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70億円もの資金を集め成長を続ける、食材宅配サービス「Blue Apron」

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Blue Apron」は夕食の食材宅配を専門とする、ニューヨークとカリフォルニアにオフィスを持つECサイト。2013年に正式にロンチした当初から米メディアの注目を集めていた。

しかし「料理の手順を記したレシピカードと一緒に、安全かつ新鮮な食材を必要な分量だけ宅配する」という事業内容と「献立を決めたり、買物に行く時間と手間を省ける」「食費の節約にもなる」「食材の無駄が出ないので、環境にも優しい」というセールスポイントに、僕はあまり新鮮味を感じられなかった。

夕食食材の宅配サービスは日本ではインターネットが登場するずっと以前から存在しており、上に挙げたようなメリットは日本の業者もすでに実現している。したがってBlue Apronから、日本人が新たに学べる要素はあまりないように思えたのだ。

そのためBlue Apronのことは当ブログでもずっと無視してきたのだが、その間も同サイトは順調に成長を続け、今や米国の80%以上の地域をサービスエリアに収めるまでに規模を拡大した。昨年11月には、1カ月に100万食の販売を記録。従業員数は300人を超え、獲得した投資も5800万ドル(約69億6000万円)に到達している。

そうした続報に触れて、先日、久しぶりにBlue Apronのサイトを覗いてみたら、以前ははっきりしていなかった同サイトの独自性がとても鮮明に見えるようになっていた。

というわけで、今回は夕食の食材配達という日本ではすっかりお馴染みのサービスに同サイトがどのような切り口で臨んでいるのかをチェックし、その急成長を可能にした要因を探ってみることにした。

料理からすべての「無駄」を省きたい

画像を見る(左から順にBlue Apronの共同創設者、Matthew Wadiak氏、Matt Salzberg氏、Ilia Papas氏)

2012年春、Matt Salzberg(以下、ザルツバーグ)氏は投資会社に籍を置くベンチャーキャピタリスト、Illia Papas(以下、パパス)氏はIT企業の幹部だった。

2人はともに超多忙な毎日を送っていたが、時間のあるときには健康を考え、自炊をしていた。雑誌やインターネットで美味しそうな料理のレシピを見つけ、作ってみようと思い立つことも度々だった。

しかし普段よりもちょっと高級な料理となると、なかなか挑戦しにくい。それは要求される料理の技術レベルが上がるからだけでなく、レシピに必要な材料を揃えるまでにも手間がかかるからだ。

その材料がサフランやクローブのような香辛料ならば、ほんの少量あれば足りる。しかし目的のレシピのためにわざわざ購入しても、次にいつ出番があるか分からない。残りは「無駄」にしてしまうかもしれない。また、珍しい食材の場合は、近所の店まで買いに出かけても「無駄足」になる可能性もある。

パパス氏の頭に必要な材料を調味料も込みで、必要な分量だけ届けてくれるサービスがあれば助かるのにという考えが浮かんだ。同じ料理を同じ日に作る人がたくさんいれば、食材を割引価格でまとめて購入できるので経済的だ。無駄がなくなって、料理がずっと楽しくなり、レパートリーも広がる。

これはビジネスのアイデアとしてイケるのではないかと感じ、ザルツバーグ氏に相談したところ、すぐに同意を得られた。しかし2人は料理についてはまったくの素人。メニューの考案や食材の到達に必要な知識やコネもない。

そこでMatthew Wadiak(以下、ワディアック)氏にアプローチをかけた。

ワディアック氏は米国のレストラン専門学校を卒業後、ミラノとパリで修行を積んだ経歴の持ち主。帰国後しばらくはカリフォルニア州オークランドのレストラントで有名シェフの下で時給10ドル(約1200円)で働いていたが、その仕事を通じ、外食産業のビジネス面への関心が強く芽生えたため、シェフになる夢を追うのを止め、イタリアと米国を往復して、米国のレストランにイタリア産のトリュフを卸す商売を始めた。

取引先にニューヨークのレストランが多かったことから、やがて西海岸からニューヨークに引っ越した。2人がアプローチをかけた時点では、地元で生産された食材を使った食事を届けるケータリング事業もニューヨークで運営していた。

しかし直接顧客のもとに出かけて調理する必要のあるケータリングは地理的な限界に縛られるので、スケールアップが難しい。ワディアック氏はケータリングではなく、全米に展開できる可能性をもつ食材宅配サービスに魅力を感じ、参加を決断する。

