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プーチンのヤクザ外交 エネルギーを武器にEU諸国を分断、中国とも握る - 山本隆三 (常葉大学経営学部教授)

4月下旬に日本のマスコミでも報道されたが、欧州委員会はロシアの国営天然ガス企業ガスプロムに対し、独占的な地位を乱用し中東欧で不公正な取引を行ったとして異議告知書を送付した。ガスプロムは12週間以内に回答することになる。同じ頃、欧州(EU)議会の最大会派、中道右派の欧州人民党の保守グループの会合では、「ロシアに対する最大の抑止力は戦争の準備だ」との発言が飛び出した。ロシアからの天然ガス供給を巡り、多くの欧州諸国は国の安全保障に関わる問題と捉え危機感を募らせている。ロシアの天然ガスを中心としたエネルギー供給問題は、ウクライナとの対立、欧米諸国の対ロシア制裁につながったが、欧州主要国とロシアの対立が解消するめどは立たない。その背景にあるのは、知っているのは「脅しと賄賂だけ」と揶揄されたプーチン大統領のやりかただ。

「プーチン大統領が知っていることは
賄賂と脅しだけ」

 米国を代表する経済学者であるプリンストン大学のポール・クルーグマン教授は、ニューヨークタイムズ紙の名物コラムで、最近も何度かロシアに関する話題を取り上げている。辛辣な批判で知られる教授だが、昨年末の「負けるが勝ち、プーチン、ネオコン(新保守主義)そして大いなる幻想」とのタイトルのコラムでは、プーチン大統領をこき下ろしている。教授のコラムの要旨はおおよそ次だ。

 「ロシアは反対を受けることなくクリミア半島を併合したが、得たものはなく、これから援助を行うことが必要になる。なぜ、プーチンはこんな馬鹿げたことをしたのだろうか。そのプーチンの馬鹿な行いに何故影響力のある米国人が感銘を受けるのか。最初の質問の答えは明らかだ。プーチンはKGB出身だ。人格形成期をプロの悪党として過ごし、知っていることは、賄賂と汚職で補われた暴力あるいは脅しだけだ。他の何かを学ぶインセンティブはなかった。2番目の質問の答えは、複雑だが、イラク侵攻の失敗に学ばなかったネオコンは、ロシアの冒険主義を、賞賛と羨望の目で見ているのだ」。

 ここまでプーチンを一刀両断のもと決めつけてよいのかと思うほどだが、EUとエネルギー問題でもめているロシアの欧州諸国への対応振りは、正しくアメとムチ、悪くいえば札束と脅しだ。相手国の事情に合わせ、資金、原子燃料提供からシェールガス採掘妨害まで、なんでもありだ。

化石燃料の3分の1をロシアに依存するドイツ

 EUへの接近を図ったウクライナを、天然ガスの価格と供給を材料に翻意させようとしたように、ロシアはエネルギーを武器に周辺諸国との交渉を進めるのが常だ。石油、天然ガス、石炭などの1次エネルギーの多くをロシアに依存している国は、米国ほど対ロシアで強くでることはできず、ロシアの機嫌を損ねないように慎重に行動することになる。

 5月9日にモスクワで行われた対独戦勝70周年記念式典に、ウクライナを巡り対立が続く欧米の首脳は誰も参加しなかった。しかし、ドイツ・メルケル首相は翌10日にモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談を行っている。石油、石炭、天然ガスと化石燃料の3分の1をロシアに依存する以上、生命線を握られているロシアの機嫌を損ねるわけにはいかないということだろう。

 図は、欧州諸国の1次エネルギーに占める天然ガスの比率と天然ガスのロシア依存度を示したものだ。1次エネルギーに占める天然ガスの比率とロシア依存度の高い国は、対ロシアでは非常に弱い立場になる。パイプライン経由で送られてくるロシアからの天然ガス供給が途絶すれば、多くの国は代替手段がなく、暖房が必要な冬場であれば、死者が出かねない。そんな国のなかでも、弱い立場の国の一つはブルガリアだ。

