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世界に負けない「日本の農業」改革私案 - 大前研一の日本のカラクリ

ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前研一/小川 剛=構成 AP/AFLO=写真

農業分野の加工貿易立国、オランダ

前回(http://president.jp/articles/-/15241)、オランダのスマートアグリについて触れた。国土面積は九州とほぼ同じくらいで、農地面積は日本の半分以下という限られた農地面積ながら、オランダ農業の生産性は高く、農業輸出額はアメリカに次ぐ世界第2位(約10兆円)。

オランダの農作物輸出には3つの特徴がある。1つはトマト、キュウリ、パプリカなど国内で生産した付加価値の高い農産物の輸出。2番目は輸入した原材料を国内で加工して輸出する加工貿易。たとえばドイツやフランスから輸入した牛乳はゴーダ・チーズなどの乳製品に加工して輸出しているというように、輸入した原材料を加工して付加価値をつけて輸出している。

さらに3番目は輸入したものをそのまま輸出する中継貿易。オランダは商人の国だから、生産地と消費地をつなぐビジネスが昔から得意だ。オランダといえば世界シェアの6割以上を占める花卉産業で知られているが、取扱高の2~3割がアフリカや中南米産。オランダの花卉事業者は種子や設備をアフリカに輸出、労働コストの安いアフリカで花卉を栽培し、それを本国に逆輸入して世界最大の花卉市場にかけてから、EU各国や世界に輸出されていく(最近では取引市場だけ経由して現物はアフリカからドイツへ直接輸送される、などの形態が多い)。日本は資源や原材料を輸入し、加工した工業製品を世界に輸出する加工貿易立国として身を立て、輸出産業の世界化を進めてきた。同じことをオランダは農業分野で実践している。

ただし、オランダの真似をすれば日本もうまくいくという単純な話ではない。そもそもクオリティ型農業へのシフトに成功したとはいえ、オランダ農業が完全無欠というわけではない。過剰生産による価格低下や競合国の台頭、過度な選択と集中の弊害で研究開発が偏ってトマト、キュウリ、パプリカ以外の品目になかなか移れない、といった課題がある。それに日本とオランダでは農業を取り巻く環境や条件が異なる。オランダは隣国と陸続きで、関税障壁のないEUという単一市場のワンピース。ドイツやフランスなどの大消費地が近いので、近郊型農業・園芸に適している。島国で国内に大消費地を抱えている日本とは地理的条件が異なる。またオランダは国民所得の高い近親諸国(英・独・仏・ベルギー・ルクセンブルクなど)に囲まれているが、日本はアジアで最も所得が高い。しかもEU加盟国同士では深刻な対立が少ないが、日本は近隣の中韓との関係をこじらせている。

ほかにも食文化が割合似通っているヨーロッパに比べてアジアでは国ごとに独自の食文化があるとか、北海油田から安価な天然ガスが供給されるオランダに対して、日本はもともとエネルギーコストが高く、昨今は原発の稼働停止と円安が追い打ちをかけているなどの違いも挙げられる。

このようなオランダ農業の課題、環境・条件の違いを考慮に入れて、ただ真似するのではなく、日本にマッチした導入の仕方を考えなければいけない。真似するだけなら、すでに韓国や中国がオランダ型の施設園芸農業を取り入れていて、ノウハウ面では日本よりも先行している。日本としては生産性や効率性重視の同じ土俵で勝負するよりも、品質や品種、種類の豊富さなど日本の農業が培ってきた技術を活かした日本型クオリティ農業を目指すべきだろう。

食料自給率にこだわるのは大きな誤り

「自由化」「選択と集中」「イノベーション」というオランダの農業改革のキーワードに照らして考えれば、「イノベーション」についてはITやハイテクを駆使した農業への取り組みは日本でもすでに始まっている。ただし、ハイテクの植物工場やオランダ型の施設園芸が増えてハードとソフトの導入が進んでも、経営力のある農業法人の参入・育成や研究開発部門のクラスター化、流通環境の整備など農業関連サービスの市場が広がらなければ農業の活性化にはつながらない。

