記事

ネットフリックスは「黒船」なのか?

OTT最大手の日本進出が話題を呼んでいる

オンライン配信サービスの本命プレーヤーが、満を持しての日本進出計画を発表し、メディア業界の話題になっている(2015年春に、アメリカを本拠にするネットフリックス社が、日本での事業構想を発表し、この秋からのサービス開始を告げた)。

♤♤

自分でつけたタイトルに、最初から釈明するのは妙なことだが、「黒船」という表現は、いささか月並みにすぎる(かつ大げさ)かもしれない。

テレビ番組や映画作品をオンライン配信で楽しむ仕組みは、日本でもすでに、さまざまな試みがあるからだ。

「GYAO」も「ドガッチ」も「Hulu」も、さらにはNHKや、各民放局も、個別の配信事業の仕組みを整えている。ここにいまさらネットフリックスが登場することで、新規サービスが始まるわけではないだろう。

そもそも「オンライン配信事業は日本でうまくいっているのか?」と問えば、答えはもどかしいだろう。「日本の有料放送市場の成長性をどう見るのか」という別の問いかけを立てて考えてみても、きっと、同じような惑いが指摘できるのではないか。

ただ海外(特にアメリカとヨーロッパの幾つかの国)に目を向ければ、オンライン有料配信事業に勢いがあるのは明らかで、ネットフリックスは、いわばその最大手だ。

世界の40の国でサービス展開し、合計で6千万以上の加入数を誇っている(ただしアメリカ国内がほとんどで、そのうち4千万以上の加入を占めている)。いずれにせよ、そのサービスが日本でもこの秋から始まるわけで、これが成功するのか、日本の放送の仕組みを、どの程度変えてしまうか。そこに関心が向けられている。

定額の見放題オンデマンドサービス

ネットフリックスは、月極めでの定額サービス(SVOD)を基本にしている。

契約すれば、好きなだけの映像タイトルを見ることができる。現状では、それも9ドルくらいの料金から設定されているようだ。アメリカのケーブス加入料金は、もともとかなり高い(ケーブル契約を単体でする場合と、通信回線などの組み合わせの場合で料金がもちろん変わるが、多チャンネル放送サービスに月額で数10ドルから100ドル近くを払うのが一般的だろう)ので、そもそも、かの地では、そこに風穴をあける低価格路線として始まっている事業だと思える。

こうしたネット回線を使う配信事業は「OTT(Over The Top)」という言葉で総称されている。ここでは「何か」を飛び越えてしまっているわけで、つまりは、従来のテレビの放送に関わっていたプレーヤーたちには驚異になっている。

ネットフリックスが普及することと、ケーブルテレビを解約してしまう動きが広まるのはコインの裏表の関係になる。いまアメリカでは「コードカッティング」と呼ばれている現象がおきている。

ネットフリックスに加入すれば、世界中から集めたドラマや映画、ドキュメンタリーや子供番組などが、基本は見放題になる。

もちろん、報道ニュースやスポーツなどの「リアルタイム」のコンテンツは選べない(とは言え、近いうちにネットフリックス社が、例えば「ニュース専門チャンネル」を傘下に持つ可能性もありうるだろうとは思うが)。それでも、「見たいものを見たいときに見る=オンデマンド型」だけで満足する層には、かなりフィットするサービスだ。

ただ、日本では月額利用の料金体系は(まだ料金は未発表だが、かなり安くは設定されるだろう)、大きな要因にはならない気がする。

そもそも、先行するサービスのHuluの例でも、千円前後の料金で何年かのキャンペーンを行っていたものの、日本の事業は、結局、日本のメディアに売却された経緯もある。料金だけが決め手にはならないことは、ネットフリックスもよくわかっているはずだ。

リンク先を見る

NETFLIXボタンが付いている東芝の新型テレビのリモコン

海外コンテンツの増加はありうるか

日本の視聴者が「海外もの」のコンテンツをこれ以上見てくれるようになるか、という点はどうだろうか。

これまでも「日本のテレビ番組はけっこう面白いではないか」という指摘がよくされてきた。もっともだと思う反面、ドラマやドキュメンタリーの(報道も含めて語ってもいいのだが)、構成の緻密さや演出の巧みさでは、特にアメリカの番組は優れていると筆者は思ってきた。

ここで日本のテレビ編成の独自の歴史に触れてもいいのだが、紙数も足りない。

簡単に言えば、1950年代に始まったテレビの創生初期では、ブラウン管に流れる海外ドラマの放送も多かった。それから日本のコンテンツ制作が急速に力をつけてきて、いまの視聴者のマジョリティは、日本の番組に慣れているということだろう。

すでに、海外ドラマチャンネルはひととおり、CSやケーブルで揃ってはいるし、BSにも海外の映画やドラマなどを編成の中心にすえるチャンネルがある。だがそう言いながらも、あまねく知られているほどでもないことも確かだ。

もちろん世界では、毎年たくさんの新しい番組が生まれている。

日本の視聴者がまだ知らない、面白い海外作品があるのは確かなことだろうし、ネットフリックスの参入を機会に、視聴の機会が増えるとすれば、いいことだ。特に、新しい作品がいまの仕組み以上に早く見られるようになれば、歓迎する層は多いだろう。

クールジャパンへの追い風?

