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厄介なMERSコロナウイルスの広がり - 外岡立人

これまでは中東、特にサウジアラビアに限局した感染症と思われていた、その名も「中東呼吸器症候群」(Middle East respiratory syndrome:MERS、マーズ)が、韓国に転移したかのように流行している。

◆MERSという名前

この名前は本当は国際ルール違反である。そもそも、病名に人の名前や地域名を加えるのは避けるように言われてきたはずである。

名前のせいで、MERSが中東外で流行はじめると、何か違和感を覚える。同時に、流行地が中東ではないからそれほど心配はないだろうといった誤解も生じかねない。

筆者は、呼び方として「中東型SARS(サーズ)」が妥当と考えている。MERSを起こすウイルスとSARSを起こすウイルスは、同じコロナウイルスに属し、ともに新型である。コロナウイルスは人も含めて感冒を起こすウイルスである。

2003年中国で流行が始まったSARSは、Severe Acute Respiratory Syndrome(重症急性呼吸器症候群)と名付けられ、日本では当初「新型肺炎」と呼ばれた。

ウイルスの近縁差がどの程度かはさておいて、 両ウイルスとも新型コロナウイルスであって、重症肺炎を引き起こす。したがって、MERSは「中東型SARS」と呼んだ方が、理解しやすく警戒心も高まると思う。A型インフルエンザが「香港型」とか「ソ連型」などと分類されているようにである。

ちなみに、SARSウイルスもMERSウイルスもコウモリが自然感染宿主である。

◆韓国での感染拡大とスーパースプレッダー

MERSはサウジアラビアで最も多く発生していて、2012年春以来1,000名以上の感染者が確認されており、その致死率は44%である。中東で感染して母国へ帰ってから発症する事例は多く報告されている。発病者からの二次感染は英国の病院等で起きているが、非常に少ない。

今回の韓国での流行は、5月上旬にバーレーンから帰国した男性が発病したことに端を発している。11日に発症して診断が得られたのは20日であり、その間受診したり、短期間ではあるが入院した病院で医療担当者や患者が感染した。その後、男性はソウルのサムスン病院に転院して、そこの救急病棟でさらに多くの患者や見舞い客にウイルスは感染した。

このサムスン病院でのウイルス伝搬者は、最初の患者の他、その患者からの二次感染者も多くの人にウイルスを感染させている。両者はスーパースプレッダーと呼ばれるが、それは異常にウイルスを排出する、または飛沫させる感染者をいう。

スーパースプレッダーの存在はかって流行した中国でのSARSの際に知られ、市場内を歩いただけで数人に感染させたり、院内感染でも立役者になった。

スーパースプレッダーがなぜウイルスを大量に排出するのかは良く分かっていない。しかし気道から唾液中に混じってくるウイルスが会話の際に飛び散って、周辺にいる人々に感染した事実が新型インフルエンザの際に指摘されていた。そのため多弁な感染者ほど周辺にウイルス感染を起こす可能性がインフルエンザでは考えられている。そうした例がスーパースプレッダーとなるのかは定かではないが、SARSやMERSではどうなのだろうか。

いずれにしても韓国のMERSの拡大には、このようなスーパースプレッダーが大きく関与していると筆者は考えている。

サムスン病院における初期の感染防御体制に不備があったこと、病室の換気が悪かったこと等、いくつかの要因が今回の韓国のMERS流行で挙げられているが、それだけでは十分説明は出来ない。

これまでもサウジアラビアのジッダ市等の病院で集団感染事例はいくつか起きており、そのたびに原因として医療担当者の感染防御体制に不備があったといわれてきた。

チュニジアやイラン、さらにはバングラデシュでも、サウジアラビア帰りの人が発病した例はある。しかし、そこで院内感染は起きていない。またサウジアラビアを含む中東の病院で、院内での集団発生を起こした例は希ともいえる。

3週間ほどの期間に多数のMERS感染者が、ソウルと近郊の大病院を中心に発生した事実は衝撃的でもある。

6月11日現在感染者数122人、そして死者数9人であるが、致死率は10%未満と中東に比べると低い。これは韓国では軽症例が比較的多く検出されているせいと筆者は考える。サウジアラビアでは疫学調査が十分でないことから、多くの軽症例は見逃されている可能性がある。

今回の韓国の疫学調査で把握される感染者の動態は、中東以上に正確なデータとなる可能性が高いかもしれない。

◆MERSの今後

韓国や米国、さらには中国の研究チームがウイルス遺伝子を分析しているが、ウイルス変異は認められていないとされる。

この韓国の大流行で中東と明らかに異なるのは、ラクダが感染に関与しておらず、完全に人から人への感染で成り立っていることである。

この感染様式は飛沫感染であることは間違いはないが、どの程度の感染力があるのかは十分評価されてない。

一握りのスーパースプレッダーが多くの人にウイルス感染を起こしているだけで、スーパースプレッダーがいなくなると、MERSなる奇妙な感染症が人の間から消えるのであれば幸いである。

しかし、自然は人の思うような結果を必ずしも出さない。

韓国での大流行の後、MERSウイルスが地域の人々の間で気がつかない程度の小規模な感染を繰り返し、そのうち日本国内にもウイルスが広がり、大流行を起こし出してから、ウイルスの存在に気がつくというシナリオもありうる。

韓国のMERSは、中東のラクダと人の間の人獣共通感染症から、純然たる人の感染症に移行しつつあり、そして世界に拡大するパンデミックの機会を狙っている――。筆者は、そのような不安を覚えている。
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外岡立人(医学ジャーナリスト、医学博士)

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