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伝説のテレビマン・井原高忠氏の金言

テレビは創世記は、今のIT業界の様なものであった。受像機も普及していない、何をテレビでやったら良いかわからない、貧弱な設備と寄せ集めの人材。しかしその後テレビは大変な発展を遂げるのだが、そこには何人かのキーマンがいた。先日、そんな怪物テレビマンの一人・細野邦彦氏に3時間半のインタビューを行った。いつか活字になると思うが、私に取っても金言の山であった。

日本はエンターテイメント関係のヒストリーを記録した文章が少ない。一方、ニューヨークの書店等に行くと映画・ミュージカル・演劇・テレビの歴史の本が山ほどある。開拓者・創設者・改革者にリスペクトし、若者たちはそこから何かを盗もうと必死である。まるで未来の種が過去にあると確信しているかの様に。

実はこのテレビの創世記の話はIT関係者にも役立つと思う。彼らが濃霧の中で暗中模索・思考錯誤のうちになにが大衆を巻き込むことができるのかを見つけて行く過程を知る事が実に示唆に満ちていると思うからだ。現代アメリカの一流映画人が過去の映画を研究しまくっているように、人を動かす原理は歴史の中にある。それを現代のテクノロジーで実現するだけだ。基本がしっかりしているから、彼らはこのエンターテイメント・コンテンツ制作・ショービジネスの世界でサバイバルして来れたのだと思う。

日本では「女房と畳は新しいほうが良い」のたとえのごとく、その内容が浅くても何事も新しいものが尊ばれる。だから、過去のテレビなどについて語っていると、むしろ軽蔑されたり見向きもされないという風潮がある。コンテンツ制作者は「僕、クリエーター。」などと名乗っているが、人を動かす基礎・土台・原理がわかってないので、自分の感覚だけでゆくか、安易にコピペするしかない。

前フリが長くなってしまったが。細野邦彦氏に続いて日テレの故・井原高忠氏について書こうと思う。井原さんの本は現在インタビュー本が一冊販売されているのみである。

名著と言われた「元祖テレビ屋大奮戦!」(文藝春秋刊・井原高忠著・1983年刊)は既に廃刊になっている。30年前、私も読んで興奮したが、どこかに散逸してしまった。

今回井原さんを回顧するに当たって、この本は必須であったが、古書をアマゾンで入手することが出来るのだが、1万円近くかかるので躊躇していた。ただ最近、幸いにも神保町のある古本屋で見つけ比較的安価で入手できた。
・・・さっそく再読する。その面白さと言葉の深さに驚いて一晩で読了してしまった。凄い本だ。



井原さんは1929年東京生まれ。三井財閥の次男の息子。学習院高校卒業後、慶応大学入学。ウェスタン・バンドを結成。進駐軍で演奏し高額のギャラを稼ぐも、出来たばかりの日本テレビ入社。音楽番組・ファッション番組・初期のダンス番組等を担当。ある日「ショービジネス」を極めるには本場アメリカに行くしかないと一念発起、仕事や会社の研究費で数度渡米、アメリカのショービジネス・バラエティ・テレビのバックステージを徹底研究する。帰国後、伝説の番組「光子の窓」を制作。「九ちゃん」「11PM」「ゲバゲバ90分」「24時間テレビ」を制作。日本テレビ第一制作局長を最後に1980年日本テレビ退社。ハワイ~アトランタ移住。2014年米国にて客死。

名番組を山ほど作った井原さんだったが、こんな事もあった。今では極めてデリケートな関係になっている「テレビ局と芸能プロダクションの関係」を井原さんは「対等」だと考えていた。ある日、井原さんが確か制作局次長だったとき、当時ナベプロ帝国と言われていた日本最大の芸能プロ「渡辺プロダクション」と大喧嘩になったことがあった。ナベプロの社長は渡辺晋氏。井原さんとはバンド時代の仲間である。ある件で激怒した井原さんは一歩も引かず熾烈な死闘が繰り広げられた。「ナベプロのタレントを全部、日テレから引き上げる」と言われ、「上等じゃねえか。」と開き直り、井原さんは色んな作戦を練った。結局、勝ち負けで言うと日本テレビ・井原サイドが勝った。その一部始終が「元祖テレビ屋大奮戦」に書かれている。

最後に私が井原さんに会ったとき、「ナベプロは偉いね~。あの戦争を社史にもしっかり書いてあるんだから。」と言っていた。過去の喧嘩は過去の喧嘩。・・・井原さん後年あまりあの件について聞いてもほとんど語らなかった。

名著「元祖テレビ屋大奮戦」全編をここに全て引用するわけにはいかないが、忘れられない一章があるのでここに一部編集し引用する。「サラリーマンと組織」と題する一章である。

