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【全文】集団的自衛権「合憲派」の西・百地両教授が会見〜①冒頭発言

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映像:ビデオニュース・ドットコム
6月19日、集団的自衛権の容認派として知られる駒澤大の西修名誉教授と日本大の百地章教授が日本記者クラブで記者会見を行った。会見で、両氏は、現行憲法の下でも、集団的自衛権の行使は可能であるというその根拠を展開。また、衆院憲法審査会で「違憲」との考えを示した3人の憲法学者について反論した。質疑応答では、そのうちの一人、小林節・慶大名誉教授が質問に立つ一幕も。

西教授の冒頭発言

西:結論部分を申し上げて、それに関連して説明をさせていただきます。 (一)憲法第9条の成立経緯を検証すると、同条と第66条2項とは不可分の関係にあり、自衛権の行使はもちろん、自衛戦力の保持は認められない。
(二)比較憲法の視点から調査分析すると、平和条項と安全保障体制(集団的自衛権を含む)とは、矛盾しないどころか両輪の関係にある。
(三)文理解釈状、自衛権の行使は全く否定されていない。
(四)集団的自衛権は、個別的自衛権とともに、主権国家の持つ固有の権利(自然権)であると位置づけられております。そこで両者を全く区別しておりません。
(五)集団的自衛権の目的は抑止効果であり、その本質は、抑止効果に基づく自国防衛であります。そのような国際的な共通認識の下に、世界では集団的自衛権の網が張り巡らされております。かつて北大西洋条約とワルシャワ条約の存在があったからこそ、ヨーロッパで冷戦が熱戦になりませんでした。
(六)我が国は、国連に加盟するにあたり、何らの留保も付しませんでした。国連憲章第51条を受け入れたと見るのが常識であります。
(七)憲法第9条の解釈との関係は、ここで一応私はクリアしていると思います。要するに、固有の権利である個別的自衛権、集団的自衛権を特に分けないで受け入れたということですね。憲法解釈と政策判断の問題をきちんと分けてこなかったことが、混迷の最大の要因であると、私は思うわけであります。

ここのところが少し飛躍しておりますので、説明を加えさせていただきます。要するに、憲法9条との関係というのは、あくまで、集団的自衛権と個別的自衛権を分けないで受け入れた。だからこれは、両方共、自衛権として、解釈上は両方とも受け入れているんだ。ただ、この憲法解釈と政策判断の問題ということでありますけれど、なんでも政策判断で出来るのかというと、決してそうではございません。憲法解釈としては、やはり自衛権の枠内であると。

それから国際平和の秩序安定。そういうものに資する。こういう大きな憲法の平和理念というものが、当然憲法上の要請としてあります。だから、政策判断ではありますけども、そういう憲法上の要請は受けているんだということを、誤解のないようにしていただきたいと思います。

(八)政府は、恒久の平和を念願し、国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。誠意と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求するという国民の願いを厳粛に受け止め、国際平和の推進、国民の生命、安全の保持等のため、最大限の方策を講ずるべき義務を負っている。こんな風に思うわけであります。

(九)国民の付託を受けている国会は、自衛権行使の範囲、対応、歯止め(制約)、承認の有り様などについて審議を尽くすべきである。そして、今の問題でありますけれども、今回の安全保障関連法案は新3要件など、限定的な集団的自衛権の行使容認であり、明白に憲法の許容範囲である。これが私の結論であります。

もう少し、詳しく時間の許す限り説明を加えさせていただきたいと思います。憲法第9条と自衛権の行使との関係でありますけども、私はGHQの中心人物チャールズ・ケーディスに4回会ったり、極東委員会でかなり詳しく調べて参りました。ごく簡単に言うならば、自衛戦争も放棄して、これを中心に日本の憲法を作れというのが、マッカーサーノートでありました。

