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- 2011年03月03日 07:00
「成功する電子雑誌」は、おそらく「今の雑誌の電子版」と全然違うスタイルのはず。アグリゲーション系とか。。。でもきっと私は離脱する。
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昨日のエントリーの続き。私の10年後のメシの種として、雑誌が近未来どうなっていくかをあれこれ脳内検討中。特に電子雑誌について。
昨日は「紙版の電子版」あるいは「リッチコンテンツ方向」は成功へのハードルが高いと書いた。大きな理由は広告単価が追いつかないからだ(尺の関係で今日も詳細な検討過程は省きます。申し訳ありません)。
むしろ可能性を感じるのは、全然違うスタイル。コンテンツアグリゲーションの容れ物である「電子雑誌」。つまりコンテンツアグリゲーターだ。
要するに、編集者という人間が会議で企画決め取材して、媒体コンセプトに沿って職人技で記事を構築していくという形「ではない」奴。
ここから今日の話になるが、要するに、キーワードを元にロボットが決まった訪問先から(+場合によっては決まっていない訪問先もかな)ネット情報(主にメディア)を集め、重要度に応じて自動的にレイアウトしてまとめあげる形とかのことだ。
途中に人間が関与するやり方もあるだろうし、すべてロボットとしても最初の方向性を決めていくプロデューサーは必要だ。つまり「編集長だけしかいない雑誌」と言い換えてもいい。
もちろん全文引っ張れば引用範囲を超えるので違法だが、頭5行であとは元記事にリンクさせる形とか取られたら、違法とまで言い切れるか微妙だ。
まあこの場合でも「引用」とは呼べない(自らの主張の関連情報として掲出するわけではないので)から、著作権上揉める可能性はあるが。もちろん事前に許諾を取るというかなんらかのバーターで握るやり方もある。
法律リスクがクリアになってこうした媒体がもし成立すれば、コストを限りなく低くして「雑誌もどき」(さらには「新聞もどき」)が作れる。広告単価あるいは広告収入が段違いに低くても商売になる。読者属性さえ取れればその後の展開上、さらに有利(Appleデバイス除く(゜ε゜;))。
でもこれ、他の媒体がネットで情報発信しててこその「コバンザメ」商法。媒体がなくともたとえば新製品レベルなら広報資料などから構築できるだろうが、そこからはなんの付加価値も得られない。つまり他媒体必須。
だから過渡期の存在というか。
このアグリゲーション型電子雑誌が繁栄すればするほど元記事を作る媒体は疲弊していき、いずれは多くが倒れる。理由は引用元の媒体からアグリゲーターに広告がマクロな意味で移動するからだ。
くっついてる宿主たるマンタだかジンベイザメだかの多くが死んでしまえば、コバンザメもおしまいだ。
そうなるとおそらくだがブログや評価投稿サイト、個人が流すツイートの厚みといったものに情報ソースを求めるソーシャルアグリゲーションの世界に行くだろう。個人からの情報は無料で、法人からの情報はビュー誘導バーターないし雀の涙のレベニューシェアで集めて。
その「雑誌」からはネットならではの集合知が得られるだろうが、やはり情報レベルは下がるはず。つまり「それでもいい。雑誌が680円なのにこいつは300円だから」とか判断する人の間で普及していくはずだ。
――これが、編集者でマネジャーである私が現時点で想像する、「10年後のメジャーな雑誌」像だ。
プレイヤーは出版社かどうか定かでない。コミックや書籍など蓄積型コンテンツの分厚い歴史を持つ大手出版社は生き残っているだろうが、規模がどうなっているかわからない。
昨日は「紙版の電子版」あるいは「リッチコンテンツ方向」は成功へのハードルが高いと書いた。大きな理由は広告単価が追いつかないからだ(尺の関係で今日も詳細な検討過程は省きます。申し訳ありません)。
むしろ可能性を感じるのは、全然違うスタイル。コンテンツアグリゲーションの容れ物である「電子雑誌」。つまりコンテンツアグリゲーターだ。
要するに、編集者という人間が会議で企画決め取材して、媒体コンセプトに沿って職人技で記事を構築していくという形「ではない」奴。
ここから今日の話になるが、要するに、キーワードを元にロボットが決まった訪問先から(+場合によっては決まっていない訪問先もかな)ネット情報(主にメディア)を集め、重要度に応じて自動的にレイアウトしてまとめあげる形とかのことだ。
途中に人間が関与するやり方もあるだろうし、すべてロボットとしても最初の方向性を決めていくプロデューサーは必要だ。つまり「編集長だけしかいない雑誌」と言い換えてもいい。
もちろん全文引っ張れば引用範囲を超えるので違法だが、頭5行であとは元記事にリンクさせる形とか取られたら、違法とまで言い切れるか微妙だ。
まあこの場合でも「引用」とは呼べない(自らの主張の関連情報として掲出するわけではないので)から、著作権上揉める可能性はあるが。もちろん事前に許諾を取るというかなんらかのバーターで握るやり方もある。
法律リスクがクリアになってこうした媒体がもし成立すれば、コストを限りなく低くして「雑誌もどき」(さらには「新聞もどき」)が作れる。広告単価あるいは広告収入が段違いに低くても商売になる。読者属性さえ取れればその後の展開上、さらに有利(Appleデバイス除く(゜ε゜;))。
でもこれ、他の媒体がネットで情報発信しててこその「コバンザメ」商法。媒体がなくともたとえば新製品レベルなら広報資料などから構築できるだろうが、そこからはなんの付加価値も得られない。つまり他媒体必須。
だから過渡期の存在というか。
このアグリゲーション型電子雑誌が繁栄すればするほど元記事を作る媒体は疲弊していき、いずれは多くが倒れる。理由は引用元の媒体からアグリゲーターに広告がマクロな意味で移動するからだ。
くっついてる宿主たるマンタだかジンベイザメだかの多くが死んでしまえば、コバンザメもおしまいだ。
そうなるとおそらくだがブログや評価投稿サイト、個人が流すツイートの厚みといったものに情報ソースを求めるソーシャルアグリゲーションの世界に行くだろう。個人からの情報は無料で、法人からの情報はビュー誘導バーターないし雀の涙のレベニューシェアで集めて。
その「雑誌」からはネットならではの集合知が得られるだろうが、やはり情報レベルは下がるはず。つまり「それでもいい。雑誌が680円なのにこいつは300円だから」とか判断する人の間で普及していくはずだ。
――これが、編集者でマネジャーである私が現時点で想像する、「10年後のメジャーな雑誌」像だ。
プレイヤーは出版社かどうか定かでない。コミックや書籍など蓄積型コンテンツの分厚い歴史を持つ大手出版社は生き残っているだろうが、規模がどうなっているかわからない。
- tokyo editor
- 出版社の編集者。出版業界の実態について執筆している。