「テレビのプロデューサーというものは、結局、興行師と同じだと思うんですよ。『当てる』ってことが一番大事だから。一番いい興行師はね、正力松太郎さん(元・読売新聞社主・日本テレビ創設者)が完全にそうだとおもいますけど、自分が好きなものをやったら当たったという人。そういうのが本当の興行師ですね。そして自分はあんまり好きじゃないけど、『こういうものをやったら当たるだろう』と思って、いろいろ研究したり、何かして当てる人、これがその次にいい興行師。それ以外はもうバカ、会社を辞めた方がいいということになる。いくら考えても当たらないし、自分の好きなものをやってもだれも観ない、というのは興行師としては失格だもの。

だけど、日本のテレビ局とか、やっぱりサラリーマンが、興行師として素質もないのに、たまたまプロデューサーになっちゃたっていうケースが多いわけですよ。いくらなりたくたってダメな人はダメなんだ。

ところがアメリカ(映画・テレビ・ショービジネス)の場合は、放送局は文字通り放送するだけで、番組はハリウッドとか外部のプロダクションで作る。こうなると、プロダクションてのは、シビアなものですよ。まず、才能のない人は呼んで来ない。だから一騎当千の強者が集まって、必死になって作ったものを納入してくる。だから、本当に戦争ですね。

日本では成績が悪いからといって会社を首になるって話はない。せいぜい配置転換ぐらいのもんだからね。当然覚悟のほども違いますな。ですから、その辺の心理的なものもあると思うのね。まるで不向きの人が淘汰されずに、のほほんとしているのは。

もっとまずいのは、テレビ局に入ると、ちやほやされるんですよ。たまたま担当番組持つと、まったく無能な人間でも、もてはやされる。お中元が来たり、お歳暮が来たり、ごはん食べに行ったり、酒飲まされたり。相手は、そいつにとりいることによって、仕事を得ようという事だから。

ほんとは局の看板しょってる、枠を持ってるだけで、本人はちっとも偉くない。錯覚起こして、俺は偉いんだと思う場合がある。これが一番ヤバいんですよ。だから、日本の場合はやっぱり錯覚をおこさないようにしなきゃいけない。日本の場合は、会社組織だから、一度能のない奴を入れちゃうとクビに出来ない。泥棒とか人殺しでもしない限り、給料払って飼ってなきゃならない。

アメリカの場合は、おおむね力がないとそのポストに就けない。ある程度一致しているんだよ、その人物の価値とポストが。 結局、人ですよ。テレビの制作っていうのは。非常に属人的なもので、組織でやるとかそういうものではありませんね。だから、制作局の人間が200人いるでしょうが、その中で本物のテレビ屋はせいぜい5~6人ですよ。そいつらがフルに活躍している場合に局は賑わって天下を取ることになる。

人間、一口に優れていると言ってもいろいろある。たとえば東大の法学部が優れている、とかね。でも、そういう人が大蔵省いかないでテレビ局来ちゃうとしますか。そうすると、これくらい場違いで役に立たない例はない。そいつは馬鹿になるわけ、この世界では。・・・俺なんかはかなり馬鹿なんだけど、ちょうど能力がフィットしたから偉そうにしているだけで、よその会社行けば全くの馬鹿になるわけだからね、俺も。でも利口だからいかなかった。

前も言ったように、テレビ局って最初200人ぐらいしかいなかった。そうすると、小さな会社で人がいないだけに、非常に小回りがきいて、しかも一人の人間が、八面六臂の大活躍をせざるを得なかった。ところが組織が段々大きくなってゆっくと、一つの番組つくるのに、やれ、チーフ・プロデューサーだ、その下にプロディーサーだ、アシスタント・プロデューサーだ、ディレクターだ、演出家だ、オペレーション・ディレクターなんてのもいるわけです。

創世記にはPとDを僕がかねているから自分の番組という意識があった。ダメだった場合には、僕は首を括りたくなるくらい落胆するし、当たった場合は、鬼の首を取ったように、手柄は俺だ、と言える訳だね。

ただ「ゲバゲバ90分」はうんと才能のある人を集めて作ったから、本質的にはその人達のものだよ。だけどことわざにもある様に『一将功成って万骨枯る』で僕のものだと言えるわけ。というのは、僕が企画して、僕がプロデューサーで、僕が中心で演出して、責任とってたから。

ところが一部の人は自分より優れた人を呼んでくると威張れないから、程度の低い奴を呼んできて威張るわけだ。つまらん作家呼んで来たり。

アンドリュー・カーネギーのお墓にね、『己よりすぐれたものを周囲に集めることに秀でたるもの、ここに眠る』と書いてある様だが、僕の墓にも書きたいぐらいだね。」

まさに私に取って元祖テレビ屋・井原高忠ここにあり。1983年の本が2015年にも生きている気がする。テレビ・映画・IT産業・・・全てのコンテンツ産業に当てはまりそうな金言の数々。もはや亡き人となってしまったのは残念だ。生前、アトランタに行って一日、インタビューを取ろうともくろんでいたがもはや叶わぬが、井原さんは今のテレビについてどんな見解を述べただろうか?新しモノ好きでコンピューターにも造詣が深かったと聞くが、エンターテイメントの未来に何を思っていたのだろうか。もはや聞く術はないが。 (了)

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