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後記 - Googleフォトがもたらすデジカメの終焉

「イノベーションの風を読む」というタイトルで新しく連載を始めたWedge Infinityでの最初の記事(Googleフォトがもたらすデジカメの終焉)には多くのアクセスをいただいたようだ。

ちょっとセンセーショナルなタイトルに耳目を集めてしまったようだが、書きたかったことは最後の部分だ。
音楽や写真や本や映像、そして(もしかするとゲームや)コミュニケーションは、人々の生活になくてはならないものだ。技術やインフラの進歩によって、その楽しみ方(HOW)は変化していくが、人々の基本的なニーズは変わらない。目の前で実現されているHOWを忘れて、その基本的なニーズに立ち戻って考えるSJのような人がいる。そのとき利用可能な技術やインフラや社会的な制約を無視して新しいHOWを追い求め、空想のような妄想のようなアイデアを突き詰めていく。そんな取り組みの中から、人々が考えもしなかった新しい体験が生まれてきた。
スマートフォンによって、コンパクト・デジタルカメラは以前のようには売れなくなってしまった。いくつかのプレーヤーはデジタルカメラ事業からの撤退を余儀なくされるだろう。そして、残ったごく少数の企業が、市場に残存する利益を得ていくという構図が残る。それは、技術やインフラの進歩によるビジネスとしての自然な流れではある。

多くの人々はそれに流されてしまうだろうが、果たしてそれでいいのだろうか。

フィルムカメラの時代は、撮影した数日後に現像されプリントされた写真を受け取って、ワクワクしながら袋を開いたものだった。撮影するときも、フィルムの残りの枚数を気にしながら、ここぞというときにシャッターを押した。

デジタルカメラになって、残りの枚数やフィルム代や現像料金も気にする必要がなくなった。電池とメモリーの続く限りいくらでも撮って、パソコンのハードディスクに保管しておけばいい。しかし、せっかく父親の撮った家族の写真や子供の成長記録などの写真は、そのままハードディスクに埋もれてしまっている。家族のために面倒な作業を厭わない父親を持った数少ない幸せな場合を除いて、多くの場合は母親や子供がそれらを見ることが難しくなってしまった。残念ながら、父親はいつかはいなくなってしまう。そのとき、家族の大切な思い出や、自分の幼い頃の写真が失われてしまうという事態が起きる。

人々がデジタルカメラを使うようになって、10年ちょっとしか経っていない。まだ問題は表面化していないのかもしれないが、これからそんなことが当たり前に起こるように思う。VHSのビデオテープの中の思い出が再生できなくなってしまったときのように、人々はそれを諦めてしまうのだろうか。

フィルム時代でも、家族や自分の思い出の写真が集まったアルバムを開くことは滅多になかったかもしれない。しかし、何かのきっかけで見たいと思ったとき、本棚や押入れの中からアルバムを取り出すことができた。もしかすると、一緒にしまわれていた父や母、そして祖父や祖母のアルバムを見つけて、古い写真から新しい発見をすることがあったかもしれない。ものぐさだった家族の遺品の中に、靴箱に無造作に押し込まれた写真を見つけて、一枚一枚取り出して見たこともあったかもしれない。これまで写真が提供してきたいろいろな体験も失われつつある。

昔のようにプリントしておくべきだなどと言うつもりは毛頭ない。技術やインフラが進歩して新しい価値が生まれたが、同時にこのような新しい問題を生み出したまま、それを誰も解決しようとしていない。これは懐古ではなく、ビジネスの大きなチャンスだと考えるべきだ。

コンパクト・デジタルカメラには、まだスマートフォンのカメラに対する優位性が残っている。強力な高倍率の光学ズームや、フラッシュがなくても薄暗いところで綺麗な写真が撮れる高感度、メカニカルシャッターを備えていることによって動きの早い被写体でも歪むことなく撮れることなど。しかし、せっかく撮った写真をPCのハードディスクに移しただけで、ゆっくり見直すことがなければ、人々はその差その価値を感じることはできない。それでは「スマートフォンで撮ればいいや」ということになってしまう。

気軽に簡単に写真が撮れるコンパクト・デジタルカメラの価値がなくなったわけではない。モノに詰め込んだ価値だけに頼ったマーケティング、すなわちグッズ・ドミナント・ロジックの限界を露呈してしまった。そして、スマートフォンのカメラという代替手段が現れるという脅威は、デジタル時代の競争戦略を考える上で、経営者が当然、予見し備えるべきことだった。
いよいよコンパクト・デジタルカメラにも終焉のときがくるのだろうか。今となっては、そう考えるほうが正しいだろう。
その結果、一眼レフとスマートフォンのカメラという選択肢しか残らないとしたら、上に挙げたような問題は解決されないまま、人々は大きな価値を失うことになる。

技術やインフラの進歩によって、写真の楽しみ方(HOW)は変化していくが、家族の写真や子供の成長記録、そして親しい友人との旅行、そんな人生の大切な思い出を写真に撮ろうとする人々の基本的なニーズは変わらない。その基本的なニーズに立ち戻って、現在あるいはちょっと先の技術やインフラで実現できる新しいHOWを見つける。それは既存のコンパクト・デジタルカメラからの足し算や引き算では導くことはできない。しかし幸いなことに、解決すべき問題はすでに見えている。

【関連記事】
Googleフォトがもたらすデジカメの終焉 Googleフォトの価値 写真の枚数は無制限、保管期間も無期限 - 川手恭輔

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