ザルツバーグ氏はビジネス、パパス氏はITテクノロジー、ワディアック氏は食材調達と料理と、3人それぞれが異なる専門分野を持っていることは、Blue Apronの成長に大きく役に立っている。

1週間に2〰4食分を配達するサブスクリプション制

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Blue Apronでは、料理の手順を記したレシピカードと必要な食材を箱に詰めて宅配している。

サービスはサブスクリプション制になっており、現在用意されているのは2人分のプランと4人分のプランだ。

2人分のプラン
週に3食分の食材が配達される。
1週間につき合計料金は55.94ドル(約6720円)。1食あたり1人9.99ドル(約1200円)。

4人分のプラン
週に4食分(または2食分)の食材が配達される。
2食分コースの場合は1週間につき合計料金69.92ドル(約8390円)。1食あたり1人8.74ドル(約1050円)。
4食分コースの場合は1週間につき合計料金139.84ドル(約16800円)。1食あたり1人8.74ドル(約1050円)。

食材は4人分のプランで4食分コースを申し込んだ場合は、2食分ずつに分けて週2回配達され、それ以外は1週間分まとめて配達される。保冷剤を入れて配達されるので、配達時に自宅にいる必要はない。

旅行で家を留守にする週や事前に発表されるメニューを見て、好みに合わないと感じた週は購入をキャンセルすることができる。購入の最低単位は1週間。つまり1回だけ購入して、すぐに購入をやめても構わない。

メニューはある程度カスタマイズが可能で、肉や魚介類など、特定の食材を抜いてほしいといった要望に応じてもらえる。ただし食材を加工して箱に詰める作業は同一の施設で行っているため、深刻な食物アレルギーを持つ人には向かないとも明記されている。

配達される食材は人数分きっちり測られた量になっているが、食材の下準備は施されていないので、野菜を洗う、皮をむく、切るなどの作業から始めなければならない。フライパンで炒めるだけではなく、オーブンを使う料理も多い。料理にかかる時間は平均35〰45分とされていて、それほどお手軽ではない。

しかし初心者でも、失敗なく出来上がるように配慮されているので、完成後、きちんと食器に盛りつければ、晩のお惣菜というよりも、高級感のあるディナーに仕上がる。

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日本の食材宅配サービスには、勤めに出ている主婦を念頭に月曜から金曜までの5日分の夕食の食材を配達するというパターンが多いように感じるが、Blue Apronでは週に2〰4食分と何だか中途半端な数だ。

これもBlue Apronの食材キットを利用して、きちんとした夕食を2〰4日作れば、残りの日は少し手抜きして簡単な食事で済ませたり、外食をしてもOKという考えが根底にあるからのようだ。

プランの説明に付いている写真には、出来上がった食事を食べるシーンではなく、カップルや家族で料理をしているシーンが使われている。これはBlue Apronが少ない手間で手作りの食事を食べるというメリットの他に、「料理をする楽しみ」という体験価値を提供することも重視していることの表れだろう。

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コンテンツを無料で完全公開する理由

「Blue Apron」という名前は、料理の世界に伝わる「シェフ見習いは青いエプロンをつける」という伝統に因んでいる。「料理の修行に終わりはなく、どんなに修行しても、常に何か新しいことが学べる」と同サイトでは考えており、料理や食物について顧客を教育することをミッションの1つとしている。

メニューには、米国の一般家庭には馴染みのないエスニック料理も度々登場するため、当然、珍しい食材も登場する。レシピでは、料理の手順だけでなく、そうした食材についての説明も加えている。

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レシピはタブレットへの対応もされている。キッチンの脇にタブレットをおいて、実演動画を見ながら料理することができる。

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こうしたコンテンツは過去のレシピも含め、すべて無料で公開されているので、Blue Apronの顧客にならなくても、同サイトのシェフたちが工夫したレシピを参考にして、家庭で料理を作ることは可能だ。

しかしそれではサブスクリプションに申し込むのは割に合わないと感じる顧客もいるのではないだろうか?