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ロシアは怖いが信頼していないブルガリア


 ロシアはウクライナを経由せずに欧州諸国に天然ガスを輸送するためにサウスストリームと呼ばれる、黒海を経由する南回りのパイプラインを計画していた。欧州委員会は建設工事に待ったをかけていたが、欧州委員会の意向に背きロシアの工事開始を受け入れた国は欧州への入口になるブルガリアだった。ブルガリアが弱い立場になるには理由がある。

 09年1月に、ロシアはウクライナ向け価格と支払い条件の交渉が難航したことを理由に、ウクライナ経由のガス供給を全て停止した。この時ロシアから欧州向けの天然ガス供給の80%から90%はウクライナ経由だった。厳冬期の供給中断は2週間以上におよび、ロシアの天然ガスに100%依存していた東欧の国は音を上げることになる。

 2009年当時輪番制の欧州理事会議長(EU大統領)を務めていたトポラーネク元チェコ首相は、ガス供給停止の事態になって以降、ブルガリアの首相から30分おきに電話が掛かってきたと述べている。ロシアの天然ガスに今も当時も100%依存しているブルガリアはそれほど追い込まれてしまった。ブルガリアは2012年に早々とシェールガス採掘を禁止したが、そこにもロシアの影がある。

 しかし、エネルギー問題は一筋縄ではいかない。ブルガリアは最近になり、既存原子力発電所向けの核燃料供給と新規原子力発電所の建設・資金提供を東芝の子会社である米ウエスティングハウスに打診した。ブルガリアは既存の2基の原発の燃料供給をロシアに依存している。また、この発電所の近代化工事もロシアが行う予定だ。ブルガリアの首相は、もしロシアが意図して工事を遅らすことがあれば、ブルガリアの電力供給は大惨事に見舞われるとして、ウエスティングハウスに接近を図ったのだ。

欧州のシェールガス採掘の妨害をするロシア

 欧州からウクライナ、ロシアにかけてはシェールガスが埋蔵されている。表の通り、米国の埋蔵量16兆立法メートルには及ばないが、ポーランド、フランスは欧州のなかでは、大きな埋蔵量を持っている。フランスの埋蔵量は日本の使用量の30年分を超えていると言えば、欧州各国が持つシェールガスの埋蔵量の価値が分かる。

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 ロシアは、欧州のシェールガス開発には当然反対の立場だ。欧州内で新たに天然ガスが生産されれば、ロシアからの輸入量が減少する。また、ロシアの天然ガス供給を利用した影響力行使の効果も弱まる。ブルガリアに加え、フランスも環境問題からシェールガスの開発を認めていないが、英国、ポーランド、ルーマニアは開発を認めている。ラスムセン元デンマーク首相は、NATO(北太平洋条約機構)事務総長を務めている時に個人的見解としながら「ロシアは、欧州でシェールガス開発に反対する環境関連の非政府組織の活動に係わっている」と述べ、ロシアがシェールガス開発を妨害していると示唆している。

 ルーマニアで2013年から探査活動を行っていた米国シェブロンは、シェールガス開発に反対する環境団体の抗議に悩まされていたが、環境団体の人間の鎖による探査現場の閉鎖を受け、探査活動を中止しルーマニアから引き揚げてしまった。地元の自治体幹部は、状況証拠しかないが、ロシアが裏で糸を引いていると述べている。今年になり、シェブロンはルーマニアでの探査の結果、開発は行わないと発表した。

原子力で東欧の抱き込みを図るロシア

 ロシアの武器は天然ガスだけではない。東欧で建設されたロシア製原子炉向けの燃料供給も武器になる。また、建て替え需要を取り込めば、影響力の行使も可能になる。ブルガリアのように全てをロシアに依存することを危険と感じる国もあるが、ハンガリーのように全面的にロシアに依存する国もある。

 欧州委員会は、安全保障の問題から核燃料を複数ルートから購入すべきとの方針だ。しかし、ハンガリーは今年になり、昨年ロシア国営原子力企業ロスアトムと建設に合意した新規の2基の原子力発電プラント向けの全ての燃料供給を、ロスアトムから受けることで、欧州原子力共同体も同意したと発表した。建設資金はロシアから100億ユーロの融資を受けることになっている。建設資金から燃料までロシア任せだ。

