記事

大震災募金活動に、年端もいかない子どもを巻き込む親たち。

昨日の続き。今日も募金の話。

休日に、とある駅に行ったときのこと。そこで募金活動が行われていた。もちろん東日本大震災に関する募金だ。

並んでいるのはYMCAの方々。ファミリーが多く、5歳くらいの子どもまで何人も募金を呼び掛けている。

昨日は街角募金の危険性を書いた。
それに応じる無邪気な善意の人たちが闇勢力への資金提供者となっている現実と、「街角の善意」さえ疑わなくてはならない時代を悲しんだ。

ときどき所轄警察の許可証をこれ見よがしに突き出す募金隊がいるが、むしろ怪しい。単なる道路使用許可証に過ぎないからだ。

このYMCAについては、おそらく本物だと私は思う。というのもその駅は最寄りにYMCAがあったから。偽物ならすぐに吊し上げられただろう。

今回も私は募金しない。昨日書いたように、悪党を潤さないため、街角募金は本物偽物を問わずしないことに決めているからだ。

募金を呼び掛ける家族は、なぜ自分の子どもまで巻き込むのだろう。正しいことをすべきと実地に教えたいのだろうか?

募金を呼び掛ける大人はいい。慈善活動だし、YMCAだから布教の一環でもある。募金が少なくとも、神に「私は正しいことをした」と言えるだけでいい。

しかし子どもはどうか。5歳くらいの子は、まだ本当に子どもだから、「募金をお願いしまーす」と、体全体を使い、ちょっと押しつけがましいくらいに叫ぶ。子どもがずらずら並んで大声を出すから、横を通る人にけっこうなプレッシャーとなっている。

そのプレッシャー下でも募金があまり集まらなかったら、彼らは「世の中は間違っている」と、変に誤解してしまうのではないか。むしろそれが心配だ。

私のように、街角募金はしないという人も多いはず。小さな駅でもあり、YMCAの募金に応えている人はほとんど見ない。

私だったら、この手の活動に自分の子どもは巻き込まない。同じ慈善にしても、隅田川をきれいにしようゴミ拾いプロジェクトとかなんとかいうレベルで、楽しく遊びながら奉仕になるものを選ぶ。親が「ひどいことするね」などとゴミを捨てる他人を非難するのでなく、「また空き缶だったね」と語りかけ「拾うのが遊び」スタンスで。

拾う大変さを経験すれば、親がことさら「捨てちゃダメだよ」と命令したり「捨てる人は悪い奴だね」と刷り込むことなしに、自分がポイ捨てするときに少しは考えるようになると思うからだ。

今回の大震災はとてつもない災害なので、大人が慈善活動するのは大賛成だ。だが、慈善はあくまで「自分の酔狂」という認識は持つべき。「慈善するいい側」「それに応じない悪い側」を創り出すのは、子どもの教育上は良くないと考える。

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。