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【読書感想】子どもと本

リンク先を見る 子どもと本 (岩波新書)
内容紹介
財団法人東京子ども図書館を設立、以後理事長として活躍する一方で、児童文学の翻訳、創作、研究をつづける第一人者が、本のたのしみを分かち合うための神髄を惜しみなく披露します。長年の実践に力強く裏付けられた心構えの数々からは、子どもと本への限りない信頼と愛が満ちあふれてきて、読者をあたたかく励ましてくれます。

 僕は自分が「本好き」なので、かえって、「他人に本を薦めても良いのだろうか?」と思っているところがあって。

 僕自身、けっこう本を読んできたはずなのに、こんな人間にしか、なれていない。

 周囲の「読書家」たちにも、それで得たものと費やした時間を天秤にかけると、「本当にそれでよかったのだろうか?」と感じてしまうのです。

 それでも、自分の子どもたちが、「絵本読んで!」と持ってきたり、ひとりで本を読んでいるのを見ると、嬉しくなってしまうのも事実なんですよね。

 この『子どもと本』には、「東京子ども図書館」を設立し、児童文学の翻訳・創作も続けてこられた著者による「子どもが本と接することの喜びと役割」が詰まっています。

 いまや、大きな書店や公共の図書館では「子どものためのコーナー」が常設されているのが当たり前なのですが、昔の図書館は「大人が知識を得たり、勉強するための場所」であり、「騒がしい子どもは歓迎されなかった」のです。

 本好きだった著者は、アメリカの大学、そして公共図書館で「なぜ、子どもに本が必要なのか?」「どのような本が、子どもの心を動かし、楽しませることができるのか」を学び、日本でそれを紹介し、実践していくのです。
 わたしのような立場にいる者は、「子どもを本好きにするには、どうすればよいか」というお尋ねを受けることがよくあります。わたしの答えは、いつもきまっています。生活のなかに本があること、おとなが本を読んでやること、のふたつです。実際、子どもを本好きにするのに、これ以外の、そしてこれ以上の手だてがあるとは思えません。

 この本からは、著者の真摯さが伝わってくるんですよ。

 やるべきことを、ひとつひとつ積み重ねてここまで来た人の「重み」みたいなものが詰まっている。

 そこに本があって、大人が我を忘れて読みふけっている風景があること、もっと突き詰めれば、「本と同じ空間にいること」だけで、子どもは、本に興味を持っていくのです。

 著者は、子どもというのは、図書館にいて、本の「オーラ」を浴びているだけで良いのだ、無理に本を手に取らせよう、読ませようとしなくても良いのだ、とも仰っています。

 そして、「子どもにどんな本を読んであげればいいのか」という問いに対しても、学問的なバックボーンと、図書館で実際に子どもに接してきた経験を両輪に、誠実に答えてくださっています。

 そのなかでとくに印象的だったのは、この話でした。

 シカゴ大学附属の養護学校で重度の情緒障害児の教育にあたってこられたブルーノ・ベッテルハイム博士が1977年に京都大学の客員教授として来日された際に、こんな対話があったそうです。

 このとき兄弟間の嫉妬が話題になりました。博士は、子どもはだれでも、自分が両親にいちばん愛されたいという気持ちが強いので、兄弟を嫉妬するものだが、自分でもその感情はよくないと知っており、ひそかに抑圧しようとしているものだ。そんな子どもにとって、昔話のなかで、ほかにも同じように兄弟を嫉妬している人がいると知ることは、それだけで大きな慰めになるのだ、といわれました。

 わたしが、「一人っ子の場合は、どうなんでしょう?」と、おたずねしたら、「一人っ子にも嫉妬はある。よそのうちの一人っ子は、自分より親に可愛がられているんじゃないかと嫉妬するのだ」とおっしゃったので、思わず笑ってしまいましたが、深く納得もしました。自分が、他の人にとっていちばん大切な存在でありたいと願うのは、人間のまん中にある、動かすことのできない感情なのですね。

 また、子どもは、家族や集団のなかで、いちばん小さく、弱い存在である時期が必ずあるのだから、小さい者や、弱い者が、大きくて強い者をやっつける話に意味があるのだともいわれました。これで、一寸法師や、親指小僧や、豆太郎など、小さい者を主人公にした昔話の多いことが腑に落ちます。また、のろまとか、ぼんくらとか呼ばれて、ばかにされている主人公が成功する話が多いこともうなずけます。

 うちの長男は、いま6歳で、次男が6ヵ月。

 もっと年が近ければ、物心ついたときには「いるのが当たり前の兄弟」だったのかもしれませんが、長男にとっては「急に登場してきたにもかかわらず、みんなが次男のことばかり構っている」ように思えてしまうようです。

 親としては、「赤ちゃんをそんなに乱暴に扱っちゃ駄目」「2人だけの兄弟なんだから、仲良くしてくれ」と言いたい。

 このベッテルハイム教授の言葉を読んで、僕は「ああ、子どもの本っていうのは、ポジティブな感情を植えつけたり、『勉強になる』『善い行ないをするようになる』ことだけを志向しているのではないのだな」と考えさせられました。