そこには、自衛戦争の放棄がはっきり明記されておりました。けれども、民政局次長で、日本国憲法作成案の中心的人物であるチャールズ・ケーディスは、自衛権放棄の部分は削除いたしました。なぜ削除したのか。「これは非現実であると思ったから」と、私にはっきり言っておりました。「It seem to me that was not realistic」とはっきり言いました。

だから、その部分は削除したんです。そこで総司令官が出てきた。これが成立過程の第一の大きなポイントであります。第二のポイント。いわゆる芦田修正。芦田修正については、あえて詳しく言う必要もないかと思います。自衛のためであれば、自衛戦力の補助は可能である。要するに、芦田修正において、自衛のためならば、自衛戦力は保持し得るんだと解釈の余地が出来ました。この後であります。この後の成立・過程について、ほとんど調べてなかったんですね。

そこで私は、ワシントン、イギリスの国立古文書館まで行って、極東委員会の資料を精査しました。これは、かなり議論になったんです。芦田修正が。そこでどういう結論になったか。ここで、こういう発言があったということを申し上げておきたいと思います。

「中国の代表が芦田修正によって、我々に次のことを教えてくれるであろう。すなわち、戦争目的や国際紛争解決するための威嚇としての軍事力を行使する以外の目的。すなわち、自衛目的であれば、軍隊の保持を認めることになろう。」

これは絶対に許されない。こういう意見が極東委員会の中で大勢を占めたわけです。そして、その意見がマッカーサーを通じて、吉田首相に渡されました。この時は、貴族院の段階でした。そこで、極東委員会の強い要求だということで、現在の第66条が導入されたわけであります。その間、非常におもしろい言葉が残っております。

それは、文民条項の導入ということで、宮沢俊義先生が「もうこれは、しょうがねえんだ。どうやってもしょうがねえんだ。自主的ではないんだ。自己欺瞞だ」とはっきり言ってるんです。そしてこれが、強引に入れられたんです。

なぜ入れられたのか。要するに、芦田修正によってですね、自衛のためなら軍隊が出来る。軍隊が出来ると、軍人が輩出する。軍人が輩出すると、大臣になる。大臣になると、ミリタリーコントロールになる。だから、それはダメだというんで、極東委員会のものすごい強い要求で今のシビリアン・コントロール。すなわち、文民条項が入ったんです。それが歴然たる事実なんです。

このことについて、この時の政府は知りません。学説もこのことをきちんと報告しているものがありません。ですから私が申し上げたいのは、66条に文民条項が入った背景を、歴史的にきちんと検証して欲しい。66条と9条の不可分の関係というところを、私は強調したいところであります。

次に、比較検討的な側面から申し上げたいと思います。よく我が国の憲法は、平和憲法と言われ、「非武装でなければならない」と言われますけれども。これも私は、世界の188の成文憲法を調べてみました。すると、188のうち158の憲法には平和条項があります。

では、その平和条項というものが、非武装を言っているのかというと、全くありません。平和条項と国防条項というのは両輪の関係にあります。それから、例えばですね、我が国の国際紛争解決手段としての戦争放棄。これと同じような規定をしているところが、イタリア、エクアドル、アゼルバイジャン。それらの国においては、軍隊を持ち、徴兵制、兵役の義務を持っております。

それともう1つ。これは世界の1990年以降から2010年までに作られた全く新しい102カ国の憲法を全部調べてみました。その中の、9つのものについて、ご報告を申し上げたいと思います。これは誰もやっていませんので、少なくともこれだけ見つけたということが分かりました。

それと同時に、国家非常事態条項、これは102カ国で全部あります。世界の憲法というのは、平和と安全、国家非常事態の対処。当たり前のことなんですね。そういうことから、憲法9条というものの成立過程、それをまた広く世界の中から見て行きたい。私はそんな風に思うわけでございます。そして、私なりに一生懸命努力したつもりでございます。100何カ国大変だったんです。2年がかりだったんです。

それから次に、文理解釈の視点から。砂川事件大法廷判決をどう見るか。これは、私が全部しゃべってしまうと、百地先生に悪いですからね。ここのところは、百地先生が、もうちょっと強調なさるはずであります。読み方とすれば、基本的には同じであるということで、百地先生にお譲りしたいと思います。