その疑問に対し、Blue Apronでは次のように答えている。

”自分で同じ食材を調達しようとすれば、絶対に9.99ドルでは調達できません。ずっと費用も手間もかかるので、Blue Apronのサービスの価値がより分かってもらえます。”



確かに次のレシピの材料にある蓮根などは、地域にもよるだろうが、米国の一般のスーパーではなかなか手に入らないだろう。

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また、Blue Apronでは、食材のユニークさだけでなく、食材の品質にも十分に自信を持っており、「Meet Our Recent Partners」というページではパートナー関係を結んだ食材の仕入れ元のそれぞれについて紹介している。

こちらはトルティーヤの仕入れ元である「Tamal」という店。

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動画では、トウモロコシからトルティーヤを作るまでの過程を示すと同時に、Tamalの経営者たちにインタビューして、トルティーヤ作りにかける彼らの情熱を伝えようとしている。

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Blue Apronでは、顧客に新しい知識を与えて、自宅で素晴らしい食事を作れるようにすることに加えて、より上質で、より新鮮な食材が顧客の手に入るルートを作ることも事業ミッションと考えているという。

”現在の流通システムは、食材を家庭のテーブルに届けることを中心には出来ていません。食材をスーパーに届けることを基本に考えられているのです。Blue Apronはこの流通経路に変革を起こすことを目指しています。”



顧客の反応もすべてオープン

Blue Apronのfacebookでは、近く食材が配達されるレシピを紹介している。そうした紹介記事には、実際に食材が届いて、料理を作った後、顧客から感想が寄せられる。作った料理に満足したという投稿が多くを占めるが、好意的なコメントばかりではない。

たとえば、次の大根のソテーとほうれん草を添えた、お米のフレークをまぶした魚料理の場合、「美味しかった」と絶賛する意見もある一方で「柚子醤油の味つけが辛すぎて食べられなかった」という意見も見られる。

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どちらに対しても、Blue Apronはフィードバックを感謝し、特にネガティブな感想についてはレシピの作成の担当者たちに伝えることを約束している。

また、facebookでは、届いたキットを使って作った料理の画像をシェアする顧客も少なくない。

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こうした投稿からは、レシピ写真とほぼ同じように完成できたことへの顧客の満足感が伝わってくる。

以下の投稿はBlue Apronのキットを使って、子供が家族の夕飯を作ってくれたという母親からの報告だ。

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他にも、子供が思春期を迎えてから、会話に困るようになっていたが、Blue Apronのサブスクリプションを利用するようになってから一緒に食事作りをするようになり、親子の関係が良くなったといった微笑ましい報告も見られる。

日本の夕食宅配サービスでは、「短時間で調理ができるので、夕飯の支度に使っていた時間を子供と過ごせるようになった」といった利用者の声がよく紹介されているが、Blue Apronは逆に料理という体験を子供と一緒に分かち合うことを提案している。

家族のコミュニケーションに役立つならば、料理という作業にかかる手間は決して「無駄な労力」にはならないからだ。

商品により高い価値を与える「イケア効果」

Blue Apronは料理に35〰45分の時間がかかる。しかも1食あたり1人9.99ドル(約1200円)という価格では、あまり節約になるとは思えない。それだけのお金を払えば、米国でもそこそこの外食ができるはずだ。

しかしBlue Apronはリピート顧客をしっかりと獲得している。

その要因は色々あるだろうが、ここではその1つとして「イケア効果」を挙げたい。

イケア効果とは、「自分が手間暇かけて作ったモノには、実際よりも高い価値を与えてしまう」という、いくつもの実験によって実証された人間の非合理な心理を指す。

「イケア効果」の「イケア」とは面倒な組立作業を顧客に任せているのにも関わらず、人気の高いスウェーデンの家具メーカー、IKEAから来ている。

イケアの家具を自分の手で組み立てた人はその家具に強い愛着を持ち、同等の組み立て済みの家具よりも高い価値を付ける傾向が見られる。

Blue Apronの料理キットの場合も、料理にある程度手間が必要だからこそ、完成した料理に対する評価が高くなり、作った料理が消える前にわざわざ写真に撮り、その画像をfacebookでシェアする顧客も出てくるのだろう。

もし電子レンジで解凍するだけというキットだったならば、誰も出来上がりを写真にとって他人に誇らしげに披露することはない。

消費者心理は複雑だ。「できるだけ無駄は省いて、楽をしたい」と願うのと同時に「達成感のためには時間や苦労を惜しまない」こともある。

この心理をうまく満たすことができれば、顧客から実際以上に価値のある製品やサービスとして認めてもらえるだろう。ソーシャルメディアでクチコミが広がるチャンスも広がる。

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