コンテンツが豊富になるという点を、逆向きのベクトルからも考えてみよう。実は、こちらの方が興味深いと思えるのだ。

ネットフリックス側もよくわかっているようだが(広報発表資料などに問題意識が述べられているが)、「日本コンテンツの海外への紹介役を担う」姿勢を、鮮明にしている。。

現在、「クールジャパン」の掛け声のもと、日本発のコンテンツを海外へ紹介する仕組みが盛んに語られている。ジャパニーズコンテンツを紹介する回路が世界のあちらこちらに増えることが期待されている。日本資本で、こうした番組を配給する放送事業体もいくつか存在する。その動きに応じて、ローカライズやデジタル加工の工程の対応が進もうとしている。

こうした動きを考えると、番組を預けるコンテンツホルダーにしてみると、相手が世界中の市場に通じているグローバルプレーヤーであるという点は、きっと心強いことだろう。ネットフリックス社が本気で、日本の番組や映画を世界配信する動きを強めれば、その流通量は一気に拡大する可能性がある。世界の各地の視聴者の反応も、すぐにわかる。

いわばショーケースの役割を果たし、メディアデータの確保もいやすくなる。つまりネットフリックスと組むことで、日本のコンテンツホルダーたちが、これまでよりも進んだ環境で、作品の海外流通を委託しやすくなるような気がする。

♤♤

日本ではテレビ局にしても、必ずしも、番組の放送や配信に関わる権利をすべて持っているわけではない。だから、アニメとか、外部製作のドラマ、映画系のコンテンツなどは、コンテンツホルダー側が納得すれば、国内配信と合わせて海外展開をネットフリックスに任せる動きが加速してくるかもしれない。

もし、筆者がアニメや映画の権利保有者の立場で、海外での展開(ビジネス)を望んでいると仮定して、そこにネットフリックスが海外に紹介販売をしてくれる申し出があるなら「託してもいい」と判断するような気がするわけだ。

「クールジャパン構想」にとっては、いいパートナーになりうるのではないか。そこが、ほかのプレーヤーとも違うユニークな点だ(Huluジャパンが、海外オペレーションにどれだけ関与できるか、そういう方針を持っているのかを、筆者はつまびらかにしていないのだが)。

加えて言えば、NHKが担っている国際放送などとも、うまく組めないものだろうかと思う。

「NHKワールド」は、そもそもが、著作権許諾にうるさそうな番組はないし、現在のインフラの固定費負担(回線利用料)が格段に低減できるし、グローバルなリーチも一気に拡大するのではないかと思うが、どうだろう。

ネットフリックスの可能性を考え始めると、海外での活路の方が興味深い。そんな感想を持つ。

プラットフォーマーがコンテンツ制作に影響力を持つ

ネットフリックス社は、配信事業者だけの役割にとどまっていない。すでに、番組や映画の制作陣営の一角を占め始めている。この点も重要かもしれない。

映画会社や、テレビネットワークやケーブルチャンネル大手と同じように、さまざまな映像企画をピックアップし、その制作資金を提供する有力な投資元でもある。

アメリカの映像制作者や企画者たちはいま、ネットフリックス社にむけて、盛んに企画の提案をしているようだ。もしも伝えられるように、日本の番組制作にも豊富な資金を提供しようとするなら、その面での影響が出てくるだろう。

♤♤

アカデミー受賞俳優であるケビン・スペイシーは、ネットフリックスの出資で番組制作を行った経験がある。そのスペイシーが、ある国際映像祭の場で、「ネットフリックは映像制作者に極めて理解が深い」というスピーチをしている。

「うるさく口出しをしてこない。まずパイロット版を作れ、というような慣例的すぎる要望をださない」というコメントを添えていて、「制作現場に好意的な投資筋」という評価をしているようだ。