それから、集団的自衛権とは一体なんでしょうか。典型的なものとして、北大西洋条約の第5条があります。要約ですけど、「条約加盟国の一国ないし二国以上に対する武装攻撃は全ての加盟国に対する攻撃と見なして、地域の安全を回復し、及び維持するために兵力の使用を含めて、必要と認める行動を共同してとることにより、非攻撃国を共同で援助すること」これが、北大西洋条約。かつてのワルシャワ条約、米州相互援助条約も、これとほとんど同じです。

今日、北大西洋条約を始め、米州相互援助条約などの多国間条約。米韓相互防衛条約、米比相互防衛条約などの2国間条約などが張り巡らされ、自国防衛のように供しているわけであります。これが世界の現状なんです。集団的自衛権のほうが、自国のみの防衛よりも遥かに安全で安上がりだと。そういう国際的な共通認識があるからこそ、集団的自衛権が張り巡らされているわけであります。その目的はなんでしょう。抑止効果です。そしてそれに基づく本質はなんでしょう。本質はそれに基づく自国防衛です。

だからこそ、さきほど言いましたように、北大西洋条約とワルシャワ条約の存在があったからこそ、ヨーロッパでの戦争を抑止してきたという冷厳な事実に目を向けるべきだと私は思います。

一方、無いのはスイスなんですね。スイスは永世中立国として、集団的自衛権は否定しておりますけども、ただし、みなさんご存知と思います。ハリネズミのような重武装。徴兵制を敷いております。集団的自衛権の禁止派は、我が国をこのような国防体制を取ることを望んでいるんでしょうか?やはり、日米の同盟関係の中で、我が国の安全保障を維持していく。こちらの方を多くの人が望んでいるんではないでしょうか。

そして、国連憲章51条でありますけれども、集団的自衛権を個別的自衛権と共に、各国が持つ固有の権利。固有の権利というのは、国連で公用語とされているフランス語、中国語で「自然権」という訳語があてられております。「自然権」とはなんでしょう。人は生まれながらに持っている権利が自然権であるように、国家がその存立のために持つ権利が個別的自衛権であり、集団的自衛権であります。そこに何らのサインは設けられておりません。

そしてまた、集団的自衛権がなぜ入れられたのか。アメリカ・フランス・イギリス・ロシア及び、中国の5大国が拒否権を持っている集団安全保障体制だけでは、自国の防衛を期待できない。だから、現代の集団安全保障体制では、ある国が国連憲章に反するような行為を行えば、最終的には軍力を講ずることができるけれども、そのためには、上記5カ国のすべてを含む安全保障理事国15カ国のうち、9カ国の賛成が必要であることは、ご存知の通りであります。

特に常任理事国の5国中、いずれか1カ国でも反対すれば、効果的な措置を取ることはできません。そこで有効な措置として、存在しているのが集団自衛権であり、中南米小国の要求によって、これが入ったわけであります。

次に、政府及び学説の解釈について、一言申し上げたいと思います。政府の統一解釈。我が国が国際法上、このような集団自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において、許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため、必要最小限の範囲に留めるものと課しており、集団自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されると考えている。

その淵源は、昭和47年10月の政府資料なんですね。当時は、非武装と反安保となる社会党が一定の勢力を保ち、同党の必要な攻撃に対して、政府は防戦を余儀なくされた。従って、論理的な帰結というよりも、政治的な解決が色濃く反映された結果といえる。

そこで政府解釈に対する、基本的な問題でありますけど、先ほどの政府解釈について、私なりに非常に疑問を感じるわけであります。日本は主権国家であり、憲法上自衛権の行使が否定されていないというならば、なぜ集団自衛権の行使が認められないのか。国際補助主権国家として、当然認められている、集団自衛権の行使を認めないというならば、日本は主権国家ではないのだろうか。集団自衛権の行使は、なぜ憲法上許される必要最小限度を超えるのか。憲法上許される必要最小限度の集団自衛権の行使もあり得るんじゃないか。そんな根本的疑問に十分に答えないまま、何十年も過ごしてきたのが現状であります。そしてそこに、解釈上の切れ目が生じてきたわけであります。