 ロスアトムは東欧向けに攻勢を強めている。建設、燃料供給から廃炉まで全てをロスアトムに任せれば、廃炉まで全ての費用を含め、60年間にわたり1kWh当たり5米セントの発電コストを保証すると提案している。

パイプライン敷設資金50億ユーロ
ロシア・マネーになびくギリシャ

 黒海からブルガリア経由のサウスストリーム天然ガスパイプラインを計画していたロシア・ガスプロムは、昨年12月にこの計画を中止すると発表し、直後にトルコストリームと呼ばれる、新しいルートのパイプラインプロジェクトを発表する。トルコから黒海を通り、ギリシャに抜け、さらにハンガリーなどを経由しオーストリアに至るルートだ。

 4月7日には、ギリシャ、トルコ、ハンガリー、セルビア、マケドニア5カ国の外相が会議を持ち、トルコからのガスパイプライン建設を支援し、エネルギーに関する地域の協力関係を強化するとの共同声明を発表したが、この5カ国はロシアのパイプライン建設に協力するとの立場だ。

 資金面で問題に直面するギリシャは、融資の条件として欧州委員会から緊縮財政を要求されているが、現政権は応じていない。いつ返済に行き詰まるかわからない状況だ。そんな状況化で、ロシアはパイプライン敷設の資金として50億ユーロを前払いでギリシャに提供すると提案していると報じられた。4月21日にガスプロム・ミレル社長とギリシャ・チプラス首相が面談した際に、資金についての話が出たか尋ねられたギリシャのエネルギー大臣はコメントを拒否した。

 マケドニアも天然ガス供給をロシアに依存しており、弱い立場だ。ロシアは金のない国につけ込んでパイプラインを敷設しようしているとも報道される事態になっている。

ロシアとの戦争の準備をするリトアニア

 ロシアに天然ガスを100%依存しているリトアニアは、ロシア離れを図っている。一つはスウェーデンとの間の海底送電ケーブルの敷設だ。さらに、液化天然ガスの受け入れターミナルも建設した。

 スウェーデンとの間の海底ケーブル工事は、ロシアの艦艇により4度に亘り妨害を受けたとし、5月上旬にスウェーデン、リトアニア政府がロシア政府に抗議を行っている。リトアニアは、ロシアによるクリミア半島併合に危機感を募らせている。「ロシアからのエネルギー輸入は、いまそこにある脅威であり、ロシアのエネルギーから自由になる」と、鉄の女と呼ばれるグリボウスカイテ大統領は言明している。

 5月6日からはリトアニア国内で軍事演習が開始されたが、「目的はロシアに対しリトアニアは自国を守ることができると示すことであり、リトアニアは簡単には占拠されない」と大統領は発言し、LNGターミナルの防衛が演習の舞台となった。EU議会議員の発言「ロシアとの戦争の準備」を正しく地で行く国だ。

中国に接近するロシア

 EU内でアメとムチを使い、天然ガス、原子力を武器として影響力の維持に努めるロシアだが、欧州諸国ではLNG基地の建設が進んでおり、米国からのシェールガス輸入も早ければ年末から始まる。EU全体としてはロシア離れが加速している。欧州委員会もエネルギー同盟により欧州内での電力、天然ガス融通を行うことで、ロシアへの依存度を下げることを狙っている。

 親ロシア、資金獲得に悩む一部の欧州諸国の支援を取り付けても、欧州向けの天然ガス供給量の減少は避けられない状況にロシア政府、ガスプロムは追い込まれている。そんな状況を踏まえ、ロシア政府は欧州の分断を図る一方、中国に接近し販路を広げている。ロシアも欧州市場離れを画策する必要があり、中国に接近しているのだろう。

日本のエネルギー安全保障を考える

 日本市場は、欧州離れの必要があるロシアには魅力的だろう。しかし、エネルギー安全保障は国の存在に関わる問題だけに、日本は量と価格だけで輸入を決めることはできない。まず、原子力を含め燃料の多角化を進めることが先だ。欧州でアメとムチを使い分けている国を信頼し、エネルギー供給の大きな部分を頼ることは可能だろうか。よく考える必要がある。

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