考えになりませんか?


西:解釈があまりにも多くなりすぎました。何がなんだか分からなくなりました。もう70年近くなるわけですから。ここでね、誰が読んでも非武装、誰が読んでも自衛戦力を持てるんだ。もうこの辺で、国民投票をやろうじゃないかと。もう憲法改正のところまで来ているんじゃないでしょうか。

百地:私も、保守的な解決は憲法改正しかないと思っています。賛成です。私自身は、憲法9条1項の、いわゆる戦争放棄。平和主義の条項は堅持すると。日本から戦争することがあっては絶対にいけないということですね。そのうえで、2項。

このままでは、もし外国から攻撃を受けた場合、自衛隊は法的に軍隊ではない。従って対応できない部分がたくさんある。それゆえ、自衛のための軍隊を保持するということを明記することは必要である。これが私は最終的な解決策だと思っております。ただすぐにはいかないようですので、まず出来るところから国の安全をと考えている次第であります。

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