最後に、東京大学教授から最高裁判所裁判官に転じた伊藤正己氏の指摘をちょっと申し上げておきたいと思います。「民商法、刑事法などの領域では、明治以来今日まで、学説と判例は、一般的に手を携えて解釈法理を発展させてきた。ところが、憲法の領域では学説と判例の落差が相当に大きいように思われる。率直にいって、民刑事法の領域と比較して、憲法判例の場合に裁判官を指導する力が乏しい気がした」とおっしゃっています。

政府の本来の解釈がやっぱりおかしいんです。おかしいところに、さらに積み重ねて言ってきた。段々上塗りしていって、目塗りがどうにも出来なくなった。私の趣味は落語ですけど、「鼠穴」というのがありましてね。鼠穴から入っていって、大火事になったということがありますけども。どっかに漏れる。それが大きくなっていくということであります。

憲法第9条の評価について、これはあえて申し上げたいと思いますけども。今、護憲を主張なさっている共産党。以前はどんなことを言っていたのか。昭和21年8月24日の本会議であります。「現在の日本にとって、今の9条は1個の空文に過ぎない。日本共産党は、一切を犠牲にして、我が民族の独立と繁栄のために奮闘する決意を持っているのであります。要するに、今の9条は、我が国の自衛権を放棄して、民族の独立を危うくする危険がある。それに我が党は民族独立とこの憲法に反対しなければならない。」これが当時の共産党の意見であります。

さて、そこで一体どうすればいいか。小さく私なりに考えてみました。政府及び学説は、第9条の成立経緯及び、国連加盟時の原点、すなわち自衛権の行使は可能なんだ。自衛戦力の保持も可能なんだ。個別的集団自衛権も容認できるんだ。そういう立場に立ち戻り、解釈の再構成をすべきだと思います。

一言でいうならば、私の説を取りなさいと。これは不可能です。だからどうすればいいか。流れが来ているわけであります。究極の国民投票。私は提案したい。第9条、誰が読んでも自衛戦力さえ持てない非武装条項に改めることと、誰が読んでも自衛戦力(軍隊)を持てるような条項に改めることと、二者択一の国民投票を実施することを望みたい。

最近、出しました「いちばんよくわかる!憲法第9条」を読んでいただきいたいと思います。最後に、色々と新聞なんかを見ていると、政府解釈の細かいことを、針の穴をつつくような記事もあります。やっぱり今、一番大切なのは、我が国の厳しい国際情勢を冷静に分析することが寛容なのではないでしょうか。

制度には必ずメリットとデメリットがあります。ある新聞などは、デメリットだけをやっている。メリットは全然伝えていない。日米安全保障条約、PKO、その時の状況もありました。PKOの場合、国会で私は発言しました。学説は少数派でした。でも今、PKO反対の方はどれぐらいいらっしゃいますか。そういうメリット・デメリットを是非、後世に報道していただきたいと思います。

なかんずく、戦争などのレッテル張りはやめましょう。私は、内容は、戦争抑止法だと思っております。もちろん、中身を精査することは必要であります。しかし、もっと大きな目で平和安全保障体制をどう考えるか。そして、その中で、限定的な課題の集団自衛権。これを認めることによって、我が国の平和、世界の平和、安全保障。もっと広い目で考えてみましょう。

そして、決して憲法はそれを否定しているわけではありません。むしろ、国際社会の平和、秩序、意思。これを憲法が要求しているんだ。そういう中で、憲法を本当に前向きに考えてみようではありませんか。ちょうど30分ぐらいになりましたので、私の発言は以上にさせていただきます。どうもご静聴ありがとうございました。

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