 むしろ、「ネガティブな感情を抱いているのは、自分だけじゃないんだ」と、本音に寄り添ってくれるものなのですね。

 親としては、「弟を邪険に扱うのもしょうがない」とは、やっぱり言いがたい。

 本人だって、そういう嫉妬が「悪いこと」だという自覚はあるけれど、どうしようもない。

 そういう閉塞感に、本は、物語は、「風穴」をあけてくれるのです。

 また、著者は「どんな本を子どもに読んであげればいいのか」という問いに、こう答えておられます。
 どんな本を……というおたずねに対して、わたしがいつも答えとしてあげる原則は、まず、自分が好きな本を選ぶ、ということです.絵本は、子どもが読むものではなく、おとなが読んでやるものですから、読み手になるおとながその本を好きでなければ困ります。子どもは、本の内容や、絵のスタイルよりも先に、おとながその本に対して抱いている気持ちを敏感に感じ取るものです。そして、その気持ちが子どもの本へ向かう気持ちを左右します。いい本だということだから、わたしはつまらないと思うけれど、まあ、読んでみましょうなどと、なかばお義理で読まれるよりは、読み手が「ね、これ、おもしろいでしょ!」と、熱をもって読むほうが、当然のことながら、子どもはひきつけられるし、たのしむでしょう。
 そう考えると、少しくらい古くても、「自分が子どもの頃、好きだった本」を子どもに読んであげるのは、すごく良いことなのかもしれません。

 たとえば、幼い子に愛されつづけている絵本『ぐりとぐら』は、初版が1967年です。そして、2015年1月の時点で、204刷りとなっています。すでに半世紀近くにわたって読みつがれているのです。このことは、少なくともこの本が、昨日今日出版された本よりも、子どもをひきつける力が強いことを示しています。

 子どもの本の場合、新しい本――出版されたばかりの本――を追いかける必要はまったくありません。子ども自体が”新しい”のです。たとえ百年前に出版された本であっても、その子が初めて出会えば、それは、その子にとって”新しい”本なのですから。そして、読みつがれたという点からいえば、古ければ古いほど、大勢の子どもたちのテストに耐えてきた”つわもの”といえるのです。

 そうか、「子ども自体が”新しい”」のか!

 たしかにそうだよなあ。

 息子に『しょうぼうじどうしゃ じぷた』を読んであげるとき、僕はいつも内心「でもいまは、こんな旧型の消防車も救急車もいないけど……」と思っていたんですよね。

 なにしろ、僕も子どもの頃に読んでいたくらい歴史のある本だから。

 でも、子どもからすれば、そんなことは関係ないというか、すべてが「初めての体験」なんだよね。

 『じぷた』には「仲間への嫉妬」も入っているし、「小さいものが大きいものに勝つ」話でもある。

 あらためて考えてみると、ロングセラーになるだけの「理由」があるのだよなあ。

 日本には、公共図書館と学校図書館のほかにも、子どもに読書の場を提供している、私設の「子ども文庫」があるそうです。

 「そうです」と書いたのは、僕自身は実際に体験したことがないからなのですが、ピーク時の1970年代の半ばには、日本中の全県にわたって、5000もの「子ども文庫」がみられていたそうです。

 子どもの減少もあり、数も減ってはいますが、現在も活動している「子ども文庫」があります。

 著者によると、その数は、全国で3000から4000くらい。
 何よりわたしのこころに深く刻み込まれたのは、どこへ行っても、子どもと本が好きで、そのためなら苦労を惜しまない人たちがいるという事実です。学校の下校時間を狙って、軽トラックに本を載せて、校門近くで”待ち伏せ”する人、大雪のときは、段ボール箱に本を入れて子どもたちのうちまで届ける人、子どもが読みたいといった本を探すために古本屋めぐりをする人。本代を得るために、バス停の清掃をする人……。こうした無私の働きには、ただただ頭が下がるばかりです。

 「本が好きな子ども」は、「本と子どもが好きな大人」に支えられている。

 いやむしろ、「本が好きな子ども」が、「本と子どもが好きな大人」に、生きがいを与えてくれているのかもしれない。

 名も無い人々の、ほとんど無償の善意で、子どもは本に触れ、成長していく。

 この文章を読んだとき、僕はなんだかもう、涙が止まらなくなってしまって……そんな「お涙ちょうだい」の記述じゃないはずなのに。年取ると、涙腺がゆるくなってしまって困ります。
 子どもと本。こうふたつのことばを並べて書いただけで、じんわりと幸せな気持ちになります。このふたつが、わたしのいちばん好きな、そして、いちばん大切に思うものだからです。

 役に立つとか効率とかはさておき、僕は「本が好き」で、「本が好きな人が好き」なのです。

 それで良かったんだな、と、この新書を読んで、少しだけ自信がつきました。

リンク先を見る しょうぼうじどうしゃじぷた(こどものとも絵本)

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