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失う者、失わせる者は誰か

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■郷里を失う者、郷里を求める者は誰なのか

まず考えなくてはならないのは、果たして強制できない場合(それでも何らかの根拠法ないしは行政命令により最低限の区画は強制退去・侵入制限区域になるであろうが)、それでも相当程度の被爆リスクが残るであろう地域の住人にとって、避難することも残ることも、どちらを選んでも茨の道となることである。

前段で述べたように、恐らくは首長に突き付けられる市町村自体の自死に近い決断を、今度は個人レベルで突き付けられることになるからだ。

低線量被曝について、どの程度ならば問題がないのか、という点についてはICRP(国際放射線防護委員会)においての近年の議論でも度々勧告が延期されるほど、多くの点で議論が紛糾する問題でもあり、単純に「危険だ」とも「安全だ」とも言い切れない側面がある。

少なくとも2001年の段階でも閾値があるとも無いとも言えるような報告書はNRCP(アメリカ放射線防護測定委員会)から出ていたりもする。1999年のICRP委員長ロジャー・クラーク氏の論文では、そもそも「生物学的リスクを評価するためには、発がんに関わる細胞機構を明らかにすることがいっそう重要」というところまで原点に戻るような状況だったのである。加えて言うならば、「たった1個あるいは数個程度の放射線の飛跡でも、人間にがんを起こす」というようなジョン・ゴフマン氏のような極端な発言は、NLTモデル(=「閾値なし直線モデル」)を採用するにしても、いささか過剰であるようにも思える。

例えば、医療用放射線の使用に対するリスクとしては「医療上のメリットが放射線使用のデメリットを上回る」といった見方もある。

そもそもNLTモデルは広島・長崎のデータをモデルとして組み立てているが、それに対しても「あれは高線量被曝であり低線量被曝には適用できない」という見解から、「広島・長崎では生き残った“じょうぶ”な人しか統計対象になっていない」という見解まで、リスクを高くも低くも見る見解がある。

また、HBRA(高自然放射線地域)の30年以上に及ぶ長期調査(主として中国政府)においては、自然放射線レベルの3〜5倍といった高自然放射線地域においても疫学的に健康への優位差は無い、とする結果が出ている。

もっとも、リスクを高く評価するものも低く評価するものも、それぞれに評価を出す側の意図・意識があり、全てが全てを信頼できるかと言えばそうではない、ということも考えねばならない。

これらを踏まえた上で、今回人為的に高放射線地域を現出してしまった状況において、最低限の退去エリア“外”であるが、日本で平均して見られる自然放射線よりは遥かに高くなるであろう地域において(その地域をどのように設定し得るかは今後の政府判断により変わるだろうが)、「それでも避難する」人と「それでも避難しない」人に分かれることになるだろう。

もちろん妊婦・児童においては可能な限りリスクを避けるべき、という観点から避難を推奨すべき、という考えはあるだろう。

一方で、では少なくとも平均余命で見た場合折り返しを過ぎている人(普通に生活していても疾病リスクが高まる人)や、若いとはいえ自らの意思で残ることを選択した場合、果たしてそれらの「自主判断」はどう考えるべきであろうか。

一つだけ言えるのは、全国的に景気の停滞・減速があるため、恐らくは残っても残らなくても仕事・収入には「困るだろう」という点があるだろう。

全国的に就業すること自体が困難を極める時代において、東北諸地域は原発事故だけではなく震災そのものによって経済に大きな影響(そして確実に一部では回復不能な経済の空洞)が出ている。

この時、「移住リスク」「残留リスク」という問題は難しいいくつかの問題を孕むことになる。まずいずれにしても経済的困窮に見舞われる可能性が高い、ということである。そして、「慣れない環境」と「慣れてはいるが心理的不安を抱えざるを得ない環境」という二つの選択しか「残されていない」ということもある。

長期且つ広汎な健康調査が行われることは良いとして、低線量被曝の影響・リスクを考えたとしても「それでもなお郷里を再建したい」「最後まで郷土に残りたい」と選択する人を、「被曝リスクを考えない馬鹿」と罵ることは簡単だが、そうでなくとも「リスクを踏まえて戻る、残る」という選択自体が心理的葛藤であるにも関わらず、そこに追い打ちをかけるようなものでもある。もちろん避難したところで、慣れない環境において体調を崩すといったことは容易に表れることでもあるし、血圧・血糖値のようなものはそういったことに敏感に反応するものでもある。