「自由化」と「選択と集中」についていえば、オランダが行ったような農業保護の廃止や農地の集約化、作物の選択と集中などの施策を日本で実現するのは非常に難しい。「自由化」や「選択と集中」を阻み、日本の農政の決定的な視野狭窄を生み出しているのは、コメ農業への過保護である。前回指摘したようにコメの需要は著しく減少していて、国内農家にとっても、世界的に見てもうまみのあるマーケットではなくなっている。しかしながら、土地問題や選挙制度と密接にかかわりのあるコメ問題に手を付けると大きな政治問題になってしまうために、政治はこれを聖域化して避け続けてきた。兼業農家に何をさせるのか、明確な戦略を持たないまま“票田”として保護してきたために、彼らをアグリビジネス化することができなかったのだ。

クオリティ型農業を目指すなら、農業政策の本丸は野菜、果物、花卉、畜産などのクオリティ型の品目に移していくことだ。ちなみにコメの過保護の後ろ盾にもなってきた「食料自給率」にこだわるのは大きな誤りだ。「いざというときのために食料自給率を高めよ」という食料安全保障の議論ぐらい無意味なものはない。どれだけ自給率を高めても、日本は石油が入ってこなくなっただけでコンバインも灌漑用ポンプも動かなくなる。農家の平均年齢は65歳以上。つまり日本の農業は完全停止してしまうのだ。

大事なのは農業を成長産業にして外貨を稼ぐこと。競争力のある農産物を輸入して、結果的に自給率が下がっても、輸出が増えていけば問題はない。ちなみに日本の穀物自給率は28%(2011年)だが、オランダは(農産物輸出大国ではあるが)その半分の14%しかない。「国民に廉価で良質な食料を届けることが正しい政策」というのが、日本が学ぶべき第一歩である。

全国に700もある地域農協を株式会社化せよ

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TPP反対派に妥協していては、日本の農業は生まれ変われない。

日本の農業はボーダーレスな開放経済を前提にして根本からつくり直さなければならない。政府は農業を“産業”として捉えて、保護するのでなく、世界で戦う競争力をつけさせる。企業は製造業のノウハウを活かして異業種参入を図り、ソフトとハードを連携させた一体型のシステム運営ノウハウを構築する。生産者は経営視点で農業を捉えて、競争できなければ滅びるぐらいに腹を据え直す。

日本の農業改革の最大のきっかけになるのは農協の株式会社化だ。安倍政権は政治的な理由でJA全中をいじめているが、JA全中を解体するだけでは農協改革は十分ではない。全中の下に全農があり、その下にさらに約700もの地域農協がある。この地域農協は組合制で組合員が反対したら何の意思決定もできない仕組みになっている。安倍政権は全農を株式会社化する方向で改革案を進めていて、株式会社化すれば51%の賛成多数で意思決定が可能になる。

オランダには日本の全農のように包括的な農業をサポートする仕組みはないが、機能ごとに農業事業者の活動をサポートする組織が存在し、それぞれが市場原理で競争し、サービスを向上させている。

日本の全農も機能別に株式会社化して、オランダに学んで専門性で勝負するような体制になれば、農業は大いに活性化するだろう。しかし最も大切なことは700もある地域農協の株式会社化だ。政府は700農協すべてを平等に取り扱おうとするだろうが、それは避けるべきだ。経営力と世界化への気概を持った20くらいの地域農協が生まれてくれば状況は一変するだろう。特に輸出競争力の高い高価格米、抜群の美味を誇るリンゴ、葡萄、柑橘類、サクランボなどに集中してやっていけばアジアの富裕層を中心に大きな需要が期待できる。オランダとは異なる「選択と集中」が地域農協間の競争によって生み出される。オランダの農業改革の総まとめとして、10年に経済省と農業・自然・食品安全省を統合した。日本も最終的には実質、農民漁民省にすぎない農林水産省は解体して、経産省の中に農業産業局、畜産産業局、水産産業局を設けるべきだと思う。

一方で国民の胃袋の立場で考える「食料庁」を内閣府の中に立ち上げる必要がある。世界中から安全安心、良質廉価な食料を長期調達することを第1の使命として、必要なら生産者や農業関連企業の海外進出もサポートする。ここが国民の胃袋を守る食料安保戦略の大本営となる。経産省に設けた3つの新しい部局ではそれぞれの産業の競争力、ひいては輸出競争力の強化に専念するのだ。

地方の山村を農業特区に指定する程度の成長戦略では何も変わらない。10年間かけて輸入関税を徐々に下げていく、などのTPP妥協策は愚の骨頂だ。一気に関税がなくなったという“危機感”を演出して退路を断つくらいの組織と戦略の変革を迫らなければ日本の農業を蘇生し、輸出産業として生まれ変わらせることはできないだろう。

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