(この点に関しては、アマゾン版電子書籍『メディアショック+』《下巻》に載せた「ネットフリックス作品がエミー賞にノミネート」で詳しく触れています)。

リンク先を見る

エミー賞を紹介する「米国テレビ芸術アカデミー」のHPより

「いままで観たこともない番組」が登場するわけでもない

とはいえ、ネットフリックスが日本にやってきても、いままで見たことがないような画期的なコンテンツが、突然に登場してくるわけではないだろう。

普及するかどうかは、市場のゲームの要素(競争要因)と、日本の(おそらく保守的な)視聴者の好みをどの程度引き寄せられるかに、かかっている。

そもそも日本の映画やテレビのタイトル数は膨大であって、この市場で、いきなり大きなシェアを獲得するはずもない。

冷静に考えればそうなのだが、あらかじめ(北米中心だろうが)世界市場への配信計画も想定し、企画の選別が進めば、ヒットした場合の成果が大きいことは誰もがわかる。

関連する吹き替えやテロップの作業の需要も大きい。ほんとうは、オリジナル言語で楽しめたほうがいいはずで、その方が作品の本来の面白さがわかるにきまっているのだが、それは、また別の問題(外国語の習得の意味)を引き寄せるだろう。

「リアルタイム型コンテンツ」と「オンデマンド型コンテンツ」の分化がはっきりしてくる

いささか昔話になってしまうが、かつて『メディアショック』(同タイトルのシリーズ三冊を、電通の出版部門から出したが、最初の巻は一九九七年刊行)という本のなかで、「放送コンテンツの基準を未来に向けて考え直す」という、短い文章を書いたことがある。

筆者はそこで、デジタル化が進む放送の環境のなかで、「いま起きていることをリアルタイムに知らせる番組群」と「自分が好きなときに選んで視聴するソフト群」(当時は「コンテンツ」と書かずに「ソフト」という言葉を使っていた!)が分化をしてゆくだろう、という予測を述べていた。

そしてそこでは「リアルタイム番組」と「オンデマンド番組」のそれぞれにおいて、放送を支えるビジネスモデルも、視聴者の選択の根拠も、ことなってくるかもしれない、という考えも語った。

「リアルタイム番組」とは、「報道ストレートニュース」や「情報バラエティ」などの生放送の番組や「スポーツ中継」などを想定していた(いまでも同じことだろう)。いっぽうで、「オンデマンド番組」に関しても、こんなことを記していた。

ここで流れているソフトは、毎日更新する必要がないということだ。逆に制作にゆっくりと手間暇かけた作品が、いったん完成すれば、その後、長い時間をかけて視聴者に繰り返し見られてゆくことになる。(中略)即時性よりは芸術的な成熟を、瞬時よりは適切なタイミングに情報コンテンツと受け手の出会いが求められるだろう。ここに含まれるソフトの幅はずいぶん広い。

(「放送コンテンツの評価基準を未来に向けて考え直す」拙著『メディアショック』〔1997年刊〕所収)

あれから20年近くの時間が流れている。いささかの感慨が湧くし、筆者の側の考えていることも、ほとんど進歩も変化もしていない(いささか頑固なだけで、誇るほどのことではないのだが・・)。

この間、メディアビジネスの世界では「放送」にこだわる根拠は弱まり、「配信」という言葉が相対的に元気になってきた。そうしたメディア環境のなか、ネットフリックスが日本市場に進出しようとしている。

ネットフリックスの参入で、オンデマンド型の配信サービスがこれまで以上に存在感を増す。そして、リアルタイム型の放送のサービスとの棲み分けが、同時に進もうとしているのではないだろうか。

そして、地上波の全国放送の強みは、リアルタイム型のコンテンツに立脚した大きな共時体験にあることも、きっとはっきりしてくるような気がする。

ただなによりも、放送されるコンテンツの内容が、これまで以上に豊かになっていくのかどうかを、わたしたちは、もっと気にかけるべきなのかもしれない。

《ここで紹介したケビン・スペイシーのスピーチは、イギリスの「エジンバラ・テレビフェスティバル(2013年)」でのもので、その後、インタビューなどでも何度か、同趣旨の発言を行っています》

《なおこのコラムは、アマゾンの電子書籍による拙著『メディアショック+』のために書き下ろした文章を、個人ブログに転載したものです》

あわせて読みたい

「Netflix」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    れいわの躍進で連合は無力化か

    田中龍作

  2. 2

    TENGA社員 女性の自慰行為は普通

    AbemaTIMES

  3. 3

    落選後に実感「政治は数が全て」

    山田太郎

  4. 4

    よしのり氏 京アニ火災に虚しさ

    小林よしのり

  5. 5

    YOSHIKIスカーフ騒動 英で笑いに

    小林恭子

  6. 6

    内田樹氏 日本人は対米従属に

    内田樹

  7. 7

    宮迫博之を干す世論のいじめ行為

    岩田健太郎

  8. 8

    米大統領 日韓対立の解消支援へ

    ロイター

  9. 9

    ブッフェで食べ残しがダサい理由

    東龍

  10. 10

    「アベやめろ」は単なる選挙妨害

    かさこ

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。