譬え戻る・残り郷里を再建するという選択それ自体が絶望的なまでに困難であり、また負荷があるものであったとしても、簡単にそれを否定することもまたできないだろう。

少なくとも、どう考えても居住不能という福島原発至近(という言葉が妥当かどうかは分からないが)は残念ながら強制的侵入制限地域になるとしても、それ以外の地域について、郷里への個々人の想いもまた、尊重されねばならないのではないだろうか。

だからこそ制限地域の設定は慎重に成されなければならないだろうし、一方ではその範囲は可能な限り「狭い」方が望ましいだろう。

その上で、少なくとも情報(モニタリングを含む)は最大限継続的に公開されるべきであるし、また低線量被曝に対して賛否・可否両論があるならばそれはいずれもがしっかりと提示されるべきでもあるだろう。

そして、「戻る・残るリスク」「移るリスク」というものは、質の異なる(良し悪しではない)リスクであるのだから、そのいずれのリスクを選択したとしても、それを国・社会全体として支えていかねばならないだろう。「がんばろう日本」という標語がややもすれば気分的にすっきりしない標語であることはあるとしても、本来この「がんばろう」はこのいずれのリスクに対しても最大限支援していこう、という意味での「がんばって支えよう、日本全体で」であるはずだ。

立ち返るべきは「郷里を汚染されて」という現実は第三者ではなく当事者そのものの現実であり、その「郷里」が重みを持つのであればなおのこと、「戻る」という選択に対して十全の支えを行わねばならない、ということでもある。

限界集落が時として、社会インフラが機能不全寸前であってもなお、そこに残る者の意思によって存在するとき、第三者が安易に「無人の郷里」をもたらす選択ということをすべきかどうか、という点にも通じるものがあるようにも感じる。

今回事故に伴う長期リスク評価の難しさはまさにそこにあるわけだが、「安全だ」と言う側も「危険だ」と言う側も、あまりに安易に言葉を持ち出し過ぎるように思えてならない。

かつてアイザック・アシモフ氏は「賢明な決定は、現在と将来の考慮による」と述べたそうだが、これから行われるであろう選択はまさに現在と将来(それは個々人の将来でもあり、地域共同=郷里の将来でもある)との考慮の上に成されなければならないだろう。

危険、安全だけでは測れない部分(グレーゾーンもしくは許容限度をどこに置くか、という部分)は存在するだろうし、その存在それ自体は許容されねばならないのではないだろうか。ゼロリスク思考の危うさは、そのリスク評価故に他者の、そしてその郷里そのものの消滅をも生みかねない、という点にあるように思える。
(参考)

最近の低線量被曝の影響に関する話題
ICRP新勧告の発効は2007年に?線量拘束値の導入に日本が強く抵抗

低線量放射線被曝とその発がんリスク
■失われるもう一つのもの

郷里、という言葉で捉えた際、原発に限らず太陽光・地熱・風力・水力・火力いずれもが何らかの形でその風景を一変させるのは間違いないだろう。

代替電源開発を進める、ということはその選択を行う、ということでもある。それがどれだけ過疎地だろうが、そこには人が住んでいるのであり、現状では原発の稼働を止めていけば、別の郷里を改変・消失させていく可能性は決して低くはないだろう。

だから「現状の原発を残せ」と言うわけではないが、少なくともそこのところには自覚的でありたいものである。

「自分のところは関係ない」という話ではない。もちろん、いわゆる都市部に住む自分は(郷里もここであるわけだが)、電力は消費する側であり、恐らく大規模な電源プラントの立地にはなり得ない、ということは十分に理解している。

だからこそ、そこに自覚的ではありたい。今回の事故とその後の経過を見て、それは「失われる郷里」とともに「失われゆく郷里」として眼前に突き付けられている課題でもある。

電力が無ければ経済も回らず、生活も立ち行かないほどに、十分に電化されてしまった生活において、それもまた何らかの選択をせねばならない課題なのだ。

この課題は「危険」「安全」とは違う、もう一つの選択なのである。

その喪失が風景であれ、地理的意味での居住する土地そのものであれ、そこには必ず「郷里を失う者」が存在するのだ。

最後に、敢えて「生存の意味への意思」という点で下記を御紹介しておくことにする。

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